第108話:こいつ天才かよと思ったわ。
ジョーはマサクィから少し距離を離した正面に立っていた。召喚されたヘルフレイムゴリラを即座に抑え込むためである。
だがマサクィが召喚したニャッポちゃんは……。
ずうぅぅぅん。
地面が揺れる。
「大きい……?」
ウニリィが呟く。
いや、マジでデッカくね……? ジョーは内心驚愕した。彼はこの5年間、冒険者や兵士として活動してきた中で、ゴリラ系の魔獣と対峙したことはある。だがその中でも最大の大きさであった。
飼育されている動物や魔獣においては太っているということもよくあるのだが、ニャッポちゃんはそうではなかった。それで大きいということは、当然筋力が凄まじいということである。
ジョーは唇を舐め、腰を僅かに落とした。
「ウッホウッホウッホ!」
ニャッポちゃんは激しくドラミングしながら炎を纏った。
「よーし、かかってこい」
ジョーは両手を前に構える。殴るためというよりは掴む構えだ。
ニャッポちゃんが体勢を低く。そして横に突進した。
「なっ……!」
ジョーは虚をつかれた。ニャッポちゃんが突っ込んだのは正面にいるジョーではなくスライムたちに向けてであったからだ。
『くっそ、やられた。こいつ天才かよと思ったね。戦闘勘が半端じゃねえんだわ』
後にジョーはこの時を振り返ってそう語った。
敵の虚をつく動き、正面で相対するものより先に周囲から削ろうという戦術眼、そして普通なら炎を放てば勝てるはずのスライムに直接殴りに行くということは、相手がただのスライムではないと即座に理解したことを意味する。それだけの魔力感知と判断力。
何より、上位スライムが無数にいるのに恐れず攻撃に移ったという、主人を護らんとする忠誠心であった。
「っそ……!」
だが、それら思考は後からやってくるものである。英雄たるジョーの身体は思考よりも速くジョーを動かし状況に対応しはじめた。
ジョーの足元の牧草が捲り上がる。彼はそれだけの脚力で地を蹴り、獣のように身を低く、隼のような速度で走る。
そしてレスリングのタックルのように突進し、ニャッポちゃんの腰に抱きつくようにぶつかった。
「ウホッ!?」
ニャッポちゃんは驚愕した。確かにゴリラはそこまで足の速い獣ではない。
それでも先に走り始めた自分に後ろから追いついてタックル決めてくると思わなかったし……。
「あっつうぁ!」
ニャッポちゃんは全身に炎を纏っているのである。そこに突っ込んでくるとは思ってなかったのだ。
「フンァ!」
「っしゃおらー!」
ニャッポちゃんはジョーの鎧に手をかけて引き離そうとし、ジョーはダウンを取ろうと背中に回ろうとした。
そこで力が拮抗する。いかにジョーが英雄といえ、単純な膂力でゴリラに敵うはずがない。だが、後ろから突進したことによって、相手に不自由な体勢を取らせているのだ。ニャッポちゃんがその怪力を万全に発揮できるわけではなかった。
めりめりめり……。
そして一番最初に敗北したのは、ジョーの鎧だった。
鎧の継ぎ目、それだって極めて丈夫な糸で縫われているのだが、それが炎で焦げ、怪力で剥がされる。
ジョーの鎧が壊れ、それによって逆にニャッポちゃんの手がすっぽ抜けたため、ジョーの裏投げが決まった。いわゆるバックドロップである。
「おらぁ!」
「ウガァ!」
大地が揺れる。
ジョーは頭から投げ落としたが、ニャッポちゃんは素早く後頭部に手を差し込み、脳震盪を防いだ。背中を痛打しその痛みに叫ぶが、ごろごろと地面を転がりながら即座に体勢を立て直す。そして魔力を込めて地を両手の拳で叩いた。
「ウホホッ!」
地面がひび割れてそこから黒い炎が噴きあがる。地獄の炎であった。
ジョーは逆方向に転がりながら距離をとり、棒を構えて魔力を込め、剣風で炎を消し飛ばそうと……。
ふにょんふにょんふにょんふにょん。
一人と一頭の間に巨大な物体たちが割り込んできた。
いつのまにか合体をすませ、巨体と化したエレメントスライム将軍である。
黄色いのがジョーの身体を拘束して硬質化した。
緑色のが竜巻を起こして地獄の炎を巻き上げた。
赤いのが巻き上げられたそれをもぐもぐと食べた。
青いのが大量の水をニャッポちゃんの頭上からどばーっとかけた。
「……」
「……」
彼らの動きが止まる。
さて、ここまでがニャッポちゃんが呼び出されて僅か数秒の出来事である。
一方のニャッポちゃんを召喚したマサクィであるが、従魔召喚はかなり高度な魔術である。魔術と魔力を込めた高価な魔石を使い捨てることで、テイマーがこれを行使できるようにしているのだ。だが、当然マサクィの魔力もかなり使われるので、魔術師ではないマサクィは魔力を持っていかれる感覚に慣れておらず、一瞬意識が朦朧としていた。
そして回復するなり叫んだ。
「ニャッポちゃん、ここは安全っすよ!」
目の前には惨状が広がっていた。
「遅えよ!」
「ウホホ!」
ジョーとニャッポちゃんはマサクィに文句を叫んだ。
「なんだこりゃぁ……」
「うっそでしょー……」
そして一瞬にして荒れ果てた牧草地を前に、クレーザーとウニリィは呆然と呟いたのだった。






