第113話:おや、アンコールですか
ウニリィは目を瞑って、しばし母の墓前に祈りを捧げてから立ち上がった。
「はい、次はお父さんどうぞ」
「うん。だけどウニリィ、俺が道を舗装するってのはどういうことだい?」
クレーザーは尋ねる。
「お父さん貴族じゃないの」
「お、おう」
「ジョーからお金もらったじゃない。結局あれだって使ってないんでしょ」
「む……」
ナンディオが最初に村にやってきた時に置いていった金である。
この半年での大きな買い物はスリーコッシュで服を購入した時くらいである。あれだってナンディオがジョーの金で払っていたので、クレーザーが預かった金は使っていない。
マサクィたちが滞在するようになって家をちょっと改修したりしているが、それだって自腹でやっている。そのくらいの蓄えは十分にあるのだ。
ともあれジョーから預かった金に手をつけてないのだ。
「おいおい、使ってくれよ」
「お前の金だからなぁ……」
「いや、あれは迷惑かけたしさぁ! ほら、実家に金くらい入れたりするものじゃん!?」
まあ、気持ちはわからなくもない。家を何年もあけていた子から大金が送金されてきて、親としてそれにほいほい手をつけたいとは思わないだろう。村での生活ゆえに慎ましくはあるが、決して貧しくはないクレーザーである。生活に困窮していないのならなおのことだ。
「なるほど、それ故の石畳ですね」
サレキッシモが口を挟む。
「クレーザー殿がご自身のためにお金を使わないのであれば、村のために金を使えとウニリィさんは仰りたいのですよ」
「ふむ?」
「金は正しく使い、世の中で回させなくてはならないのです。それは貴族や商家の責務ですから」
つまり、公共事業をしろと言っているのであった。サレキッシモは元々貴族令息であったからその辺についてわかるが、村人であったウニリィがそれを言い出すというのは少々驚きであった。
クレーザーはなるほどなぁと感心した様子で墓に向かった。
「そうなんだよなぁ……貴族なんだよなぁ。なんか貴族になっちまったんだよ」
クレーザーも墓にそう語りかけてから、亡き妻に祈りを捧げる。
三人の祈りが終わった後、ウニリィは地面にシートを広げた。ピクニックか何かで使うようなやつだ。
そこに座って、サレキッシモに声をかける。
「んじゃ、お願いします」
彼は優雅に一礼し、折りたたみの椅子に腰掛けて、抱えたリュートを爪弾いた。優しい音が墓地に流れる。それは鎮魂歌だった。
せっかく音楽家がいるのである。母の墓前で一曲捧げてもらうというのが、サレキッシモをここに連れてきたもう一つの理由なのだった。
緩やかな時が流れ、その余韻も秋空に溶ける。三人は拍手し、クレーザーはポケットからコインを出して言った。
「サレキッシモさん」
「おや、アンコールですか。ありがとうございます」
「ジョーの曲を頼む。妻に聞かせてやりたい」
「かしこまりました」
ジョーは苦笑する。
「おいおい、俺の前で俺の曲を歌うのかよ……」
「前に私の曲を私の前で歌われたんだけど?」
というわけで、墓場には少々似つかわしくない勇壮な曲も歌われたのだった。
さて、一方ジョーの抜けた軍であるが、粛々と王都に向かって進軍していた。
そして数日。特に問題なく進み王都に近づいてきたので、ジョーを再び迎えるための迎えが走ることとなったのである。
普通であれば馬が得意な伝令を走らせれば済むことである。
だが、ジョーのことである。
あれは悪人ではない。むしろその性根は善と言ってよい。だが、何をしでかすか予想のつかない男でもあった。
ジョーがうっかり道に迷ったり、エバラン村に帰るのがやっぱ嫌で逃げ出したり、あるいは帰ったがもう村から出たくないなど言い出すかもしれないと真面目に議論され、何かあった時に対応できる人材が伝令に選ばれたのだ。
つまりナンディオである。
ちょうどジョーが一泊したコーシュ地方のあたりで軍から離れたナンディオは、街道を東へ、そして王都に入る手前で南へ。スナリヴァで街道を逸て田舎道を行けば、エバラン村である。
「懐かしくすら感じるな」
ナンディオはひとりごちた。
クレーザーとウニリィに初めて会った日からまだ半年も経っていない。それから戦争もあり忙しく血生臭い日々を過ごしていると、この変わらないエバラン村の風景は、どこかナンディオをほっとさせるのであった。
「あ、ナンディオさーん!」
牛を連れたウニリィの友人の少女が手を振る。ナンディオも馬から降りて挨拶を返した。
「ジョーは戻ってきていますか」
「いるよー。今はウニちんたちとお墓参りいっちゃったけど、すぐ帰ってくるんじゃないかな
ナンディオは安堵した。まずジョーがちゃんと帰ってきていたことにである。
「ではカカオ家で待たせてもらいましょうか」
「はーい、どうぞー」
村人たちから口々に声をかけられながら村を横切り、奥のカカオ家に。
辿り着けば牧草地に見覚えのある人影が見えた。
「おーい、マサクィさん!」
人影が振り返る。
「あっ、ナンディオさん、どうもっすー!」
「ウホホ」
マサクィが牧草地の真ん中で手をあげ、その隣にスライムを両脇に抱えたゴリラがぬっと立ち上がった。
ナンディオは叫ぶ。
「なんかゴリラいるー!?」







