第104話:遊ばれているわよ。
「この銅鑼の音、懐かしいな」
ジョーが笑う。確かにこれはウニリィが物心つく前から使われているものであった。
「スライムの起こし方覚えてるわよね?」
「もちろん」
「じゃあ任せていい? お父さん寝ちゃってるから、私、スライムのご飯の用意してこようかなって」
「おー、任せろ」
ウニリィはカンテラも家にいたスライムも置いて、よーし、と腕まくりするジョーを背に家へと戻った。
ウニリィはスライムテイマーとしては異常なまでの才があり、その能力は父をはるかに超えているが、スライム職人としての腕はさほどでない。
テイマーとしての仕事が忙しすぎて、製品作りの腕を磨く暇がないというのもあるだろう。それでもスライムの飼育に最も大切と言える餌作りに関しては彼女もできるのだった。
「うんしょー」
ウニリィは工房に行くと重い壺を取り出し、鍋にかける。甘い匂いが部屋に広がった。液体は麦芽糖液であり、これを人肌程度に温めたものがスライムの餌のベースである。
慣れた手つきで岩塩をごりごりとやすりで削って鍋に追加したり、薬研でいくつかの薬草類を粉末にして入れる。
「今日は水曜日だから、入れるのは骨粉と……」
曜日によって入れるものやその比率も変えているのだ。スライムたちの栄養価が偏らないように、味に飽きて食事量が減ったりしないように。
クレーザーのスライム製品の質は異常に高い。だが、クレーザーはその育成方法を別に隠してはいなかった。だがスライム職人の会合でスライム育成の秘訣の一つとして餌について話すと、職人たちからも馬鹿げていると言われるような手間をかけているのだ。
なんと言ってもスライムはどんな劣悪な環境でも繁殖でき、なんでも捕食する悪食の魔獣として有名なのだ。それを専用の厩舎に放牧地、栄養価の考えられた餌、適度な運動……。王様の乗るお馬様を育ててるんじゃねえんだぞ、などと言われたりするほどだ。
「できたー」
日が昇る頃に餌が完成すると、ウニリィはその一部、朝食の分を桶に移して外に出る。そして朝焼けに照らされた牧草地を横切って厩舎へと戻る。
パァンパァンパァン!
「よっしゃぁ!」
スライムを打つ激しい打撃音と、ジョーの叫び声が聞こえてくる。
パァンパァンパァン!
「っしゃあ次!」
うるさい。
「……朝から元気ね」
厩舎の入り口に餌の桶を置いて中を覗き込めば、足元でスライムたちがふるふる揺れる。
「おはよう」
ふるふる。
彼らはウニリィに挨拶を返すと、外に出ずに厩舎の奥に向かっていった。うん?
パァンパァンパァン!
「ジョー、調子はどう?」
「おう、ウニリィ。なんかさー、やっぱスライムめっちゃ増えてね? 全然終わらないんだけど」
パァンパァンパァン!
ジョーは男性だし鍛えてもいるし、その動きはウニリィよりもずっと速い。普通であればウニリィがスライムの餌を作り終えるより前にスライムたちを起こし終えていてもおかしくないはずだ。
ウニリィは床に視線を下ろす。いま彼女に挨拶したスライムたちはこっそりとジョーの背後にまわり、棚に戻っていく。
そしてまだ寝てますよー、というそぶりで動きを止めた。
「兄さん」
「ん?」
「スライムたちに遊ばれているわよ」
ジョーが振り返る。柱をのぼっている途中のスライムが目に止まった。
「こらー!」
わあっとスライムたちは外に急いで出て行った。
はぁ、とジョーはため息をつく。
「なんだよもー」
「スライムたちも嬉しいのよ、久しぶりにジョーに会えて」
「どーかな」
「お父さんだってそうだったんでしょ。起きられなくなるまで飲むなんてなかったもの」
「そうかね」
二人は外に出る。
「ほら、飯だぞー」
スライムたちに食事を与える。
「2回ならんじゃだめよー」
ふるふるふる。
ジョーはスライムたちに柄杓の液体を掛けながらウニリィに問う。
「でもウニリィ、仕事キツくね?」
「そうでもないわ、特に今はマサクィさんたちも来てくれてるし楽よ」
ジョーはあたりを見渡す。遠くでは、もー、と牛の鳴き声が響いた。
「そのマサクィとかセーヴンは?」
「最近はねー、朝一番の仕事は私がやって、昼はお休みできるようにしているの」
「あー、交代にしてるのか。なるほど。じゃあ昼は休めるんだ」
ウニリィは顔をしかめた。
「その昼にサディアー夫人から礼儀作法を学んだり、貴族年鑑を覚えさせられるのが疲れるんだけど?」
「うっ」
ウニリィは柄杓の柄でジョーの脇腹をどすどすと突く。
「誰かさんの、せいで、覚えることが、多いんですが!」
どすどすどす。
「ホントすいません」
「まあ怒ってはないけどさー、急にこれだもの。ちょっとは連絡しなさいよ」
「うぇーい」
ジョーは手紙とか絶対書かない。卓に座ってられない男だ。
「っていうか、貴族なんだしジョーが話した言葉を誰かに書いてもらうくらいしなさいよ」
「……天才か」
「なんで気づいてないのよ……」
こんなことを話しているうちに、遠くから『おはようございまーす』と手を振ってマサクィたちがやってくるのであった。






