第106話:約束のブツよ。
さて、朝食である。家に戻ってきたウニリィは食事を作ってもらっている近所の主婦からパンやスープなどを受け取ってジョーに言う。
「お父さん起こしてきてー」
「了解」
食卓に食器を並べていると、玄関の戸が叩かれた。
「へーい、ウニちん」
「あ、シーアちんおはよー」
シーアはずいっと身を寄せてウニリィに耳打ちする。
「へへへ、約束のブツを持ってきたわよ」
「なんで怪しい取引風なのよ」
「王様もトリコにしたっていう白いヤツだ」
「……間違ってはいないけども」
ウニリィが受け取ったのは籠に入った卵と瓶に入った牛乳である。確かに白くはあるが。
「飲む方は試してみたけど相変わらずヤバいわね、トブぜ」
「言い方。ありがとね」
「へへ、また葉っぱの方お願いします。しっかりお願いしろってポチコの親分からよーく言われてるんで……」
シーアはなぜか最後は三下風に頭を下げて戻っていった。
ウニリィがキッチンに戻り、貰った卵をポーチドエッグにしている間にジョーがクレーザーを連れてやったきた。
「おー、今朝は悪かったなー。すまん」
「しょうがないわよ。ほら、顔洗ったら座って」
今朝の仕事をサボってしまったクレーザーが頭を下げた。食卓にはバゲットとスープ、生野菜のサラダに厚切りのハム、昨日の煮こごりの残り、果物、そして牛乳に卵と結構な量が並んでいる。
クレーザーとウニリィだけの時はこんなに食べなかったが、そもそも本来なら肉体労働であるし、マサクィたち男手も増えているのだ
朝晩はしっかり食べるようになっていた。
いただきますと言った後、ウニリィはパンに手を伸ばさず、そっとジョーたちを観察していた。
ジョーが牛乳を手に取り、口に運ぶ、瞳がくわっと開かれた。
「うーまーいーぞー!」
村中に響き渡るほどの声でジョーが叫んだ。
「……なんじゃこりゃあ、あっ! これが昨日言ってたやつ!?」
「そうそう」
「マジか。いや、驚いたわ。すごいな」
ふふん、とウニリィは胸を張った。
クレーザーも牛乳を口にして目を見開く。眠気は一瞬で覚めたようだ。
その後の卵の時もジョーは同じような反応をし、朝食はとても盛り上がったのだった。そして食後、仕事にうつる前にゴリラの話になったのである。
「やっぱ人手不足みたいだしさ。ゴリラ呼ぼうぜゴリラ」
ジョーの言葉に、クレーザーは顎髭を撫でて考える。
「ふぅむ。確かにセーヴンとマサクィ君以外はなかなか仕事が続かないのは困ったところではあるが」
カカオ家の仕事は単純な労働にしては金払いが良いので、短期的に働きにくるのは村民にもテイマーギルドの新人にもいる。
だが、労働量が多いのと、魔獣と触れ合うことはどうしてもストレスになるのか、長く続けてくれる者はいないのだった。
「ゴリラか……」
「不安かい?」
「マサクィ君は信用しているけどな」
「あざっす」
「まあ、その召喚時の危険というのをジョーがなんとかしてくれるというなら悪い話ではあるまい」
というわけで一同は揃って牧草地に出てきた。
ジョーは鎧も着込み、背中に棒を背負っている。
「はーい、みんなちょっとどいてー」
ふるふるふるふる。
ウニリィの声に、スライムたちが牧草地の真ん中をあける。
「ゴリラか……」
「お父さん、何か気になるの?」
「スライム飼育にゴリラの手を借りるってさ。なんかウチ、だいぶイロモノじゃない?」
「お父さん、それは今更よ……」
「そうか……」
二人が話していると、輝石を右手にして掲げたマサクィが声をかける。その輝石が従魔転移石であるらしい。
「準備できたっすよー」
「お願いします」
「うっす、んじゃ。従魔転移行きます」
マサクィの右手の中で輝石が魔力に紅く輝く。
石が強い光を放ちながら音もなく崩れると、マサクィの前の地面に直径3mほどの魔法陣が展開される。円の中に五芒星が描かれるのは召喚を示す象徴的な図案であり、ここに従魔を呼び出すというものだった。
「我が願い、我が呼び声に応じて来たるっす!」
おお、格好良いとウニリィは感心した。マグニヴェラーレの使っていた魔術とも似て非なる技術ではある。テイマーの技術をちゃんと学んだことはないが、こんな魔法っぽいこともできるんだなとちょっと憧れを抱いたのだった。
「従魔転移召喚! ニャッポちゃん!」
「……ニャッポちゃん?」
「ニャッポちゃん?」
ウニリィたちは首を傾げる。
セーヴンは苦笑した。そういえば、マサクィの従魔の名前は自分しか聞いていなかったようである。
ずうぅぅぅん。
重々しい音を立てて地面が僅かに揺れた。
ゴリラである。
「……大きい?」
ウニリィはゴリラに詳しいわけではない。だが、地面に両の拳をついた姿勢で、マサクィと同じ高さに頭があるのは明らかに普通のゴリラの大きさではない。
魔獣なのである。ニャッポちゃんというようなかわいいものではないなあと思っていると、ヘルフレイムゴリラはその胸を激しく叩き始めた。
「ウッホウッホウッホ!」
彼の周囲は炎に包まれた。






