第102話:くっ、ぬかりました。
クレーザーの作るスライム製品の主力はスライムゼリーである。
スライムゼリーは基本的には動物の腱などを煮詰めて作るゼラチンの代用品であり、主に工業品、接着剤として使われる。
ゼラチンはもちろんお菓子作りなどの食料品にも使われるものだが、一般にスライムの粘体は不衛生であるため、スライムゼリーは食用に向かない。
ぐつぐつぐつ……。
ウニリィはスライムゼリーを鍋に投入した。鍋のスープには豚肉や野菜が重ねて詰められている。
「よし、あとは冷やしてー」
だが、カカオ家のスライムは非常に衛生に気をつかって飼育されている。こうして料理に使うこともできるのだった。
横で調理の様子を見ていたサディアー夫人が尋ねる。
「それはなんという料理ですか?」
「私もあんまり詳しくはないんですけど、ミュゾとかアスピック……っていうのに似てるんですかね」
アスピックはゼラチンの中に豚の頭部の肉を閉じ込めた料理である。つまり豚肉の煮こごりだ。
ただ、ウニリィが作っているものはスライムゼリーで固めることができるため、頭部ではなくロースを使っていたし、野菜も多めに入れられているようであった。
「なるほど、初めて拝見しますわ」
「時間もかかるし、めったに作らないですからねー」
クレーザーもウニリィも忙しいので、普段の料理は簡単にすませることが多かった。貴族となって人を雇うようになってからは村の奥さま方に頼んで料理を任せるようになっていて、今日も来てもらっている。
だが、これはこの家でしか作られないし、新年の祝いなど特別な時にしか作られない料理であった。ジョーが帰ってきた祝いの料理である。
「おー。これ、懐かしいなー」
当然ジョーが食べるのは5年以上ぶりである。
「いやー、ウニリィ料理うまいじゃん?」
「そう?」
ウニリィは口角が上がりそうになるのをおさえ、澄ました表情で答える。
「うん、マジで。感動した」
思い出の味という補正があるにしろ、凄く美味いとジョーは感じ、ウニリィを賞賛した。スライムの質が5年前より上がっているのも理由のひとつかもしれないが。
「うまいっすねこれ!」
「美味しいです」
マサクィたちも初めて食べる料理に非常に満足していた。
一方で驚いていたのはサレキッシモである。これはこの地域、チヨディア付近の料理ではない。彼だってこの料理を食べるのはかつて貴族であった、ウィスケイ家のターマッキであった頃以来であった。
「これは驚きました。どこで知ったのです?」
「昔、お母さんから教わったのよ」
「ほう」
サレキッシモはクレーザーに視線をやる。
「妻はかつて冒険者でね。遠方の出身だったようだ」
「そうだったの?」
「そうなの!?」
なぜかジョーとウニリィが驚いた。
「……知らなかったんですか」
「いや、この辺の出身じゃないのは知ってましたよ」
ウニリィは言う。
このエバラン村に父や母の祖父母や親戚がいないのだ。移住者であるのは当然知っている。ただ、冒険者だったというのは初めて聞いたということだ。
「あいつは冒険者だったころのことを話したがらなかったからなあ。俺もあまり詳しくはない」
クレーザーがそう言い、マサクィが尋ねる。
「ジョブはなんだったんすか?」
「軽戦士のレンジャーだったと」
ジョブとはこの場合、冒険者の中でどういう役割だったかを意味する言葉である。短剣や小ぶりな弓など軽めの武器を扱い、野外活動に長じた冒険者であったとクレーザーは答えた。
「へー、ランクはなんだったっすか?」
「金に上がるのが嫌だとかでやめたと言ってたな」
「うえぇ!?」
一同、叫ぶなり噴き出すなり驚愕した。
金級といえば最上位である。やめたということは最終的なランクは銀だったのだろうが、金に上がるだけの実力はあったということである。
「教えてくださいよ!」
「聞かれなかったからな」
サレキッシモはクレーザーに叫び、クレーザーはしれっと返答した。
「くっ……! ぬかりました」
サレキッシモはジョーについての取材をするためにこの村に滞在しているのである。よもや亡くなったという母親にそんな秘密があるとは思っていなかったのだ。
だが、納得できることもある。
「ジョーシュトラウム殿の強さはご母堂譲りということですかな」
「いや俺、おふくろから剣とか習ったことないぞ?」
ジョーは首を傾げる。
ウニリィも頷いた。そもそも母が戦える人だというのも初めて聞いたのだし、ジョーを鍛えているのを見たことなどない。
クレーザーは言う。
「多分、二歳か三歳だったと思うが」
「うん?」
「お前が最初に棒を持って振りだした時にな」
「うん」
「危なっかしいから持ち方を教えたらしい」
「へー」
ジョーは全く覚えていない様子で声を上げる。
「それでお前が棒を振ってるのをしばらく見て、あいつは笑って俺に言ったんだ。『棒を振ることに関して、私がこの子に教えられることはもうないわ』ってな」
ジョーは目頭を押さえて言った。
「……なんだよそれ」
サレキッシモは食事中だというのに慌てて立ち上がり、言葉を紙に書き留め始めた。
「墓参りでもしていけよ」
「村を出る前にしていく」
「ああ」






