第103話:じゃ、手伝ってね。
スライム職人の朝は早い––
翌日の朝、いや朝というよりは未明の時間。つまりいつも通りの時間にウニリィは起床し、寝巻きから作業着へと着替え始める。
「ふあぁぁ……」
あくびも出る。だが眠かろうと、たとえ体調が悪かろうと、ウニリィの身体はこの時間に目を覚まして動き始めるのだ。
身支度を整え、手袋をつけようとしたところで、水晶のネックレスを身につける。それを襟元から中にしまうと、改めて手袋をはめて、灯したカンテラを手に部屋を出るのだった。
そして廊下に出たところで、ウニリィは鼻をひくひくと動かす。
「お酒くさい……」
ウニリィがダイニングに向かえば、案の定、ここで飲んでいたらしかった。
卓上にはジョーがコーシュで土産に買ってきたドライレーズンやら、以前王都で買ってきた干物なんかが酒のつまみとして並び、そして酒瓶が何本か転がっている。
サレキッシモがコーシュ地方の銘酒だかなんだか言っていたやつもある。セヴンなんとかと言っていたが、酒の銘柄に興味のないウニリィはもう覚えていない。どうやら早速開けて飲んでしまったらしかった。
「お父さん……?」
クレーザーは卓に突っ伏し、幸せそうな顔で寝入っていた。小さないびきが部屋に響く。
「もー……」
呆れはするが、怒る気にもなれない。なんと言っても5年ぶりにジョーが帰ってきたのだから。
ウニリィが片付けようと近づくと、ぬうっと起き上がる影があった。
「ぴゃっ……!」
思わず悲鳴を上げかけたが……。
「おはよう」
「……兄さん」
なんのことはない、ジョーであった。
「親父と飲んでたら寝ちゃったよ」
起き上がってきたジョーが言う。どうやら椅子を三脚並べて、その上で寝ていたらしかった。
器用なものだが、背中とか痛くならないのだろうか、とウニリィは思う。
「おはよう。飲んでたの?」
「夜中すぎくらいまでかな。親父が寝ちゃって、俺もどこで寝たらいいかわからんし、そのまま寝ちまった」
「ああ、そうね」
客間にはサディアー夫人が、かつてのジョーの部屋にはマサクィとサレキッシモが泊まっているのであった。
ジョーは椅子の上から卓の上にスライムを移動させる。
眠っているのか、持ち上げられても特に反応を見せない。なぜか中央部が丸くへこんでいた。
「……枕にしてたの?」
「おう」
「危ないからやめなよ」
「一応タオルで包んでたし」
スライムがその気になれば、その消化能力はタオルくらいで止められるものではないが……。
「……禿げてもしらないわよ」
「そいつは困るな」
ジョーは真顔になって後頭部を撫でた。
「お父さん、どうしようかな。こんなとこじゃ身体痛くなっちゃうよね。ほら起きて」
「んあー?」
ウニリィはゆさゆさと身体を揺するが、どうにも寝ぼけている。
「兄さん、ちょっと連れてって寝かしてきて」
「あいよ」
ジョーはクレーザーの脇に手を入れると、持ち上げるように支えて部屋へ連れて行った。
その間にウニリィは酒宴の跡を片付ける。食器や瓶は流しに持っていき、水でさっと洗っておく。皿に出ていたレーズンはお腹の中にしまっておくことにした。もぐもぐもぐ……。
「寝かせておいたぞー」
「ありがと。兄さんは酔ってないの?」
すぐにジョーが戻ってきたので尋ねる。
「昨日、マサクィってのが言ってたろ。ワインくらいじゃ酔えないのさ」
英雄と呼ばれるような人間の肉体は、ワインくらいでは酔えないのだ。そうマサクィは言っていた。その直後に、じゃあ一杯だけ乾杯しようとクレーザーは言っていたが、このざまである。
当然、一杯で終わるはずがないのだった。
「ふうん……じゃ、手伝ってね」
ウニリィは壁にかけられている手袋をジョーに渡して、片手にカンテラ、もう片手で卓上のスライムを抱えて外に出る。
ジョーはへいへいと言いながらその後を追った。
ざくざくと草を踏みながら厩舎に向かう。ウニリィはふと尋ねた。
「何話してたの?」
「ん、色々さ」
「そう」
「俺のこと話したり、お前の話を聞いたり」
そりゃそうである。
だが、ウニリィも別に答えを求めているわけでもなく、根掘り葉掘り聞きたいわけでもないのだ。
「いつ出るの?」
「迎えが来たらな。今日ってことはないが、明日か明後日だと思う」
「ふうん」
ウニリィはちょっと唇を尖らせた。
ジョーは笑みを浮かべる。
「軍に合流しなきゃならんから俺は一回出ちまうけどよ」
「うん」
「祝勝会とかあるからさ。親父と一緒に来てくれよ」
「えー」
「えーじゃねえよ」
二人は笑う。
そしてジョーは真面目な表情を浮かべ、そしてちょっと悩んだような、照れたようなと表情をころころ変え始める。
「どうしたの?」
「いや……、うん。親父とお前にさ。ドリーを、まあなんだ、俺の彼女を紹介したい」
公爵家の姫というアレである。なるほど、それは確かにとウニリィも納得した。
地位が高すぎる女性だしこの村に招くことも難しい。ドレスの件もそうだし、そもそもジョーがお世話になっている女性なのだ。ウニリィとしても、会うのは正直緊張するが、お礼の一つは言いたいと思っているのも間違いない。
「そうね、行くわ」
「よろしくな」
そう話しているところでスライム厩舎に辿り着いた。ジョーが重い扉を開け、ウニリィは銅鑼を鳴らす。
無数のスライムたちがびりびりと震えた。
「みんなー、朝よー!」






