第10話【寝坊助】
翌日になり、朝光が差す。
エタンセルの街並みに小鳥たちが囀り始め、それは次第に人のざわめきと化していった。
いつもより早い人の動きには理由があり、ガヤガヤと賑わう声はベッドで寝ていたリズの耳朶を打つ。
もぞりと動いて、ゆっくりと目を開けたリズは、しばらくボケ〜ッとしながら辺りを見回した。
するとソファーにはフェアリーが横になって眠っていた。
あれ? となってリズは自分がベッドで寝ていたことにようやく気づく。
昨日ベッドはフェアリーに譲ったはずなのに、なぜ自分がベッドで寝ているのだろう?
寝起きの頭では思い出せず、とりあえずベッドから降りてフェアリーの元へ寄った。
彼女はスースーと妙に綺麗な寝息を立てており、安らかな顔で熟睡している。
こうして見るとフェアリーはとんでもなく美人顔で、可愛い女の子なのだが……
「ん……人間なんか、しねばいいのに……むにゃ」
寝言が物騒だった。
さっきまで安らかな寝顔だったのに、めちゃくちゃ険しい顔になっている。
どんな夢を見てるんだか。
呆れつつもリズは不思議に思った。
なんでフェアリーがソファーで眠っているのだろう?
おかしいな?
昨日は確かにフェアリーがベッドで寝ていたはず。
もしかして思い違い?
実はアタシはフェアリーにベッドを譲ったという夢を見ていただけ?
たまにあるんだよねそういうこと。
自分の記憶を信じられなくなってきたリズはそういう結論に至ってしまった。
そしてフェアリーに内心で謝る。
ごめんねフェアリー。今日はあんたが主役なのに。
そう。
主役だ。
今日はエタンセルの広場で、あのイルセラ様の使い魔【剣聖】と戦うことになっている。
リズの人生はこの戦いにかかっていると言っても過言ではない。
ドキドキする胸を落ち着かせようと、窓を開けて外を見た。
するとエタンセルのざわめきが一気に入って来た。
まだ早朝だと言うのに大通りは大勢の通行人で溢れかえっており、それらはみな何かを楽しみにしているように活気に満ちていた。
「イルセラ様の【剣聖】が見られるぞ」
「またあの美しい剣技が見られるとはな」
「相手は誰なんだ?」
「張り紙にリズ・リンドの使い魔【フェアリー】って書いてあったぜ」
「ははっ! 可愛らしい名前だな〜」
楽しそうに雑談しながら歩く通行人たちは、みんなエタンセルの広場がある方角へ進んでいた。
「なに……これ……」
あまりの賑わいにリズは青ざめた。
もっと静かなこじんまりとした戦いだと思っていたのに。
街の掲示板に張り紙が出されていたらしい。
それを見た市民たちが噂を広げ、その噂を聞きつけた観光客たちが集まり、ご覧の状態になっている。
どこでもそうだが、人間は常に娯楽に飢えている。
何か一つでも非日常な事が起これば、それはすぐにお祭り騒ぎになる。
特にリズの故郷ディオンヌはド田舎だったのでそれが顕著だった。
しかしまさかこんな都会でもイベント一つで大騒ぎするとは思ってなかった。
「フェ、フェアリー! 起きて!」
リズは慌ててフェアリーを揺さぶる。
しかしフェアリーは顔を顰めるだけで置きなかった。
「人間……しすべし……」
「さっきから物騒なのよ寝言が! そろそろ起きてよフェアリー! 起きてってば!」
人間に触られるのを極端に嫌うフェアリーなのは知っているが、そんなこと言ってられなかった。
とにかく起こそうと揺さぶり続けていると、部屋の扉がノックされた。
「イルセラ様の使いの者だ! リズ・リンド! 起きているか! イルセラ様がお待ちだ! 広場へ案内する! 準備を急げ!」
「え!?」
突如として来た男の声にリズは驚愕した。
嘘でしょ!?
迎えが来るなんて聞いてない!
っていうかなんでここが分かったの!?
「おい! 返事をしろ! 寝ているのか?」
「あ! あ! 起きてます! いま着替えてます!」
「そうか。ならば玄関で待っているぞ。急げよ」
「はい!」
迎えの使者が一階へ降りていった。
リズは血相を変えてフェアリーを揺さぶる。
「起きてフェアリー! 迎えが来たわ! 本当にもう起きて!」
「にく……おかわり!」
「ああああもう! 起きてってば!」
どれだけ揺さぶってもフェアリーは起きなかった。
いったい何時に寝たのだろうか?
起きる気配すらない。
「おい! いつまで待たせる気だ! 早くしろ!」
「は、はぃい〜っ!」
使者に急かされ追い詰められたリズは、仕方ないと意を決してフェアリーをおぶった。
これだけ大嫌いな人間と密着していたら、フェアリーは嫌がって目を覚ますのでは? と淡い期待をしていたが、本当に淡かった。
まったく起きないどころかリズの首に手を巻き付けて来て、さらに気持ち良さそうに寝息を立て出した。
「良い……匂い……」
「ちょっとフェアリー! お願いだから起きてよ! せめて広場に着いたら起きてよ! ねぇ!」
フェアリーを担ぎながら声掛けしつつ、リズは使者の待つ宿屋の玄関まで降りた。
受付のお婆さんと使者の男がギョッとなる。
まさか『使い魔』を担いで来るとは夢にも思わなかったのだろう。
「お待たせしました!」
リズが元気よく言うと、使者は汗をたらりと流しながら口を開く。
「ぉ、おい。そんな担がなくても広場に着いたら召喚し直せばいいだろ?」
「あ、いえ、その、アタシまだ魔法のことよく分かってなくて……どうやったら『使い魔』をしまえるとか、やり方が分からないんです」
「そ、そうか……まぁ、わかった。とりあえず広場へ急ぐぞ。イルセラ様がお待ちだ」
「はい!」
こうしてリズは寝たままのフェアリーを担ぎながら、イルセラの待つエタンセルの広場へ向かった。