第105話:「それな」「それです」
「おはよう、みんな」
「マサクィにセーヴン、おはよう」
四人は挨拶を交わす。
足元ではスライムたちがふるふると揺れる。
「もうすぐご飯あげるの終わるから」
「普段よりちょい遅いっすか?」
「お父さんがジョーと遅くまでお酒飲んでて寝てるのよ。だから今日は私がご飯用意してたの」
「なるほど、それは仕方ないですね」
セーヴンが頷く。そりゃ五年ぶりに息子と会うのだ。積もる話もあったであろう。
「おいしいー?」
ふるふるふるふる。
ウニリィがスライムに問えば、彼らは満足そうに震えた。
ジョーも柄杓の液体をスライムに掛けながら問う。
「マサクィさぁ」
「ういっす、なんでしょう?」
「ここの仕事どう?」
「んー、そうっすねぇ。まず、待遇面なんかについちゃ全く問題ないっす。まず金払いが良いですし」
冒険者には長期的に未開地の調査やダンジョンの探索を行う者がいて、それこそが真の冒険であると言われることもあるが、冒険者の数に対する比率としてはごく一部である。
大多数はギルドの発行する依頼、主に魔獣の間引きや商隊の護衛など戦う力が必要なものを受けることが多い。つまり日雇いや短期雇いの仕事であり、金払いの悪い依頼人に当たることも多いのだ。
そういう意味ではカカオ家での仕事は最上であった。
「給料が良くて、飯も出て、それが美味くて量も満足で、スライムたちも賢くて……って感じっすかね!」
マサクィは良い点を指折り数えていった。
ふむふむとジョーは頷く。
「待遇面は良いって言ったじゃん、他のとこに不満は?」
「単純にスライムが多いっすよ! 仕事量!」
マサクィが放牧地一面に広がるスライムたちを示し、ジョーは笑った。
「それな」
「それです」
「俺がこの村にいた頃より増えてるし、スライムのランクも上がってるんだよな。もちろんいずれそうするとは思ってたけど、一気にここまでとは想定してなかったわ」
クレーザーがスライムの量と質を制限していたのは、妻、ジョーたちの母が亡くなったことと、ウニリィが怪我を負ったからであった。
ウニリィの心の傷も癒えれば、スライムを進化させるであろうとは思っていた。
「何段階進化だ?」
「えーっと、エレメント、それの騎士級、将軍級だから一気に三段ですね」
「よーやるわ」
「全くっす」
エサやりを終えたウニリィが、カラの桶の残りを舐めようとしているスライムたちにじゃれつかれている様子を見ながら二人は頷く。
「ウニリィはよく疲れないな」
「あー、それは想像なんすけど……」
マサクィはウニリィがスライムたちから活力を得ているのではという予想を伝えた。そういえば、ナンディオからもそんな話を聞いていた気がする。
「なるほどなー、そういやさ」
「ういっす」
「マサクィの魔獣は? 見かけないけど」
「戦闘用なんでコマプレースのテイマーギルドに預けてるんすよ」
「へー、何?」
「ヘルフレイムゴリラっす」
「へぇ!」
ジョーは驚いた。
「知ってるんで?」
「俺も村でて最初は冒険者だったからな、結構強い魔獣じゃん! やるねー」
ジョーは肘でマサクィをつついた。へへとマサクィも笑う。
「エレメンタルスライム将軍には負けますけどね」
「それな」
「マジそれっす」
二人は真顔で頷き合った。
つまりウニリィやべえ。これが二人の認識である。
「でもまー、それならお前のヘルフレイムゴリラここに呼んでよ、ウチの仕事手伝ってもらおうぜ」
「んー……危なくないっすかね」
「ウチのスライムなら、ゴリラに踏まれても大丈夫だろ」
「まー……そうなんすけどねー」
ジョーは地面に落ちてた木の枝を拾う。それを手の中で何度か持ち替えて構え、ひゅっと軽く振った。
ただの枝だ。武器でもなんでもなく、細くて葉っぱもついているものである。それでもそれは、達人が剣を振るったように、空気が断たれる鋭さをマサクィに感じさせた。
「コマプレースまで行って連れてくるんだと一日かかっちゃうな……」
マサクィはそれを戦士の絶技と思うが、ジョーには普段のことである。気にした様子もなく何やら考えているのかつぶやいた。エバラン村から歩いて往復、しかもゴリラ連れとなると戻りは夜になるだろう。
「従魔転移石は?」
「詳しいっすね……。一応持ってますけど、それこそ危険じゃ」
テイマーが、自分のいる位置に契約している魔獣を瞬間移動させることのできる、魔力の込められた使い捨ての宝石である。
これを使うということは基本的にテイマーが危険にさらされている時であるため、召喚された魔獣は興奮状態、すぐに戦闘に入れる状態で召喚される。それが危険とマサクィは言っているのである。
ジョーは笑った。
「だからこそ俺がいるうちにやろうぜ。金は出すからさ」
「あー、朝食の時に相談してみますか」
「だな」
そういうことになった。






