いざ真魔討伐へ
ある日は弟子に魔法や剣技を教えて、またある日は茶会に参加して、そのまたある日は魔法の開発をして…そんな日々を過ごしていた。
日々動いていた疲れを癒やすように、睡眠を取っていた朝方。
いつも思考の端に入れているダークカメラに異変があった。
…寝起きも寝起きで全然頭が覚醒していませんが、歪みが脈を打っているように動いていますね。
ということは、真魔発生が近い。
…お父様に伝達後、ロルーリにウインドテルを飛ばし、陛下に把握していただく。
よし、じゃあまずはお父様に伝えに行きましょう。
まだまだ朝食の前ですし、お二人ともまだ寝室にいらっしゃるかもしれませんが、そんなことを考えている暇はないですね。最低限の身なりを整えて、お父様の元へ急ぎましょう。
「お嬢様?」
お父様の元へ急いで行こうと部屋を出ると、水さしと軽食を持ったジューヴァとノナリに会った。
ノナリ。彼女はずっとレクロ家に仕えてくれている使用人一家の一人です。私と歳が近いこともあり、将来的には私の側近にしようかとお父様は考えていると聞いておりますが…私この方と関わる機会が少なく、どんな方なのか等なにも知らないのですよね。
なのでそのお父様のお考えは将来丁重にお断りする予定ですが…今はそんなことはどうでもいいですね。
こんな朝早くに軽食と水さしを持っている。そして向かう先にはお兄様の執務室がある。ということは…
「おはよう、二人とも。またお兄様は寝れていないの?」
「「おはようございます、お嬢様。えっと…」」
そう問うと二人は苦い顔をして、顔を見合わせた。
誰にも見つからないようにと言われていたけれど、私が通ったから自然と声をかけてしまった、という感じですかね。
徹夜はダメという自覚があるだけまだマシとしましょうかねぇ。ですが、黙っているように使用人を動かすのは感心しませんし…んー…
あ!そんなことを考えている暇はないのでしたね。
「まあ今はいいわ。ところでお父様はもう起きていらっしゃるか知ってる?」
「あ、はい。夜のうちに緊急の仕事ができたようでして、旦那様は執務室にいらっしゃいます。」
私の問いにジューヴァが答えてくれた。
…この親子は揃いも揃って徹夜ですか。まあ公爵家の当主と跡取りが忙しいのは当たり前ですかねえ。
「ありがとう。じゃあお兄様に『はやく寝てくださいね』って伝えておいて。」
「かしこまりました。」
私の言葉にジューヴァが笑顔で頷いてくれた。
側近も主が無理をするのを見るのは気持ちのいいものではないのですかね。
まあお兄様には悪いですが、そんなことは置いておいて。
お父様の所在も聞けましたし、急ぎましょう。
二人に背を向けて、レミーラは早足でお父様の執務室に急いだ。
「お父様、レミーラです。今お時間よろしいでしょうか。」
扉の前で改めて身なりを整えてから、レミーラはレクロ家当主の執務室の扉を三回叩いた。
「…ああ。」
こんな時間に執務室の扉を叩かれたことに驚いているようで少し返答は遅かったですが、無事許可をいただけましたし、入りましょうか。
「お父様、失礼いたします。まずはこんな早朝から申し訳ございません。緊急の要件が発生いたしましたので、無礼を承知で共有に参りました。」
「ああ。」
前を見てみると側近を隣に、お父様は書類に目を通していた。その紙の隣にはまだ書類の束がある。
…夜の間に仕事が発生したとジューヴァは言っていましたが、この書類の数を見る限り大きそうな問題が発生したようですね。
そんなタイミングに来てしまい申し訳ないですが、真魔発生もまあまあ大きなことですので…いいでしょう。
「お父様も忙しいようですので、端的に申し上げます。歪みが脈を打ち始め、真魔の発生が近くなりました。私はロルーリ様に伝達した後、準備ができ次第モクケ大陸に向かいます。そのため私になにかあった際の対応、公爵令嬢として先日お伝えいたしました対応を改めてお願い致します。以上です。」
伝えた途端、執務室の空気が冷えたのが分かる。
子供一人を失う可能性のあるお父様だけでなく、お父様の側近の顔をこわばった。
もしもの場合の基本的なことは先日お伝えしましたし、そんなに対応の面で困ることはないかと思うのですが…顔を強張らせてくださるのは親、そして生まれる瞬間から一緒に過ごした情でしょうか。
皆さん優しいですね。何故か、こんなタイミングなのに愛を感じて安心できる自分がいます。
「…了解した。一つ、改めて聞かせてくれ。今現在、二人が五体満足で帰ってこれる確率は如何ほどだ。」
今現在、ですか…
「…真魔の動きが作戦通りの場合はほぼ100。逆に私たちの作戦外の動きをされた場合は50ほどです。」
真魔の種類によって作戦を組み立てていますが、出てくるのが未知の真魔である場合、再び作戦を建て直さなくてはいけませんし…
本当になんとも言えませんね。
「わかった。見送りは…いらないのだったな。気をつけて行ってきなさい。」
「はい、お父様。」
お父様の側近の目が少々潤んでいたようにも見えましたが、特別何かは言わないほうがいいでしょう。
そんなことを考えながら、お父様の執務室を後にした。
よし、自室に着きましたし、ロルーリに伝えましょうか。
「"スタート ウインドテル"。」
準備、なんて言いましたが私たちの準備は荷物の見直しだけです。
事前に必要なものは購入し、袋に入れておきました。
「ふぁぁふ…うぅん…おはよう、レミーラぁ…。」
袋を開けたところでロルーリと繋がった。
この風で起きたのだろう、寝起き声であくびをしている。
「おはよう、ロルーリ。起こしてごめんね。歪みが脈を打ったから準備ができ次第、モクケ大陸に向かうよ。」
「………了解。起こしてくれてありがとう。脈打ったことをお父様にお伝えしてからすぐに行くわ。」
私の言葉を聞いてすぐにロルーリはロルーリになった。
起きて何秒ってところだと思うのに流石ですね。
「うん。じゃあ切るね。"オフ ウインドテル"」
行動の確認も何もないですが、ロルーリなら作戦通りに動いてくれるでしょう。
さて、私は持ち物の確認に戻りましょうか。
よし!大丈夫ですね。全部揃っています。
じゃあ部屋を…おやおや。
窓の隙間から入ってきた小さな糸のような風は集まり、拳ほどの大きさの丸い風になった。そして、レミーラの視界の前で停滞している。
ウインドテルということはロルーリからですね。
「"コ゚ー ショートウインド"。どうかした?」
レミーラが魔法を打つと、その拳サイズの風に小さな穴が空いた。
そこからロルーリの声が聞こえ、またレミーラの声をロルーリの元へ送ることができる。
「急にごめんね。ただの報告と確認。私は準備できたし、お父様に共有もできたよ。ここから別移動でモクケ大陸集合でいいんだよね?」
「うん。私も今から向かうけれど、集まればそれだけタイムロスができちゃうから現地集合がいいかな。」
「了解!ごめんね!ありがとう!"オフ ウインドテル"」
ロルーリが魔法を解除すると、レミーラの目の前に来た丸い風は萎んで、再び窓の隙間から出ていった。
ただの確認だったようですね。
では、私も向かうとしましょうか。
人気のない裏に隠れてっと…よし。
「"オン ウインドフライ"」
さて、モクケ大陸に着くまで時間ありますし、お父様にお願いしたもしもの場合の対応について話しましょうか。
まず遺書について。遺書を作成し、名を書き、レクロ家の封蝋印を押して。それをお父様に対応をお願いする際に渡してまいりました。
基本的な感謝などについてはそこに記してきましたね。
そして次は対応について。公に死因などを発表するかなど、すぐに対応が必要なものは言葉で伝えつつ、念の為紙に書いてきました。死因の公表はその場の判断に委ねること、お父様が必要だと判断した場合には公表してくれて構わないが、ロルーリの言葉に拒否する旨があれば辞めてほしい、のような話を書いてきました。
内容をロルーリのものと照らし合わせていただかないとすべての対応ができないでしょうが、そこもお願いしておきました。生きているうちに二人で話し合って、というのもよかったのですがそれはロルーリにも精神的な負担が大きいかなあと思い、投げてきました!
そのほか、死体について、次の討伐部隊について、真魔の対処について、自室の私物について、埋葬について…それも口頭で伝えてまいりました。
最後に功績について。主に魔法についてですが…それは遺書に記載してあるだけで、お父様にお願いはしていません。そう簡単に戦争の戦況を変えてしまいそうなあの魔法について知られるわけにはいかないため、遺書、私の自室、私の鍛錬場、小屋、レクロ領郊外の一軒家…と、辿っていただき、その中でも魔法についての知識のある方のみ次に進める、という方法を取っております。
…とまあ、こんなものですね。
そこまでして魔法については教えるべきか否か本当に悩んだのですが、未来の話といえど教えていれば家族が死ななかったかもしれないような状況は嫌なので準備してまいりました。
こんなもの、使う機会なしに無事帰ってくることが一番ですが、騎士団など人の死に関わることの多く、その中で遺書など何もなしに人が死んだときの対応の大変さを理解しているからこそ、あのお父様が苦虫を噛み潰したような顔でも対応してくださいました。
多分端から見たら顔の変化は分からないレベルですが、父ですし一応わかってしまいました。
まあ何が楽しくて娘の終活の手伝いをしないといけないんだ!って話でしょうが…
何度も言いますが、何もなしに人が死ぬのは色々と大変ですからね。
さて、なんて話をしていたら無事モクケ大陸に着きましたね。
今のところ見た感じ、環境の変化はないようですが…少々空気がこわばっているようにも感じますね。
とりあえず安全な場所を探して、そこに拠点を張りましょう。