第2話【短気は損気】
妖精は宇宙で常に【とある外敵】と戦っている。
それは【ドラゴン】という宇宙生命体。
奴らは地球を侵略し、あらゆる生命体を屠る。
それらを迎え撃つのが妖精たちと、その妖精たちを統べる世界樹。
世界樹は一つの地球に必ず一つ存在する。
地球は世界樹から生まれるのだから。
世界樹は地球を生み育てる。
その地球に生命エネルギーが充満した時、新たなる世界樹の種が放出されるのだ。
その種が開花すれば、また新たなる世界樹が誕生し、新たなる地球も誕生する。
しかしそれを狙うドラゴンがいる。
そしてそのドラゴンから世界樹と地球を守るために妖精が生まれた。
妖精はドラゴンと戦い地球を死守する。
ドラゴンは強く、一度の戦闘で散る妖精たちは多い。
人間にされたこのフェアリーも……多くの仲間が散っていくのを見てきた。
その仲間たちが命をかけて守ってきた地球を、人間が汚染し、誰も生きられない星に変えてしまう。
そうなれば世界樹は枯れ、世界樹の種も生まれない。
数億年も生き残ってきたフェアリーはこの結果を何度も見てきた。
いったい、仲間たちはなんのためにドラゴンと戦い散ったのか。報われない。
世界樹さまは何故そんな人間を最後まで責めなかったのか。
私には分からない。
「凄い壮大な物語ね……」
「現実です!」
屑肉パンを食べながら言うリズに、フェアリーがドンとテーブルを叩いた。
ここは【大都市エタンセル】の商店街で、空腹になったリズが安そうな店を探して今に至る。
テーブルとイスは店の外に多数配置されており、その中の一つにリズとフェアリーは座っていた。
大勢の人間が行き交い、大勢の人間がリズと似たようなパンに屑肉を挟んで食べている。
【アクアヴェール産】という水も頼んだらしく、リズの前にはガラス製のコップが置かれていた。
もちろん『使い魔』扱いのフェアリーには何も用意されていない。
「その話が本当ならあんた今何歳なの?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「年齢なんて私にはなんの意味もないものですから。それより食事とやらはまだ終わらないんですか?」
「もう少し待ってよ。育ち盛りなんだからアタシ」
育ち盛り……確かにこのリズという人間はかなり若い。身長もフェアリーより顔一個分くらい低い。まだまだ成長途中なのだろう。
栄養がたくさん必要なのは分かるが、待たされる方は退屈でしょうがない。
何が悲しくて人間の食事を観察せねばならないのか。
「『使い魔』って良いわよね〜。お腹空かないから経済的だわ」
「だから『使い魔』ではないと――」
ググゥゥウウ〜
フェアリーのお腹から凄まじい音が響いた。
「え!?」っとフェアリーが自分のお腹に手を当てて驚愕し「へ?」っとリズがフェアリーのお腹を凝視した。
え?
え?
なに今の?
お腹が、急に!?
ググゥゥウウググゥゥウウググゥゥウウ〜
「な、なんですかこれは!? 止まらない!?」
数億年生きてて感じたことのない渇望感を覚えたフェアリーはパニックになった。
「私のお腹に何かいるんですか!? このっ!」
腹を自分で殴った。
「うぶっ!」
吐きそうになった。
「ちょ、ちょっとやめなさいって! 落ち着いてフェアリー!」
ググゥゥウウ〜!
「くそ! まだお腹に何かが!」
「違うって! あんたそれお腹減ってるだけだから! 殴っちゃダメ!」
リズに手を掴まれて腹を殴れなくなった。
「さ、触らないでください! 穢らわしい!」
「だったら殴るのやめなさいって! それお腹に何かいるんじゃなくてただの空腹だから!」
「く、空腹? これが?」
初めて感じる空腹という感覚にフェアリーは戸惑った。
そんなバカな。
そこまで人間化してしまっているなんて……
本来は世界樹さまからエネルギーを貰い、全てを賄っていたのに。
それすらも遮断されてしまっていたとは……
フェアリーの騒ぎに周りで食事をしていた人間たちが何事かと視線を集めてきた。
しかしリズが涼しい顔で何事もなかったようにフェアリーをイスに座らせる。
するとみんな興味を無くし、それぞれの雑談や食事に戻っていった。
それを確認したリズは一呼吸してからニヤリと不敵にフェアリーを見据えてきた。
嫌な予感がした。
「あんた、お腹空くみたいね?」
「……空いてません」
ググゥゥウウ〜
空気を読まない腹の音。
また殴ってやろうかこの腹は!
「奢ってあげてもいいけど、あんた次第ね〜」
意味が分からないフェアリーは首を傾げた。
「私次第とは?」
「『リズ様お願いします。このフェアリーめに食事を恵んでください』って言えば奢ってあげる」
「なっ!?」
「あとちょっと触ったくらいで怒らないで。穢らわしいとか傷つくから普通に」
「お断りします!」
フェアリーが勢い良く立ち上がるとイスが派手に倒れた。
また周囲の視線を集めてしまうがフェアリーは構わず歩き出した。
「あ! ちょっと待ってよフェアリー! 冗談だってば! 奢ってあげるから!」
「結構です! 誰が人間なんかに物を乞うものですか!」
「ご、ごめんって! せめてちょっと待って! まだ食べ終えてない!」
そんなリズの言葉など聞く耳も持たずフェアリーは商店街を去って行った。
★
何が『リズ様お願いします。このフェアリーめに食事を恵んでください』って言えば奢ってあげる』だ!
これだから人間は嫌いだ。
すぐ調子に乗る。
まったく!
頭に血が上ったフェアリーは大都市の大通りを早足で歩いていた。
顔が人を突き刺すような強面になっており、通りすがりの人間たちがビビってみんなフェアリーに道を開けていく。
当の本人はなぜ人間たちが道を開けるのかまったく分かっていなかった。
その中で一人の女の子がフェアリーを指差し「綺麗なお姉ちゃんだ」と言ってきた。
フェアリーはそのままの強面でギロッと睨んでしまった。
すると女の子がびっくりして泣いて逃げてしまった。
「あ……」
少しだけ手を伸ばしかけたフェアリーだが、女の子の姿はすでになかった。
なんて幼稚なことをしてしまったのだろう。
人間の子供相手に睨むつもりはなかったのに。
複雑な心境になってしまったが、それがフェアリーにとって怒りを収める結果となり、忘れていた空腹感がまた襲ってきた。
ググゥゥウウ〜
「はぁ……空腹とは厄介ですね……」
何かを食べないと止まらないのだろう。
自己解決できないのが一番厄介だ。
今さらリズに食事を恵んでもらうのは妖精としてのプライドが許さない。
しかしこの渇望感を誤魔化す術がない。
どうしたものか。
一人で悩んでいると、急に周囲がざわつき始めた。
「あ! イルセラ様だ!」
「おお! いつ見てもお美しい!」
「イルセラ様!」
人間たちが騒ぎ始めた。
イルセラという名前に聞き覚えがあったフェアリーは、周囲の人間たちの視線を追う。
すると大通りの奥から一人の女性が歩いて来ていた。
金髪碧眼の人間で、胸部が凄まじく大きい。
赤いローブに身を包んだその姿は明らかに他の人間とは違う気品があった。
そういえばリズがイルセラ様の騎士になるとかどうとか言っていた気がするが、あの人間がそうなのだろうか?
随分と不機嫌そうな顔だ。
ナイフみたいな目でこちらを……見ている?
……?
気のせいか?
こちらにまっすぐ向かって来ているような?
フェアリーがまじまじとイルセラを見ていると、彼女の傍らに見覚えのある女の子がいた。
さっき泣いて逃げてしまった女の子だ。
カンッっとハイヒールを鳴らしたイルセラが、フェアリーの目の前に立ち塞がってきた。
その顔はどう見ても怒っている。
「私の子を泣かしたのはあなたね?」
「え?」