第11話【リズの剣技】
エタンセルの広場はお祭り騒ぎの渦中にあった。
即席の露店が並び立ち、暇を持て余した貴族たちや、仕事を放り出してやってきた平民などが入り乱れている。
「申し訳ありませんイルセラ様。バカ共がこんな大騒ぎにしてしまって……」
隣に立つブロンクソン騎士長が言い、広間の中心に凛として立つイルセラは「構わないわ」と冷静な声で返した。
「鞭を入れる頃合いだと思っていたの。人は刺激が続かないと忘れるものでしょう?」
領主としての威厳と恐ろしさを思い出させる。
それらを兼ねてあのフェアリーの挑発に乗ってやった面もある。
「あれを見なさい」
イルセラが指差した先には【剣聖】が勝つか【フェアリー】が勝つかと賭けを行っている露店もあった。
ゴールドの賭博はエタンセルでは違法だ。
それをこんな領主のいる広場で堂々と行うのは、領主たるイルセラが舐められている証拠に他ならない。
取り締まりを緩くすればすぐこれだ。
「エタンセルで賭博は違法よ。取り締まって」
「はっ! ただちに!」
ブロンクソン騎士長が命令を出し、部下たちが一斉に動き出した。
ガラの悪い男たちが取り締まりの騎士たちに激怒し殴りかかるも、対人戦のプロである彼らに敵うはずもなく、瞬く間に違法者たちと露店は排除された。
その間にようやくあのリズという騎士志願の少女が現れた。
しかも不思議なことに例の『使い魔』であるフェアリーをおぶって現れたのだ。
見ればフェアリーはリズの肩をヨダレでベチョベチョうにするほど爆睡している。
イルセラは28年間生きてて初めて知った。
『使い魔』って、寝るのね……。
「お、お待たせしました! イルセラ様!」
フェアリーを担ぎながらリズが言うと、イルセラは少しだけポカンとしていた。
しかしすぐに厳格な顔になる。
「逃げずに来たわね。リズ・リンド」
イルセラに名前を覚えて貰えていた。
それがリズにとっては妙に嬉しかった。
ディオンヌというド田舎でひたすら猟師をやっていた田舎娘の名前だ。
こんな大都市の領主さまに一声だけでも名を呼ばれるのは、大変に光栄なことだった。
「約束通りあなた達が勝ったら私の騎士にしてあげるわ。私としても優秀な騎士は手元に置いておきたいわ。でも負けたら、どうなるか分かってるんでしょうね?」
厳しさと優しさを混じえた瞳が、ギラリと人を刺すナイフのような眼光に変貌したイルセラ。
ゴクリと生唾を飲んだリズは、それでもと緊張で震える手足を強張らせ頷く。
「……はい!」
負けたらどうなるかは分かっている。
もう死ぬまで、ここエタンセルの市門を潜ることは叶わなくなる。
最初で最後の挑戦。
負けるわけにはいかない。
これはフェアリーがくれたチャンスだ。
そのフェアリーは、まだリズの背中で爆睡している。
肩が彼女のヨダレで汚れ、めちゃくちゃ不快だ。
赤ん坊かコイツは。
本当に数億年生きてるのかと疑ってしまう。
「それじゃあ始めるわよ。来なさい!【剣聖】!」
パチンと指を鳴らしたイルセラの前に魔法陣が現れた。
地上に画かれたそれは、中央から光を発する。
その光は離散し粒子と化し、ついには人の形を成していく。
粒子が結束し、約二メートルほどの人型を形成すると、白銀の鎧に身を包んだ騎士が姿を現した。
広場に集まった観戦者たちが揃って「おお!」と感嘆する。
冷厳なる佇まい。
威風堂々。
煌と輝く長剣はリズの身長を優に超える。
これがイルセラを守る最高戦力【剣聖】。
『使い魔』は人間よりも優れた身体能力を持っている。
さらにそれは主である『魔法使い』の魔力によって強化される。
イルセラは別名で【焔の魔領主】と呼ばれているほど魔力の高い『魔法使い』だ。
だからこそ子孫の多いエタンセル家の中から、女ながらに領主として選ばれた経緯がある。
【剣聖】が召喚された広場は歓喜の声に満ち溢れ、涙する者さえいた。
歓声が湧き起こる中、イルセラは油断も隙もない顔でリズを見据える。
「さぁ、その子を起こしなさい。騎士の試験を始めるわよ」
言われたリズは背中のフェアリーを揺すった。
「フェアリー! 出番よフェアリー! フェアリーってば!」
「ん〜……もぅ、食べられません……むにゃむにゃ……」
「いい加減起きろ! ちょっと寝すぎよあんた!」
まったく起きないフェアリーに怒ったリズは、彼女を地面に落として見せた。
ゴンッと頭を撃つフェアリーだが、相変わらず幸せそうに寝息を立てており、しまいには鼻ちょうちんまで膨らませ始めた。
カッチーンと、ついにキレたリズは地面に寝転ぶフェアリーに跨り容赦ない往復ビンタをお見舞いした。
「起きろってば! このバカ! 本番よフェアリー! 起きろ! 起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろおおおおおお!」
おいおいおい……と観客たちがリズのフェアリーに対する仕打ちにドン引きしていた。
いくら起きないからってそこまでビンタしなくても、という空気が広場に充満する。
そして対するイルセラも見てられなかったのか声を上げた。
「ちょ、ちょっとやめなさいあなた!」
「あ! もう少しだけ待っててください! もう少しで起きると思うので!」
「やめなさいって! フェアリーのほっぺが腫れてるじゃない! さすがにかわいそう!」
端から見れば女の子がガンガン殴られてるような光景だから、見るに堪えないのだ。
リズがもし男だったら尚さら見てられない。
「で、でもコイツ……」
「はぁ……もういいわあなた。フェアリーは戦闘不能で私の不戦勝ね」
「そ、そんな! 待ってください! アタシは!」
「前にも言ったけど、自分の『使い魔』を制御できない騎士なんていらないのよ」
「……っ!」
「悪いけど諦めてちょうだい。もう付き合ってられないわ」
「待ってください!」
「しつこいわよ!」
「せめて! アタシの【獣剣技】を見てください! お願いします!」
リズは深く頭を垂れた。
もともとリズは狩りで鍛えた剣技を売りに、イルセラの元へ志願にしに来ていた。
熊や狼などの相手を毎日のようにしてきたリズが磨き上げ、洗練し、技へと昇華させたのが我流【獣剣技】だ。
それを評価して貰うまでは引き下がれない。
「獣剣技?」
「はい! 日々猛獣の相手をし、磨き上げたアタシだけの剣技です! 対人でも使えます! どうか一度だけチャンスをください!」
頭を下げたままリズが言い、そんな彼女をイルセラはジッと見据えた。
この年齢で我流の剣技を編み出したというリズの才能に興味が沸いた。
「……いいでしょう。ならばこの【剣聖】に、その【獣剣技】とやらで見事打ち勝ってみせなさい!」