第109話:はっはっは、ご冗談を
「大丈夫だ、放してくれ」
ふよん。
ホントに? と言われてる気がしたので、ジョーは力を抜いた。
にょろり。
青いスライムが触手を伸ばし、ジョーの背中から棒を抜いてから後ろに引いた。
ジョーは肩をすくめる。安全意識の高いことだ。
「ウホウホ」
「ウホホ」
「……何話してるんだよ」
ゴリラ語かなんなのかわからないが、ニャッポちゃんとマサクィは顔を見合わせてウホウホ鳴いている。
「いや、ちょっと状況の説明っす」
よくあれで意思疎通がはかれるものだと、自分たちを棚に上げて感心した。
「大丈夫っすよ、ここは魔界なんかじゃないっす!」
マサクィの言葉に、ニャッポちゃんはじとっとした視線を主に向けた。
ジョーは笑う。
ニャッポちゃんはあの初動からして、ここのスライムたちが上位種なのに気づいていた。それがこんだけいるんだから魔界という感想もわかる。
「わりぃ、ウニリィー、親父ー」
ジョーは家族のところに向かい、片手を上げてそういった。
「怪我はない?」
「大丈夫だ」
「おおぉ……まあ無事なら良かった」
ウニリィの言葉にジョーはぶんぶんと腕を回して答え、クレーザーは驚愕から立ち直り、安堵した様子を見せた。
「しかしうちの牧草地が……」
よもやこんな短時間の衝突で草は火に炙られて萎れ、地割れまで発生するとはクレーザーは当然思ってなかったし、ジョーもニャッポちゃんがここまでやるとは思っていなかったのである。
ふよん。
黄色いのが近寄ってきた。
ふよふよ。
「あ、ちょっと!」
ウニリィが止める間もなく、茶色いのはばらばらに分裂すると、地面に沈み込んで消えた。
「もー……、みんな勝手なんだから」
「どうしたんだ?」
「直してくるーって」
「おお……?」
なるほど、わからん。
言ってる言葉の意味はわかるが、スライムが土地に影響を与えるというのがそもそも常識の埒外である。自分がいた5年前はここまでではなかったのだが。
そんなことを思っていると、マサクィとニャッポちゃんが並んで歩いてくる。地面に潜った黄色以外、残り3匹のスライムたちも、のそのそその後ろについてきている。
ニャッポちゃんはゆっくりとした動作で、ウニリィの前に歩みでる。
クレーザーは身構えたが、ジョーは警戒しなかった。戦場に身を置くものとして殺気など相手の害意には敏感だが、ニャッポちゃんの動きは害意がないというより、害意がないことを分かりやすく示そうとする動きであったからだ。
ゴリラとしても大きな体を縮こめて、ことさらにゆっくりと動き、身を低く、腕は下ろした状態で手のひらを上にしているのは武器を持たぬことを表現しているのだろう。これではまるで……。
「ウホホ」
「ニャッポちゃんがウニリィさんに挨拶したいそうっす」
マサクィがニャッポちゃんの言葉を訳しているらしかった。『こんにちは』と返そうとしたウニリィだったが、その動きは止められた。
「ウホホ!」
ニャッポちゃんはマサクィの言葉が不満だったのか、小さな声で、だが鋭く鳴いて不満を示したのだ。
「えー、ちゃんと言えって? ……ニャッポちゃんは魔王陛下に拝謁する栄に浴し、感激しているそうっす」
「ウホ」
ニャッポちゃんは地に手をついて頭を下げた。
「まおー……へーか……ええ!?」
ウニリィは驚愕して、胸の前で腕をぶんぶんと振った。
「ち、ちちち、違いますよ? 私平民……じゃなくて男爵令嬢!」
ジョーはなるほど、と思った。
ニャッポちゃんの所作、あれは王や皇帝といった最上位者への謁見の作法に近い。なんでゴリラがそんなものを知っているのかはわからないが。ひょっとすると彼らの社会にはアブソリュートヘルフレイムゴリラエンペラーとかいるのだろうか。
「ほら、そんな畏まってないで身を起こしてください!」
ウニリィがそう言い、ニャッポちゃんはゆっくり身を起こして鳴いた。
「ウホホ」
「はっはっは、ご冗談を。だそうっす」
「冗談、違う。私、魔王ない」
衝撃すぎたのか、なぜかカタコトになってウニリィは否定する。
「ウホウホ」
「ははは、将軍を四体も従えている者が王でないはずがありましょうか。だそうっす」
ふるふる。
ふるふる。
ふるふる。
赤青緑のスライムたちも、それな、と同意するように身を揺らした。
ジョーは思わず吹き出した。
「自覚がないんだよ。普通に接してやってくれ」
「ちょっとジョー!?」
そのやりとりをマサクィがウホウホ鳴いて訳し、ニャッポちゃんは、むうと腕を組んだ。
「そういうこともあるのですな、だそうっす」
「ウッホ」
「それで何をすれば良いのでしょうか、だそうっす」
ウニリィは困ったようにマサクィ、ニャッポちゃん、スライムと視線を動かして言った。
「えーっと、スライムのお世話を手伝って欲しいんだけど」
「ウホ」
「御意、っす」
ニャッポちゃんは頭を下げた。
ジョーは笑い、ウニリィに脇腹を殴られた。







