第120話:ご機嫌よう、ウニリィさ……
転移したマグニヴェラーレは、即座に防御魔術を発動させるために魔力を集中した。転移先に危険がないとは限らないし、転移に失敗している可能性もあるためだ。
転移先に選んだのはエバラン村の、ウニリィたちの家から牧草地に向かう道。そのちょっと脇のあたりである。自分が覚えている場所で、人などにぶつからないところを選ぶ必要があるためだ。いきなり屋内に転移はできない。
「成功したか……?」
マグニヴェラーレは小さく拳を握り、魔力を霧散させる。
これは間違いない。景色も記憶にある通りだし、足下をのそのそとスライムが移動している。こんな村はエバラン村をおいて他にあるまい。
「よし」
これは純粋に偉業といって良い。個人の魔力で魔道具の補助も受けず10km以上の転移に成功した例は、人間の魔術師では数えられるくらいしかいないのだ。
だが、マグニヴェラーレはあまりそういうことを気にする性格でもない。いま気になっているのはウニリィのことだ。
「お前の主はどこにいる?」
ふるふる。
スライムは揺れて何かを伝えようとしているが、テイマーではないマグニヴェラーレにはスライムの言葉は分からない。
ともあれ、午前中のこの時間であればウニリィは牧草地であろう。姿が見えないが、厩舎の中にいるのかもしれない。
マグニヴェラーレはそちらに足を向ける。足元では何か訴えかけるようにスライムがふるふるしながらついてくるが、その言葉はわからない。
ともあれ、少し歩けば、すぐに小気味のよい音が連続して響いてきた。
すぱん! すぱん! すぱん!
厩舎の壁の向こうか。早朝、スライムを棚に叩きつけて起こしている彼女の姿が思い起こされた。もうさすがにその時間ではないが、スライムたちと遊んでやっているのだろう。マグニヴェラーレはそう判断してそちらに向かう。
厩舎の角を曲がって声をかける。
「ご機嫌よう、ウニリィさ……」
「ウホ?」
スライムを手にこちらを見るゴリラがそこにいた。
「ゴリラ!?」
彼女かと思ったら見返りゴリラだった。
「あ、マグニヴェラーレさん。こんにちは」
叫び声に気づいたのか、厩舎を掃除していたセーヴンがひょいと顔を覗かせる。マグニヴェラーレはゴリラを指差して叫んだ。
「ウニリィさんがゴリラに!?」
「違います。こちらはニャッポさんです」
セーヴンは笑って説明してやるのだった。
「やれやれ、酷い目にあった……」
マグニヴェラーレはとぼとぼとカカオ家に向かって歩く。セーヴンからウニリィが調子悪そうなので、今日は休んでもらっていると伝えられたためだ。
足元ではさっきからいるスライムがふるふると揺れている。
だから言ったのにーという意思を送っているのだが、マグニヴェラーレにその言葉は届かない。だが流石に状況から判断はできる。
「……なるほど、お前は主がそっちにはいないと伝えてくれていたのか」
ふるり。
「テイマーか……魔術師とは魔力の使い方が違ってなれないのだ」
うにょん。
残念とでも言いたげだ。
「だがまあ、お前たちくらいに感情表現が豊かであれば、そのうち言葉がわかるようになるかもな」
そもそも、ここのスライムたちはテイマーでもない人間の言葉がだいたい理解できている疑惑があるのだ。
「……しかし慌てすぎたな。見舞いになるとは思っていなかったが、土産の一つも持ってくるべきであった」
徹夜明けで魔術が完成したテンションに任せてすっ飛んできてしまったのだ。当然手ぶらである。
ちなみに転移術ができたとはいえ、当然移動には魔力を使う。魔力は自然回復するのでしばらくすれば帰りの魔力も溜まるが、戻って土産買って今日中にまた来るのは厳しいと判断した。厳密には不可能ではないが、魔力ポーションなど高額な薬を消費する必要がある。
まあ、土産は改めて持ってこようなどと考えて、到着したカカオ家の扉を叩く。
「おや、マグニヴェラーレ殿。いらっしゃい」
「こんにちは。すいません、突然」
出迎えたのはクレーザーであった。
マグニヴェラーレはちょっと立ち寄ったというような話をし、クレーザーもそうなんですねと軽く流す。ちょっと寄るような距離でも立場でもないのだが。
「ウニリィは部屋にいますよ。ちょうど昨日までジョー、ウニリィの兄貴がいたんですけどね。ちょっとはしゃいで疲れが出たみたいで。どうぞ、上がって声かけてやってください」
「なるほど。しかし女性の部屋に行くわけには」
貴族的にはその通りである。だが、村人的にはそんなものはない。クレーザーは笑って手を横に振った。
「気にしませんよ。ついでに朝食に呼んでください」
家長がそう言うのであれば仕方ない。マグニヴェラーレはウニリィの部屋の前まで行って扉を叩く。
「……はーい、あいてますよー。どうぞー」
扉の向こうから返事がある。
うーん、防犯意識がと思いながらマグニヴェラーレは扉をあける。
「失礼します」
扉をあけるが姿がない。部屋を見渡せば、ベッドの上に転がっているウニリィと視線が合った。
ぼんやりとしていた彼女の顔が、たちまち驚愕に変わる。
「ぴえっ!?」
可愛い悲鳴が上がった。







