第11話:むにむにむに……
「ほら、お立ちなさい」
ナンディオはウニリィの手を取って立ち上がらせる。大きく硬い戦う者の手だ。兄も棒振りでこんな手をしていたが、このように優しい手つきをされた記憶はない。それともその姫君とやらには優しくなるのだろうか?
ウニリィがナンディオの手をじっと見つめていると、彼は咳払いをひとつして、ウニリィの手を離すとマサクィに尋ねる。
「どれくらい人手があれば、この量のスライムの世話ができると思いますか?」
マサクィは顎に手を当てて考えた。
「そーですねー……。この量のスライムを一から馴致しろとなると、それこそ金級でも連れてこないとというところですが」
そういってしゃがみ込んでスライムの一匹に手を伸ばす。
マサクィの指がスライムの粘体の体を押した。
むにぃ。むにむにむにむに……。
「マサクィさん?」
「はっ。……さーせん、手触りがあまりにも良くて」
マサクィは手をわきわきとさせながら立ち上がった。
「良くしつけられていますよね。今も全く自分の手を消化しようとはしてないし、触り心地も素晴らしいし」
「ありがとうございます」
スライムであれば本能的に接触しているものを消化しようとする。あるいは、ぱくりと包むような捕食行動を取る。ウニリィの腹の古傷もそれによるものだ。マサクィはここのスライムがそれをしないこと、つまりウニリィがこのスライムを完全にテイムしていることを確認したらしい。
でも触り心地は関係ないんじゃないかなーとウニリィは思った。
「もちろん、ウニリィさんがどういう飼育をなさってんのかは見ないとわかりません。ですがこれなら自分と同程度、銅級数名でなんとかなるんじゃねーかなーとは思います」
「それは何よりだ」
ウニリィやクレーザーには今後何度も王都に行ってもらう必要があるだろう。他の貴族の領地に招かれることもあるかもしれない。
その時に留守を任せるのに金級テイマーがとなれば、それは大変困るのだ。雇うのに必要な人件費もそうだが、そもそも金級は希少で雇うこと自体が難しいだろう。
「じゃあ、私はマサクィさんに仕事を見せますね」
ふんす、とウニリィは気合を入れ、マサクィもよろしくお願いしますと軽く頭を下げたのだった。
−–1刻後。
ぱぁん!
ぱぁん!
ぱぁん!
「……えっと、ウニリィさん?」
ぱぁん!
「はい、なんでしょう?」
「いやむしろ、この突然始まったバイオレンスはなんでしょう」
ぱぁん!
「いえ、暴力行為ではなくてですね。スライムを活性化させているんです!」
「かっせいか」
ぱぁん!
ウニリィはスライムを小気味よく叩きながら説明する。
スライムに適度な外部刺激を与えることで活性化させ、老廃物の排出をうながし、うんぬんかんぬん。スライム製品においてもこうして育成したスライムを用いることで品質向上が見込まれうんぬんかんぬん。
ぱぁん!
もちろん話しながらもスライムを叩くその手は止まらない。
ウニリィはスライムについて理解る人間が来たと喜んで話すが、それは育成の秘術だったりしないのか。マサクィはそのあたりのことが気になるのもあり、その言葉の理論的な部分は半分ほどしか頭に入らなかった。
だが、結果としてここにいるスライムが良く動き、妙にカラフルで色艶が良いことは目に見えてわかる。もちろん叩いていることだけが理由ではないだろうが。
「なるほど」
ぱぁん!
「じゃあマサクィさんもどうぞ!」
そう言ってウニリィは草原の上に転がっているスライムを一匹とってマサクィに渡した。
ふるふる。
マサクィの革手袋の上で水色をしたスライムがふるふる揺れる。
「これを叩くんですか」
「ええ、ぱーんと」
ふるふる。
野生のスライムと違い、ここのスライムは動きに妙な愛嬌がある。叩くのに罪悪感を覚えないでもないが、スライムは期待しているかのようにマサクィの手の上でゆらゆらふるふるしていた。
「えっと、じゃあ失礼して」
マサクィは左手でスライムを持ち上げ、右手を振り下ろす。
むにょん。
「もっと強くて大丈夫ですよ」
ぺちん。
「もっと手首のスナップをきかせて!」
ぱぁん。
「もっと速く!」
ぱぁん!
快音が響くと、満足したのか水色のスライムはにょろりとマサクィの手の上から地面へとおりていった。
「今の感じでー」
「わかりました」
マサクィの前には黄緑色のスライムがふよふよと体を揺らしている。顔を上げれば、草原のスライムがじっとこっちを見ていた。
目があるわけではないので見ていたというのは語弊があるかもしれないが、スライムたちの意識がこちらに向いているのを感じた。
「えっと、これを全員に」
「はい!」
ウニリィは肯定する。
「……ひょっとして毎日っすか」
「毎日、朝と昼に行っています!」
マサクィは地面に身を投げ出した。






