第101話:いつかやる男だと思っていた!
ウニリィはシーアのとこのポチコさんやニワトリたちに、黄色いスライムが以前育てた草を与える。
「……へー、すごいな。そんなにうまいのか」
ジョーがそうつぶやいたのは、彼らが一心不乱に草を食べる様子を見てであるが、シーアは笑って首を振った。
「あはは、これだって初めて食べさせた時よりは落ち着いてるよね」
「そうだね」
「マジか」
もー。
ジョーはウニリィの手から草を一本とって端っこを齧ってみる。青臭いだけだった。
「わからんな」
「そりゃそうよ」
牧草の味の良し悪しは普通、人間にはわからないのである。
だがジョーが端っこを噛んだ草を、ポチコさんは首を伸ばしてもぐもぐと美味しそうに食べた。
もー。
ウニリィは持ってきた草がなくなると、牛や鳥に声をかける。
「はい、おしまい」
「ウニちんありがとね。じゃあ明日の朝持ってくるから」
「はーい、よろしくー」
明朝、卵と牛乳を半分持ってきてもらうということで話をつけたのである。シーアはウニリィに手を振ると、牛たちを連れて帰っていった。
「楽しみだ」
「私もよ」
ジョーは国王に献上したというその卵の味が楽しみであり、ウニリィはそれを食べたジョーの反応が楽しみなのである。
さて、その日のジョーは大人気であった。
5年ぶりに村に帰ってきたというのももちろんだが、その5年の間に戦場で武勲を立てていること、貴族になっていること、姫を助けて婚約しているということ。
そしてそれを村に滞在している吟遊詩人、つまりサレキッシモが時に感動的に、時に面白おかしく歌っているためであった。
「いやあ、すげえなジョー! お前はいつかやる男だと思っていたよ!」
「おー、どうも!」
村長がそう言ってジョーと握手し、逆の手でジョーの肩をばしばし叩く。
ジョーはにこやかに対応しているが、ウニリィは笑いを堪えていた。
何がいつかやる男と思っていたであろうか、『棒ばかり振っていて、ろくに仕事もしない。ありゃだめだな』と父と話していたのをウニリィは覚えているのだ。
「おお、ジョーやい、久しぶりじゃな」
「元気か?」
「飯は食えてるか?」
ジョーは村の老人たちに人気があった。じじばばに囲まれていたり……。
「ジョー、元気か!」
「いやー、鍛えてるなー」
「久しぶりに一緒に棒でもふるか?」
かつて友人だった同年代の若い男たちに囲まれていたりした。
ちなみにジョーを兄貴と慕うセーヴンも、一緒に楽しそうに棒を振っていた。
「きゃー、ジョー!」
「お姫様捕まえたっていうお話聞かせてよー」
「お姫様ってどんなファッションしてるの?」
また恋愛話やら都会のファッションなどに興味がある若い女性たちにも囲まれていた。さすがにジョー狙いの女性はいないようではあったが。
ウニリィはふ、と笑った。
昔っから、みんなの中心にいるような兄であったなと、懐かしく思ったのだ。
「兄さん、夕飯には戻ってきてね」
そう言付けてウニリィは家に戻ったのである。
「ただいまー」
「おかえり」
家に戻ってきたウニリィを見て、クレーザーも笑う。
「ジョーを村の連中にとられてきたか」
「人気ね」
「そりゃ仕方ないな」
クレーザーは肩をすくめる。
「夕飯には帰るように言っておいたわ」
「そうか」
ウニリィは仕事に戻るべく放牧地に向かおうとした。だがクレーザーはそれを呼び止める。
「ウニリィ」
「なあに?」
クレーザーはいいよどみ、言葉を探すように考えて、結局ストレートに尋ねた。
「……ジョーを恨んでいるか?」
「ううん、全然」
こちらは即答だった。
「狭い水槽の中では生きられない魚、あれはそういう生き物だってわかってるのよ」
ジョーは小さな村の中での生活で収まる器ではない。10歳までのウニリィだってわかっていたことだ。
「そうか」
「スライムの世話は嫌いじゃないし」
「そうだな」
ウニリィは笑みを浮かべる。
「でもね」
「うん?」
「ジョーが、兄さんが変わってなかったのは安心した」
ジョーは棒振り馬鹿ではあるが、人に愛される男であった。
ただ、棒振りとは武術である。ジョーは冒険者から兵士になり英雄となったようであるが、それは戦いの連続の日々であったはずだ。その中で、何人もの敵を殺し、何人もの仲間を失ってきたのもまた間違いない。そうでない英雄など存在し得ないのだから。
それもただの村人が貴族となり英雄と言われるまでになるには、尋常でない数の戦いに身を置いていたことであろう。
それを思ったとき、ウニリィもクレーザーも、ジョーが、彼の人格や性質が変わってしまったのではないかと不安であったのだ。
だから今日、ジョーと再会できてそうなってなかったと知れて、とても安堵したのであった。
「……そうだな」
「じゃ、スライムのとこ行ってくるね! 夕飯は私も手伝うから!」
ウニリィはそう言って牧草地へとかけていくのだった。






