一日遅れのバレンタインデー
世間では昨日はバレンタインデー。
この世界では、百年に一度異世界から聖女様が召喚される。
前回の召喚で現れた聖女様が、バレンタインデーなるお祭りを制定したのだが…これが実に面白い。
愛する異性や、仲のいい家族や友達、それから自分自身への日頃のご褒美にチョコを贈る習慣…それがこのバレンタインデー。
…けれど、輝かしい思い出ばかり、というものでもない。
「今年も、渡せなかったな…」
今年も、本命のチョコレートを渡せなかった幼馴染に想いを馳せる。
毎年、用意しているのに渡せない。
今代の聖女様も、今年はなんだか塞ぎ込んでいてバレンタインデーを楽しむ素振りもないそうだけど。
聖女様も、同じような想いをされているのかも。
「聖女様、ドンマイです」
勝手に同情した私は今年、こっそり聖女様にチョコケーキを贈った。
ちゃんと聖女様に届いてるといいな。
「幼馴染は今、なにしてるのかな」
バレンタインデーの次にはホワイトデーなるお祭りもある。
幼馴染はモテるので、今からお返しの準備に忙しいかもしれない。
「…素直に、好きだって言えたらいいのに」
言えない私は、臆病者だ。
コンコン、と夜中に窓が鳴った。
見れば隣の家に住む幼馴染が、ベランダを伝ってこちらに侵入していた。
この寒い中何をやっているのか知らないが、急いで窓を開けた。
「こんな時間に何やってんの?!」
「本当にね。俺も俺の行動力にびっくりだよ」
「見て、時計。今深夜。外超寒いの。風邪ひくよ?」
「わかってるわかってる」
本当にわかっているのだろうか。
「で?」
「え?」
「用件は?」
「チョコレートちょうだい」
「却下」
本当は渡したいけど。
私の口は素直になってくれない。
「なんで?」
「色んな女の子にチョコレートもらったんでしょ。私のは要らないでしょ」
「今年は断ったよ、誰からももらってない」
…え、なんで。
「なんでって顔してるね。君のためだよ」
「は?」
「今年こそ君からバレンタインデーのチョコが欲しくてね、あ、もちろん本命のやつね」
「………は???」
「だから、君からの告白を受けてあげるよって言ってんの」
なんだこいつ。
前々からずっと良い根性しているとは思っていたがここまでとは。
「なんで私から告白しなきゃいけないのよ」
「えー、だってそういうイベントだろ」
「付き合ってやってもいいとか偉そうなこと思ってんでしょうけど、ダサいのよ!本当に付き合う気があるなら、逆チョコ寄越しなさいよね、逆チョコ!」
「逆チョコがあれば俺と付き合ってくれるの?」
「ええ、いいわよ。今出せるならね」
いつもの如く素直になれない私、しかし相手はそれも予測していたらしい。
「はい。どうぞ」
「え」
「逆チョコだよ、ちゃんと自分で買ったやつね、はい証拠のレシート」
「わ、マジだ…え、なんで…?」
「毎年待ってるのにくれないから、あげにきちゃった」
でも、だって。
「もう夜中よ?」
「一日遅れのバレンタインデーだね」
「もう…毎年意地張ってた私がバカみたい…」
口は相変わらず素直になってくれないが、喜びの涙は流れる。
「そんなに泣くほど嬉しい?」
「うるさいわね、嬉しいわよ」
「だよねぇ、君毎年僕に渡せなかったって泣いてるもんね」
「なんで知ってんのよ!?」
「盗聴器」
え、と固まる私に彼は笑った。
「ふふ、俺さ、初恋拗らせてちょっとおかしくなっちゃったみたい。責任とって、一生一緒に愛し合ってくれる?」
「マジ?」
「マジマジ」
一瞬くらっとしたけれど、それは嫌だからじゃ無い。
ヤンデレに進化するほど私を愛してくれた彼に、愛おしさが限界突破したからだ。
「…ねぇ、それって先代の聖女様が至高だと言ってたヤンデレってやつよね?」
「うん、聖女様が言ってたほど綺麗な感情じゃないけど」
「だったらさ」
彼にぎゅっと抱きついた。
「まだ、今年のバレンタインチョコここにあるの。まだ捨ててない。貰ってくれる?」
「これから先、一生俺に付き合ってくれるならいいよ」
「もちろん一生どころか死後地獄の底まで付き合ってやるわよ」
「やったね」
彼はバレンタインデーのチョコレートを受け取ってくれた。
そして言った。
「今日から俺たちはカップルね」
「うん」
「来年の今日入籍もしよう」
「いいわよ」
「あと、このチョコレートせっかくだから口移しで食べさせてよ」
なんて強欲な男だろう。
でも、今日くらいはいいか。
「いいわよ。その代わり貴方がくれたチョコも私に食べさせてよ」
「もちろんいいよ」
口移しでチョコレートを食べさせ合う。
舌の上でとろける甘さに、クラクラする。
「…お酒、入ってないわよね?」
「お酒も媚薬も入ってないよ、今年はね」
「………は?」
「来年からは保証しないけど」
なんて男だ。
来年が楽しみになってしまうじゃないか。
「もうやだこの人…」
「今更嫌がっても離してあげないよ」
「離されたらこっちが困るわよ」
そんな私に彼は笑う。
「そうだろうね。自覚もあるようだけど、君の初恋も相当拗れてる」
「ええ、誰かさんのせいでね」
「おあいこさん、だね」
まあ、拗らせ具合は若干彼の方が捻くれてるみたいだけど。
それは今はいいか。
「あとで盗聴器は撤去してね」
「え、やだよ」
「やだよじゃないの、ちゃんと付き合うんだからこそそこはしっかりしなきゃでしょ!」
とりあえず盗聴器の撤去を約束させて、また二人でチョコレートをゆっくりとじっくりと貪った。
今年のバレンタインデーは、一日遅れた分すごく甘ったるかった。
ということで如何でしたでしょうか。
今回も転生者はいません。
聖女様は転移者です。
主人公は知らなかったようですが、彼は毎年チョコを待っていました。
とうとう我慢の限界が来て、逆チョコまで用意するほどに。
でも深夜になるまで突撃してこなかったのは、主人公からもらいたかったからです。
ヤンデレだけど、その分健気な彼でした。
少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
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