第16話【フェアリーの弱点?】
「……それ、本当なの?」
イルセラが疑わしげにフェアリーを見つめながら言った。
宇宙という空より上に存在する空間。
そこで妖精とドラゴンがいつも戦闘を繰り広げていること。
この世界が地球と呼ばれていること。
そもそも地球が複数存在すること。
それらすべてがあまりに非現実的すぎてイルセラには付いていけなかった。
「信じてもらわなくて結構です」
それだけ返したフェアリーはまた肉を骨ごと食べ始めた。
はなっからリズとイルセラの反応には期待していない様子である。
イルセラは腕を組んで難しい顔を浮かべ、隣のリズに視線を向ける。
「リズ。あなたはどう思う?」
「アタシはフェアリーを信じます」
聞かれたリズは即答する。
意外そうな目で見てくるイルセラに、虚を突かれたような顔を向けてくるフェアリー。
二人の視線を受けながらリズは根拠を語る。
「このアタシ達の空の上で妖精とドラゴンが戦ってるなんて想像も出来ないんですけど……そんな作り話が作れるほどフェアリーって頭柔らかくないと思うんです。それに作り話って嘘が基本じゃないですか? フェアリーって嘘とかぜったい下手くそだと思うので、この話は本当なんだと思います」
「どういう信じ方ですか……」
フェアリーが呆れながら言う。
「だってあんた石頭じゃない。嘘とかついたことあるの?」
「あるわけないじゃないですか」
フェアリーが口を尖らせて言うと、リズは「ほらやっぱり」と笑った。
フェアリーは人間に恨みさえあるのは前の話で知っている。
それでも彼女が人間に手を出さないのは世界樹という君主がいるからだろう。
フェアリーがもしその気になれば、人間なんてあっという間に皆殺しにできる。
フェアリーに殺されても仕方ないことを人間はしているみたいだし。
そういう意味では、今この瞬間も世界樹に守られているということになるのかもしれない。
地球という大切な物を守ってきて、最後には人間に壊される。
そんな大嫌いな人間を世界樹の命令で仕方なく守ってきたのがフェアリーなのだろう。
いや、待って?
だとしたらなぜフェアリーは人間にされてしまったのだろう?
なぜリズの召喚に応じて地球に来たのだろう?
今までの話を聞いている限り、フェアリーは誠実に仕事をこなしている。
こんな仕打ちを受けていいはずがない。
「そういえばフェアリー。あんたなんで人間にされたの? もともと妖精ってそんな姿なの?」
「違います。私の体はもっと白いです。形状は人間に近いですが、もっと細くて優雅です」
「へぇ〜見てみたいなぁ。で、なんで人間にされたの?」
聞かれたフェアリーは食べる口を止めた。
一瞬だけ迷うような顔をして、しかしすぐに平然と口にした。
「『人間は守る価値がない』と世界樹さまに言ったんです。そしたら人間にされ、あなたのもとに転送されました」
息を呑み、絶句したリズとイルセラ。
フェアリーは近くにあったコップを取り、その水面に浮かぶ自分の顔を見つめた。
憎くてしょうがない人間の顔が映っている。
黒いヘッドドレスを着飾った白銀の髪。
空を思わせる青い瞳。
人間の感性ならば美人と称するその顔も、フェアリーから見れば穢らわしい醜悪なものに映る。
「人間を守った先にあるのが地球の破壊なら……あなた達なんか、いっそ……」
キュッとコップを握り締めるフェアリーの声は冗談ではない気配があった。
彼女の全身から滲み出る負のオーラが見えて、リズはフェアリーの本性を見た気がして戦慄がした。
傍らのイルセラもフェアリーの闇が見えたらしく、額に汗を垂らして生唾を呑んでいる。
フェアリーの抱えている人間に対する怒りは、おそらくリズの想像を遥かに超えている。
数億年という桁外れの人生を歩んでいるフェアリーは、きっと山ほどの悲哀と理不尽に虐げられたのだろう。
彼女が抱える闇は人間のリズが計り知れるはずがない。
残酷な現実に折り合いがつけられず、ついに君主である世界樹に不満をぶちまけねばならなくなるほどに、フェアリーはいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
それでもリズはフェアリーの握っているコップに小さな希望を見出した。
あれだけ強く握っているのに、コップを割らない力加減をまだ持っている。
本当に怒りに染まっているなら、あのコップはとうに割れているはずだ。
あのコップを割らない力加減こそ、フェアリーの持っている根底の優しさなのではないだろうか?
世界樹によるブレーキではない、フェアリー本人の優しさ。
人を気遣えるほどには優しいのがフェアリーだ。
それをリズは知っている。
フェアリーは、もしかしたらもっともっと優しかったのかもしれない。
彼女が無愛想になったのも、無礼になったのも、口が悪くなったのも、全て人間のせいだとしたら……
そしてそれでもなお、世界樹の命令に従い、妖精としてドラゴンと戦い続けていくのか。
大嫌いな人間を守るために。
そう思い至ったリズは目の奥が熱くなるのを感じた。
悲しいと感じる心が震え、リズの目が涙となって溢れた。
リズの洟を啜る音にフェアリーが気づき、彼女の涙に驚く。
「そ、そんな怖がらないでください。べつに私はあなた方に手を出すつもりはありません」
どうやらフェアリーは自分の発言にリズが恐怖して泣いたのだと思ったらしい。
「違うわよ……そうじゃない……」
フェアリーがあまりにも可哀想で泣いているのに、それを口にしたところで信じてもらえるはずもない。
どうすればフェアリーの心を救ってあげられるのか、まるで分からない。
それが性懲りもなく涙を溢れさせる。
見ていられなかったのかフェアリーはすぐに顔を伏せた。
リズはイルセラにハンカチを渡され「すみません」と君主の厚意に甘えた。
湿っぽい空気になって居心地の悪さを感じていたフェアリーだが、誰かに足を蹴られた。
「?」
見ればいつかの女の子だった。
フェアリーの足を蹴り、またべ〜ッと舌を出す。
「あ、こら! ゼラード!」
イルセラの娘らしいゼラードと呼ばれた少女はフェアリーを睨んでいる。
対するフェアリーは何故かオロオロしていた。
「ゼラード! 謝りなさい! なんで蹴るのよ」
「このお姉ちゃん嫌い」
バッサリとゼラードに嫌いと言われ、フェアリーはどこかショックを受けたようにのけぞった。
思わぬフェアリーの反応にリズは驚きを隠せない。
「あ、あの……ゼラードさん……あの時は、ごめんなさい」
まさに天地がひっくり返るほどの衝撃だった。
あのフェアリーが謝っている。
人間相手にだ。
しかもこんな小さな女の子に。
リズとイルセラは顔を見合わせ驚愕し、成り行きを見守る。
「あの時はイライラしてて……でも、睨むつもりはなかったんです……怖がらせて本当にごめんなさい」
イルセラにも下げなかった頭を、あっけなくゼラードに下げたフェアリー。
急なフェアリーの態度の軟化にリズとイルセラは戸惑う。
何が起こっている?
何か悪い物でも食べたのだろうか?
そんな疑いの目を向けるリズとイルセラだが、そんな視線には気づかずフェアリーはゼラードにペコペコする。
ゼラードはムスッとした不機嫌な顔を崩さず、フェアリーから逃げるように去って行った。
「あ、あ! 待ってください! 許してくださいゼラードさん!」
わざわざゼラードを追いかけていくフェアリー。
そんな彼女の背を見たリズとイルセラは口を揃えて言った。
「子供には弱いみたいですね」
「子供には弱いみたいね」