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第54話【フェアリーの横顔】

 夜の海は静寂に包まれ、その深い藍色の水面は星々の光を反射してきらめいている。


 波の穏やかなさざめきがかすかに聞こえる中、船のデッキに一人佇むリズ。

 

 彼女の長い髪は夜風に揺れ、微かに光る月明かりがその横顔を優しく照らし出している。


 リズは手すりに寄りかかりながら、遠くの水平線を見つめていた。

 黒い瞳には深い思索の色が宿り、その表情には一抹の寂しさを浮かべている。


『フェアリーはさ……宇宙に帰ってしまったら、もう会えないの?』


『それはそうです。私の仕事は宇宙でドラゴンと戦い地球を守ることですから』


 昼間のフェアリーとのやりとりを思い出し、大きく溜め息を吐いた。


 少しくらい悩んでくれてもいいじゃない……


 我ながら勝手だなと思いつつも、そう思わずにはいられなかった。


 夜風が冷たく、リズは肩を軽くすくめるが、それでも目を閉じることなく、夜の海を見つめ続ける。


 ……フェアリーとはずっと一緒にいられると勝手に思っていた。

 

 普通に考えれば、そんな事はないとすぐに分かったはずなのに。


 どうかしてる。


 なんで自分はこんなにフェアリーのことばかり考えているんだろう?


 フェアリーは妖精で、自分は人間。

 

 ずっと一緒にはいられない。当たり前なのに。

 そもそも出会うことすら奇跡のはずだ。


 ……わかっているのになんで、なんでこんなにフェアリーと離れるのが嫌なのだろう。


 ふと気づけば、頬が涙で濡れていた。

 

 それを手の甲で拭うと、隣から視線を感じた。

 

 そこには……フェアリーがいた。


「ひっ!」


「なぜ泣いてるんですか?」


 驚いてのけぞるリズに、フェアリーは淡々と聞いてきた。

 

「な……なん……で、ここに?」


「寝室から出ていくのが聞こえたので、追い掛けて来ました」


 心底意外だった。

 フェアリーは一度寝たら引っ叩いても起きないのに。


「最近のあなたは様子がおかしいです。気になって夜も眠れないじゃないですか」


 そ、そんなに気に掛けてくれてたのか。

 それはそれで凄く嬉しい。

 けど……


「……なんでもないわよ」


「そうですか。なら深くは聞きません」


「…………いや、深く聞いてよ」


「え? なんでもないって言ったのはあなたじゃないですか」


「そ、そうだけど! もっとこう……心配してここまで来てくれたならさ、食いついてくれたっていいじゃない……」


「何なんですかあなたは……面倒くさい人ですね……」


 うん。

 自分でもそう思うよ。

 なに言ってんだろアタシ……

 素直に構ってほしいって、言えばいいのに……


「うぅ……」


 バカな自分に泣きそうになってしまう。

 それを見たフェアリーは小さく溜め息を吐いて、リズの頭を撫でてきた。


 そんなフェアリーのアクションに驚いたが、不思議と悪い気はしなかった。

 むしろ、嬉しくて、ずっと撫でてほしい気持ちさえ湧いてきた。


「……それで、どうしたんですか?」


 撫でながらフェアリーはもう一度聞いてくれた。

 これが最後のチャンスだと思い、リズは勇気を出して口にする。


「この旅が終わったら、フェアリーは宇宙に帰るって言ったよね?」


「ええ」


「それが……凄く嫌だった」


「……? 何故ですか?」


「だって……せっかくこうして旅をしてるのに忙しなくてさ……アクアヴェールでも刺身やカフェも楽しめなかったし……」


「はぁ……」


「もっとこう……旅が終わっても、一緒にいろんなところを回って、楽しみたいって言うか……」


「そんな暇はありません」


「だ、だってフェアリーは宇宙に帰っちゃったら、またあの生活になっちゃうんでしょ? ずっとドラゴンを見張るだけの……」


「ええ。それが私の仕事ですから」


「……少しくらいこっち残って、いろいろ楽しんだっていいじゃない……フェアリーずっと頑張ってるんだし……」


「そういうわけにもいきませんよ。妖精として生まれた以上、妖精としての責務を全うする。それが私なんです」


 確固たる意思を見せるフェアリーに、リズは何も言えなくなってしまった。

 暗く沈むリズの顔を見たフェアリーは小さく微笑み、また優しく頭を撫でてきた。


「そんな顔しないでくださいリズ。少なくとも私は……あなたに感謝しています」


「え?」


「あなたを見ていると、やはりこの地球は守らねばと思えるんです。大切なあなたがそこにいますからね」


 その言葉にリズは胸を打たれる思いだった。

 顔が赤くなり、ドキドキしてしまう。

 大切なあなたと言われて、嬉しすぎる。


 けど、それでも、やはりフェアリーは帰る前提で話している。

 それだけが不満で、悲しくて……

 ずっと側にいてほしいのに……


「リズ。あなたはあなたで精一杯生きてほしい。そのために私は戦います」


「……ずっと戦うんだよね? アタシが死んだその後も、ずっと……」


「そうですね。……いつかドラゴンに焼かれるその日までは」


「フェアリー……」


「ま、私もたまに思うことはありますよ? いったい、いつになったら死ねるのかなって」


「え!? し、死にたいの?」


「漠然とそう思う時はあります。数億年も生きていると、それこそ数億以上の仲間を看取って来ました。いったい何時まで看取り役をやらされるのだろうと。いま仕えている世界樹さまも何本目か忘れましたし」


 数億年の月日。

 数億以上の仲間と世界樹を看取る。

 どれも人間のリズにはあまりに途方もない数で、掛ける言葉が見つからない。


「かと言って、手を抜いてドラゴンにやられるわけにもいきませんからね」


「……今日までフェアリーが生き残って来たのは、やっぱりフェアリーが強かったから?」


「違います。フェアリーはみんな同じ強さです。違うのは運でしょう。死神が鎌を振った時、私はたまたま屈んでいた。それだけの事です」


 淡々と語るそのフェアリーの横顔は、平静な声の割に疲れ切っていた。

 

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、大切なあなた、ですってよ!!! アリコン卒業するってよ!!!
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