第12話【激昂のリズ】
「……いいでしょう。ならばこの【剣聖】に、その【獣剣技】とやらで見事打ち勝ってみせなさい!」
イルセラのその言葉によって、興冷めしていた観戦者たちが一気に熱を吹き返した。
湧き起こる歓声の中、イルセラはブロンクソン騎士長に目配せし、彼はそれに頷く。
「娘よ。武器は何を使う?」
リズはエタンセルへ入国する際、城壁の市門で武器を没収されていた。
なので今は丸腰であり、それを見たイルセラがこの騎士長に指示を出したらしい。
「ロングソードを使います」
狙う獲物によって武器を変えるのがリズのスタイルだ。
熊のように骨ごとパワーで断ち切る必要がある獲物には斧。
狼のように素早く飛び掛かってくる獲物には喉を切り裂くため剣を。
槍は主に水中で銛として使う事が多い。
この中で対人に適しているのは中距離を維持できる槍……ではなく剣だ。
相手は分厚い鎧に守られた大剣の使い手。
体格差はリズを遥かに超える二メートルの巨体。
受けに回ればその圧倒的な体格差と大剣の重さで小柄なリズは瞬殺されるだろう。
だから守りに転じた際に【受ける】ではなく相手の力を【流す】ことができる剣が攻守ともにバランスが良い。
「ならば私の物を貸そう」
ブロンクソン騎士長は腰にある剣を抜刀し、リズに差し出した。
それはエタンセルの騎士ならばみんなが持っているエタンセル製のロングソードだ。
全長80センチの直剣で、赤い柄が特徴的である。
「ありがとうございます! お借りします!」
受け取ったリズは何度か柄を握り直し、感触を確かめる。
そして数回ほど剣を振る。
少し重いが、その分の耐久性への信頼はありそうだ。
武器で一番大切なのは壊れないことだとリズは知っている。
狩りでも武器の破損で死にかけたことが何度もあるからだ。
やはり都会の武器の完成度は素晴らしい。
まして騎士に採用されている正式な物なら尚更だ。
「それでは決闘を始めるぞ! 両者構えぃ!」
ブロンクソン騎士長が仕切り、片手を上げた。
剣聖が大剣を構え、対してリズは我流ゆえに構えらしい構えはない。
少しだけ前屈みになって、すぐ走れるようにしている。
リズも剣聖も、ブロンクソン騎士長の合図を待つ。
みなが息を呑む静けさの中、一人だけ馬鹿みたいに爆睡して寝息を立てているフェアリー。
あとで絶対に殴ってやるとリズは心に誓い、目の前の剣聖に集中した。
そして!
「始め!」
決闘の火蓋が切って落とされた!
先手を取ったリズが踏み込み、その細身の身体を一気に最高速に持っていく。
剣聖は向かってくるリズに大剣の横薙ぎを振るう。
リズはそれを姿勢を限界まで低くし掻い潜り、地面スレスレからロングソードを煌めかせる。
「【獣剣技・麒麟衝】!」
すくい上げるように切っ先が剣聖の首を狙う。
美しい曲線を描くリズの一閃は、わずかに剣聖には届かず難なく防がれた。
剣聖の反撃は大剣の振り下ろし。
単調な攻撃だが速く、バク転で避けてみせたリズに突風が襲い掛かる。
「わっ!?」
それにより地面に足が付くのが遅れ、その隙を剣聖に突かれて体当たりされた。
鉄の鎧を着込んだ二メートルの巨体による体当たりは、鉄塊に激突されたような衝撃をリズに与えた。
全身の骨が軋み、脳が揺れて気を失い欠けたが、リズは何とか受け身を取って体勢を立て直す。
口内を切ったらしく、口から血が流れ、頭からも流血する。
一撃で大打撃だ。
あれが体当たりでなく斬撃だったら死んでいた。
やはり剣聖は手加減している。
いや、剣聖がというよりイルセラがそう指示しているのだろう。
悔しい! っと歯を食いしばっていると剣聖はリズに向かって走ってきた。
並の速度ではない。
常人ならば捉えられない速さだった。
なんて速さなのよ!
あの重装備でこの速さはほとんど反則だ。
目前に迫った剣聖が袈裟斬りを放ち、それを飛んで避けたリズは剣を構える。
「【獣剣技・鷹の爪】!」
空中からの一瞬三連の斬撃!
しかしそれさえも防がれ掠りもしない。
剣聖は空中にいるリズの足を捕まえ、地面に叩き伏せた。
「ごっはっ!」
あまりの衝撃にリズの身体がバウンドする。
同時に観戦者たちの歓声が湧き起こる。
圧倒的な剣聖の強さを見れて満足な声を上げ、口々にざわめく。
「なんだよ大したことないなあの子」
「相手が悪いだろ」
「勝負になってねぇや」
笑いが起こり、剣聖コールまで起こり、リズはそれらを聞かされながらも立ち上がった。
負けるわけにはいかないのだ。
ここで負けたら、孤児院の子たちが貧しい生活を送るはめになる。
もうあんな貧しい生活は、自分の代で終わらせてあげなきゃいけない!
それにイルセラ様にも恩がある。
その恩を返すためにも、彼女の騎士になりたいのだ!
リズは意を決して剣を構え、向かってくる剣聖を見据えた。
ロングソードを両手持ちにし、闘気を高め、それを刃に纏わせる。
肉薄する剣聖に向けて、リズは一足で加速し剣を振り抜く!
「【獣剣技・熊狩り】!」
熊をも一撃で仕留めるリズの大技。
高めた【気】で斬れ味を上昇させ、骨ごと一刀両断する剣技。
すれ違いざまに斬り合った両者は、リズが血を吐いて倒れた。
「がっはぁっ!」
全身を拳打で殴られた。
あのすれ違いざまの一瞬で何十もの拳打をくらった。
リズの渾身の一撃は大剣によりあっさり防がれており剣聖にダメージはない。
嘘でしょ……一撃も……掠りもしないの!?
手加減されてこのざまとは。
さすがに泣きそうになった。
痛みよりも積み重ねてきた努力が無意味に思えたのが辛い。
剣聖が強いのは知っていたが、これほどとは。
「剣聖に傷の一つでも付けてくれば騎士にしてあげようかと思ったけど、残念ね」
イルセラの冷たい言葉が耳に聞こえ、リズは痛む全身を堪えながら顔を上げた。
「降参なさい。リズ・リンド。それで――」
「あ〜よく寝たぁ〜。これが睡眠というヤツですか〜。なんだか頭がスッキリしてますねぇ〜」
場違いなほど呑気な声が広場に響いた。
上半身を起こし、背伸びしたフェアリーの声だった。
「ん?」
フェアリーは周囲の状況にようやく気づいた。
凄まじい数の人間たちがフェアリーを見ている。
あっちを見てもこっちを見ても人間人間人間人間!
「何見てるんですか! 穢らわしい!」
いきなりキレてきたフェアリーに周囲の人間たちは「えぇ……」と困惑する。
「まったく! ……あれ? でもなんで私こんなところで? リズさんは? ……あ、いた! リズさん!」
リズを見つけたフェアリーが立ち上がり駆け寄る。
何故か膝をついていたリズは血だらけだった。
「え!? リズさん!? どうしたんですかその傷! ベッドから落ちたんですか!?」
「あんた……やっと起きたのね……起こしても起こしてもグーグーと……」
ドス黒い怒りのオーラがリズから滲み出ていた。
怒りのあまりにリズの声は震えている。
さすがのフェアリーも戦慄した。
「え、いや、え? なんでそんな怒ってるんですか!?」
【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】
世界樹の妖精フェアリー ???歳 身長170センチ
【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】
人間の女猟師リズ・リンド 15歳 身長155センチ