第14話【イルセラの騎士リズ・リンド】
「ほら。だから言ったじゃないですか。勝負にならないって」
一時の静寂の中、フェアリーはツカツカとリズの前に戻って来た。
その間に事態をようやく把握した観戦者たちが声を上げる。
「あの子勝ったぞ!」
「剣聖が負けるなんて!」
「何をしたんだあの子は!?」
「速すぎて見えなかった……」
「すげぇよあの子! 最強だ!」
何が最強だ。
妖精はみんなこんなもんである。
フェアリーは湧き起こる歓声に溜め息を吐きながらリズを見た。
頭や口から血が出ている彼女は、立っているのが辛かったのか膝をついていた。
さすがにちょっと責任を感じたフェアリーは手を差し出そうか迷う。
「大丈夫ですかリズさん?」
「え……ええ。大丈夫……」
なんとか立ち上がったリズは、しかしふらついて倒れそうになりフェアリーが慌てて支えた。
人間に触りたくないし、人間の血に汚れたくなかったが、リズのケガはもともと自分の寝坊が原因だから我慢することにした。
「ぁ、ありがとうフェアリー……」
「いえ」
支えてくれたのが意外だったのだろうリズがフェアリーにそう言う。
身体が密着するからフェアリーにとっては凄まじいストレスなのだが、地球でたった一人の頼りであるリズを無下にも出来ないのがフェアリーの実情だった。
「本当に強かったのねあんた。凄いわ」
「別に凄いことないですよ。レベル低いんですよ人間は」
当たり前のように言ってのけるフェアリーに、リズは苦笑するだけで何も言わなかった。
フェアリーの実力を見せつけられた以上、彼女の言動に嘘偽りがないことを知ったからだ。
剣聖の速さに余裕で対応し、剣聖の一撃を優に躱し、たった一発のパンチで倒してしまったのだから。
リズは手も足も出なかったのに、フェアリーは能力を封印されていてこの強さなのだから凄まじい。
悪気もなくフェアリーは人間のレベルが低いというが、フェアリーにとってはただ事実を述べているだけ。
宇宙という無限空間でドラゴンという超生物を相手にしているフェアリーは、そもそも戦闘レベルの次元が違い過ぎるのだ。
妖精はみんなこれくらい強い。
これくらい強くなければドラゴンから地球は守れないのだ。
「リズさん。歩きづらいので持ち方変えますね」
「へ?」
ふらつくリズに肩を貸して支えていたが、フェアリーはやめて、リズをお姫様抱っこした。
「ひあっ!? ちょちょちょ! ちょっと!」
リズは顔を真っ赤に染めて暴れる。
「やめて! 恥ずかしいってこんな格好! あ! イタタタ……」
「ジッとしていてください。この方が歩きやすいんですよ私」
「だからってこんな……、せめておんぶにしてよ!」
「嫌です。私のドレスは背中が空いてるんです。あなたの血で汚されなくないんですよ」
「そんなぁ……」
大衆の面前でフェアリーにお姫様抱っこされ、リズは恥ずかしさのあまりに顔を両手で覆い縮こまる。
そんなリズをどこか可愛いと思いつつ、フェアリーはさっきからずっと放心しているイルセラの前にやってきた。
「イルセラさん。約束ですよ。彼女をあなたの騎士にしてあげてください」
「え、あ……ぇ、ええ……約束は守るわ。でも……」
「まだ何かあるのですか?」
面倒くさそうに聞き返すフェアリーに、イルセラは慎重な声音で聞いてきた。
「あなたは何者なの?」
その問いにリズも反応し、フェアリーを見上げた。
当のフェアリーは特に顔色を変えずに告げる。
「世界樹さまの妖精ですが?」
「世界樹さま? 妖精?」
どうせ理解できないだろうと思っていたが案の定だった。
イルセラは隣に立つブロンクソンと顔を見合わせ首を傾げている。
「リズ・リンドの『使い魔』ではないのか?」
ブロンクソンに聞かれた。
ここで『使い魔』ではないと答えたらまた面倒なことになりそうだなと、フェアリーは仕方なく答える。
「いえ、リズさんの『使い魔』ですよ。生まれが世界樹さまで、素性が妖精というだけです」
フェアリーの答えに、抱かれたままのリズは意外そうな目を向ける。
しかしブロンクソンは聞き慣れない【世界樹】【妖精】という言葉に困惑していた。
「む、むぅ……世界樹、妖精……なんだそれは? 聞いたことないぞ?」
「でしょうね」
この世界が世界樹と妖精に護られているなんて人間は知らない。
永遠に知ることもない。
知ったところで、という話である。
「まぁいいわ」とイルセラが切り出した。
「ブロンクソン。騎士叙任式の準備をしてちょうだい」
「はっ! ただちに!」
敬礼したブロンクソンが駆け足で去っていく。
「リズ。あなたはまず医務室で手当てを受けて来なさい。叙任式はそれからよ」
「あ、ありがとうございます!」
イルセラに認められ、新たなる騎士の誕生が約束された瞬間だった。
広場は拍手喝采に満ち溢れ、リズを祝う言葉が周囲からたくさん届いた。
「フェアリーありがとう! フェアリーのおかげよ!」
本当に嬉しそうにリズが言い、フェアリーの首に抱きついてきた。
彼女の流血が頰についてかなり不快だったが、あまりにも喜んでいるリズに怒るに怒れなかった。
★
リズの騎士叙任式は夕方の【炎の神殿】で行われた。
エタンセルでは決まってここで祭りや神聖なる儀式を行うことになっているらしい。
【炎の神殿】は有事の際の避難先にもなっており、イベント時の会場としても使われているとのこと。
それだけここ【炎の神殿】はエタンセルの民たちにとっては基本的かつ重要で伝統的な場所となっているようだ。
叙任式のために用意された御馳走が長卓に並び、それらのイスに並び立つ騎士や貴族たち。
神殿の最奥では【消えない炎】の前でイルセラが司祭から祭壇の剣を渡され、その剣を跪くリズの肩に当てている。
あれが君主に忠誠を誓うための騎士の儀式らしい。
その光景をフェアリーはかなり後ろから眺めていた。
立ち並ぶ石柱にもたれかかり、腕を組んで食事の時を待っている。
そんなフェアリーの隣には騒ぎにならないようにひっそりとサラマンダーもいて、リズの儀式を眺めていた。
『凄かったらしいじゃねぇかフェアリー。あの剣聖を倒したって人間たちは大騒ぎだったぜ?』
「別に凄くないですよ。あれくらいで騒ぎ過ぎなんです。人間は」
『はは、まぁお前さんにとっちゃそうだろうがな。妖精は強ぇもんな。どいつもこいつも』
「みんな同じです。妖精に実力の差はありませんから」
『そうかぁ? やっぱ長いこと生き残ってるヤツは強いんじゃねぇのか? お前もけっこう長生きしてんだろ?』
「……あんな即死級の攻撃が飛び交う戦場。生き残るのは半分運ですよ。私は運が良かっただけです」
『そうか……ま、前線で戦ってたお前さんが言うならそうなんだろうな。で? これからどうするんだ? あのリズって子と一緒にいるのか?』
「しばらくはそのつもりです。地上に慣れてきたら残りの精霊様を探そうと思っています」
『他の連中の居場所なら知ってるからよ。行くときになったら聞きに来いよ』
「ありがとうございます。サラマンダー様。今聞かせて頂いてもよろしいですか?」
『いや、今はダメだ。ほら、お前さんの相棒が来たぞ。冷たくすんなよ?』
それだけ言ってスッとサラマンダーが消えた。
見ればすでに叙任式は終わっており、みんな食事を楽しそうに始めていた。
その中からリズがやってくる。
「フェアリーお待たせ! どう? 似合う?」
リズが自分の新たなる姿を見せて胸を張ってきた。
エタンセルの騎士がみんな装備している赤いマント。
胸には黒い鉄製のプロテクター。
肩にも鉄製の肩当てが装備されている。
脚も鉄製のレギンスが履かれており、しかし太ももが剥き出しになっていた。綺麗だな、と思った。
腰には君主イルセラから受け取ったらしい剣がベルトで垂らされている。
「……良いんじゃないですか?」
人間の格好はよく分からないが、とりあえずそれだけ言ってみた。
「特にどの辺が?」とウキウキにリズに聞かれ、返事に困ったフェアリーは「太もも」と答える。
「どこ見てんのよ! おっさんか!」
「いや、だって、綺麗だなって……」
本当にそう思ったから言っただけなのだが、やはり怒られた。
人間は面倒くさい。
「ん……ま、いいや。褒めてくれただけ良しとするわ。アタシの予想じゃ『何がですか? よく分かりません』って返されると思ってたから」
だいたい当てられててフェアリーは冷や汗をかいた。
とりあえず太ももを褒めておいて正解だったようだ。
「それと、改めてありがとうフェアリー。あんたのおかげでアタシ、騎士になれたわ」
「いえ」
「あと、疑ってごめんね」
「何がです?」
フェアリーはテーブルにある骨付き肉を手に取り、食べながら振り向いた。
「あんたが世界樹の妖精だってこと。ドラゴンとか、宇宙とか、あの壮大な話……あんなに強いなら本当なのかなと思って」
「べつに信じなくてもいいんですよ。あなたに関係ないのは事実なんですから」
「でももっとフェアリーのこと知りたいわ」
「変な人ですね……私なんかを知ってどうするんですか……」
「だってアタシが知ってるフェアリーって無愛想で無礼で口悪くて人の予算をガン無視してご飯食べまくる『使い魔』ってだけだもん」
「悪かったですね! 無愛想で無礼で口悪くて!」
「でも根は優しい」
「は? 私が優しい? 人間に? 冗談キツイですよ。私が人間に優しくするわけないでしょう」
「そう? あんなに優しく抱いてくれたのに?」
誤解を招きそうなリズの発言にフェアリーは怪訝な顔をした。
リズは構わずニコリと続ける。
「アタシを抱っこした時、ケガに響かないように歩いてくれてたでしょ?」
「!」
「あと抱きついた時も、顔にアタシの血が付いても怒らなかったじゃない。我慢してくれてたんでしょ?」
「気づいてなかっただけです」
よく言うな、とリズは内心で笑った。
フェアリーはリズを医務室のベッドに下ろした直後にすぐ顔を拭っていた。
これで気づいていなかったは無理がある。
でも、それらにフェアリーの優しさを感じたのは事実で。
彼女となら良い相棒になれそうな気がしたのも、また事実だった。