二人の王子
「じゃあ当日はそんな動きで。お邪魔しました。」
「ええ。またね。」
作戦会議できましたし、もう帰りましょうか。
「あの、レミーラ。」
扉を手に掛けたところで声がかかった。
今日話さなければいけないことは話し終えましたよね?どうしたんでしょうか?
そんなことを思いながら、後ろを見ると王女殿下モードの切れた、ロルーリがいた。
「ごめんね。先に壁作ってしまって。」
…壁。先程の王女殿下モードに入ってしまったことですよね。
今考えると、親しい友人を失うことが怖いのは当たり前のことですし、ネガティブな感情を表に出さないように王女モードを貼り付けてしまうのも当然ですよね。
「いやいや、逆に私もごめんね。大人げないことをしてしまった。」
私も親しい友人を失うのを想像してしまうと悲しいですし、こちらは中身が大人なのに対抗で公爵令嬢モード入れてしまって、申し訳なかったですね。
「いやいや…ってこれ続けたら謝り合戦になっちゃうね。」
そう言ってロルーリは微笑んだ。
素のロルーリの笑顔が最初ぶりに見えた。
「ふふ、そうだね。じゃあ、一緒に謝って終わろっか。」
私の提案にロルーリは頷いた。そしてどちらともなく、頭を下げた。
「「ごめんなさい。」」
頭を合わせて、頭を向けて互いが互いに謝罪した。
「ふふっ、じゃあ改めて当日はお願いね。」
お互いに謝罪をして、…これであの変な雰囲気とはサヨナラですね。
「ええ。じゃあ風の防御魔法解くわね?」
頷くために首に力を入れようとしたところで思い出した。
あ、なんであんなに騎士がいたのか聞き忘れてました。
「ごめん、その前に一個良い?」
「うん?いいわよ。何かあった?」
これにてお開き!という雰囲気を醸し出していたときだったのに、ロルーリはレミーラの言葉にすぐ優しく頷いてくれた。
…仮に王族でなにかしていた場合…いえ、その場合はそうだと教えてくれるでしょう。
「部屋に来るときロクレラに会ったんだけど、そのときついていた騎士が表に出ていない人含めて、すごい量いたんだけどさ。あれはなんでなの?」
「あぁ。ストーラ公爵がね、朝早くからお父様に会いにきて、『今日は嫌な予感がするので本日だけでも王族につく騎士を増やしませんか?』って言ってきたのよ。それを断るいい理由もないし、それに従って王族全員の護衛を増やすようにお父様が全騎士団に通達したのよ。」
ストーラ公爵。少し予想が外れましたが、でもやはりあい…ゴホンッ、あの者の仕業なんですね。
…あの人に予知する能力があるとは聞いたことがありませんが、なにを企んでいるのでしょうか。
先日の王城の外で私たちをつけてきた人間もストーラ公爵の手先でしたし…まさか反逆か何か企んでますか?
…本日お父様が王城に来る用事はありませんし、念の為本日の夕餉にでも報告しておきましょう。
「ただ、今現在まで何も起こっていないし、ストーラ公爵がなにをしたいのかわからないの。まあ起こらないに越したことはないんだけどね。」
「そっか。…うん、ありがとう。一応お父様に報告しておくから、何かあったらウインドテルを使って。すぐに来るから。」
「ええ、ありがとう。でも特別嫌な予感はしないのよね。すぐには動かないんじゃないかしら?」
「そう…。」
ロルーリが嫌な予感しないということは今は何も起こらないでしょう。まあスキルなど、根拠もなにもありませんが、ロルーリのことは信用してますし。
ですが一応警戒はしておきましょう。
まあですが、聞きたいことは聞けましたし、もう用事はないですかね。
「教えてくれてありがとう。」
「いーえ、このぐらいならいつでも教えるわよ。…まあ王女としては褒められないけど。」
ふふっと笑うロルーリ。はい、かわいい。
「まあでも、私もレクロ家のことよく話しているから、おあいこよ。」
そう話す二人に先の王女と公爵令嬢の顔はなく、学園入学前の二人の少女が素で笑う幸せそうな空間があた。
「じゃあ、質問はそれだけ?」
「うん、そう。ありがとう。」
「じゃあもうウインドバリア解いても大丈夫かしら?」
「うん。」
「"クリア ウインドバリア"。」
その言葉を聞いてロルーリが風の防御魔法を解除する。
やっぱり綺麗な防御魔法ですね。隙がない。
作戦会議中は外に意識を向けていませんでしたが、ロルーリの部屋にはやはり騎士はいませんね。隠れている者も含め。
「では、レミーラ。短いながら良い時間を過ごせたわ。ありがとう。」
「とんでもございません、ロルーリ様。こちらこそ良い時間を過ごすことができました。」
そこには先程の素の二人も、その前の顔だけ王女と公爵令嬢もいなくて、顔、言葉遣い、動作のすべてが王女と公爵令嬢の二人が居た。
風の防御魔法を解いたらすぐに王女になる、さすがですね。
「では、また会いましょうね。」
「はい、ロルーリ様。失礼いたしました。」
定型としてもよく使われる挨拶を交わして、ロルーリに背を向けた。
…防御魔法を張っていくべきですかね。いえ、ロルーリのことですし、大丈夫でしょう。
張ったことがバレたら怒られちゃいそうですし。
そんなことを考えながら歩いていたためか少し笑みをこぼすレミーラだったが、周りに人は居なかったためレクロ公爵令嬢としての威厳が崩れることはなかった。
さて、誰とも会わないようにさっさと王城を出ましょうか。
そんなことを思っていたのがフラグだったのか、王城内の大きな十字路に差し掛かったところで声がかかった。
「おい、レミーラ・レクロ。お前がなんで王城にいる?」
あーーー…本当になんでこういう時に限ってカニネラ様に会うのでしょうか…。
…この量の騎士の警戒状況が憂鬱なのか、いつもよりかなりピリピリしてますね。琴線に触れないようにすぐに去りましょう、これは。
「こんにちは、殿下。王城へはロルーリ様とのお茶会に参りました。」
その言葉を聞いてカニネラは右口角を上げた。
「…ほう。おい、お前ら。こいつと二人で話す、去れ。」
騎士にかなり圧のある目を向けて言うことがそれですかい…。
というか、話したいって何事でしょうか?私話すことなんてないのですが…。
「でっですが殿下。陛下のご命令が。」
お、狼狽えつつも引かずに返しましたね。
がんばれー!私は話したくないんだー!
「もう一回言ってやろう。去れ。」
「…かしこまりました。ではお話が終わりましたらお教えください。」
圧に屈し、同情するような目を向けて騎士は引いていった。
え、一回で引くの!?え、ちょっと待って?もうちょっと攻防繰り広げてもいいんじゃないかな?どうだろ?帰ってこないー!?
「おい、とりあえず風の防御魔法を張れ。」
言葉以上に態度が上から目線で、レミーラを見下ろしてそう発した。
人を下がらす態度もそうですけど、人に頼む姿がそれですか?
…何をしたいのか分かりませんし、張るのはやめておきましょう。
先日使ったがために『そんな魔法使えません』が使えないのが本当に最悪です。
「申し訳ございません、カニネラ様。私は公爵令嬢以前にソルメクナ王国の民として、王族である殿下に危害を加えると判断されかねない行動をとるわけにはいきません。」
「お前は俺に危害を加えるつもりか?」
「とんでもございません。ですが、急に風の防御魔法を張ってしまえば、理由を知らない騎士たちは危害を加えるつもりなのでは、と警戒してしまいます。」
まあ私もなぜ防御魔法を張れって言っているのか知りませんがね!?
そう思っていても、そんな文句を口に出すわけにはいきませんから言いませんが。
「俺が許可を出す。」
んー、引かないね!?一番納得できるだろうて!
「いえ、殿下。それには及びません。それに何より、ここは多くの目がございます。わざわざ風の防御魔法を展開してまで、話すのは向かないでしょう。」
現にここには下がらせた使用人、騎士。それに加え、どこかに給仕に向かおうとしている使用人も通る!
頼む!諦めてくれ!秘密の話なんてしたくない!
そう必死に思いながら、会話を続けた。
そしてそんなことを強く思っていたため、感情が表に出ていたのか、カニネラは吹き出した。
「っぶ!おい、公爵令嬢。お前顔に出すぎだぞ。」
腹を抱えて笑いながら、カニネラ様が話す。
そんなに笑うほど出てましたかね?とりあえず顔に力を入れ直しましょうか。
「大変申し訳ございません、カニネラ様。」
「ふっ、別に構わん。かの有名な公爵令嬢も子どもであると気付けたもんだ。」
顔を上げて、楽しそうに笑ってカニネラは話す。
よし、機嫌良くなりましたかね。じゃあそろそろ去りましょう!失礼にならない程度に話した!いいでしょう!
「では、カニネラ様。短い時間でしたが、有意義な時間を過ごすことができました。失礼いたします。」
「あ?」
んー、すんごい低音。今の1音ですか?ってレベルにとてつもない圧があったんですが。
ですが!私は早く去りたいのです!こんな圧には屈しません!
礼をして去りましょう!
そう思い、背を向けた瞬間に…。
「おい、待て。誰が俺に背中を向けていいと言った?」
圧のある声がかかった。
んー、一筋縄ではいかないですね…。しかも言い訳のしにくい…!
これはもう話題逸らししかないですね。
「カニネラ様、向こうで控えている騎士の方々が心配そうにしてらっしゃいます。そろそろ良い時間ですし、行って差し上げたらいかがでしょうか?」
「俺との会話はなあなあにしたまま、騎士の下に行くのか?公爵令嬢ってのは。」
…んー、このっ!◯ソ!え?クソガキですか?諦めるって言葉存じ上げてない?
あ、いけないいけない。せっかく一回目伏せたのについ言葉に出ていましたね。
ふー、落ち着きましょう。
「カニネラ?そこで何をしている?」
あーーー、この声は…!救世主!
「おやおやお兄様。なぜこんなところに?」
「先に俺の質問に答えろ。レクロ嬢を引き止めて何をしている。」
「ははっ、ちょっとした雑談ですよ。では、私はこの辺で。」
そう言ってカニネラはレミーラを隣にいる自分の兄を横目で睨んで去っていった。
その様子を見て慌てて、下がっていた騎士や使用人たちはレミーラたちに礼をして、カニネラについていった。
「レクロ嬢、大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。ありがとうございます、コラーラ様。」
今助けてくださった方はコラーラ・リャン・ソルメクナ。この国の第一王子です。
せっかくですし、少しコラーラ様の説明をしましょうか。
コラーラ・リャン・ソルメクナ。別名【凡人王子】。
今代ソルメクナ王の第一子にして第一王子。
そんなわけで幼少期から期待されて生きてきました。
剣技などの武術、魔法、政治力や学力など…王子としてふさわしい結果を求められ続けました。
彼はその期待に応えるべく、必死に努力し、努力し、朝から夜まで日々努力を重ね、どれを取っても平均を上回る結果を出しました。
ですが、時が経つにつれ出てくる、その内一つのことに秀でている者には敵わず、剣技ではカニネラに、政治力ではロクレラに、と後から生まれた弟たちに一位の座を渡してしまい、彼は二位に落ちてしまいました。
二位から落ちることはないものの、多くの者が期待する一位ではない。
二位から落ちないことは十分素晴らしいことなのに、一位ではないから他の貴族には認められず、彼はどれも一位になれない【凡人王子】、と呼ばれるようになりました。
そんなコラーラ、彼の特徴は言葉遣いです。
先ほど王族と公爵令嬢と身分が下の者であるレミーラにも敬語を使ったように、コラーラは人を咎めるときを除き、基本的には誰に対しても敬語を使います。
それはもちろん平民も例外ではなく、平民に対しても、敬語を使います。
この世界の常識通り、家庭教師に身分が低い者と接する際は威厳が出るように敬語を使うなと幼少期から教えられてきたそうですが、矯正はされず、コラーラは変えませんでした。
家庭教師の諦めもあったでしょうが、彼は年齢を重ねるごとに一位でなくとも優れた結果を出してきたので、徐々に文句を言う者はいなくなりました。
ちなみに、一部貴族からは王族がしかも第一王子が敬語で接してくれることに何故か優越感にも浸れるため、その一部貴族は正さなくていい!とはじめから言っていたそうです。
そして彼は、第一王子としてよく国内外を飛び回っております。
ですが、王城にいらっしゃる際はこのようにカニネラの行動を窘めたり、カニネラに揶揄われているご令嬢を助けたりしてくださっているようです。
しかしよく国内にいらっしゃらないのも事実なため、助けられたご令嬢は会いたいが為にコラーラの幻覚を見たのではないかと言われているのをよく耳にします。
このように一人でいる際によく助けてくださるようで、二人以上が一緒に遭遇することがないことも、幻覚なのではと言われる一つの要因です。私としては、もし仮に二人以上で遭遇したとしても集団幻覚なのでは、で片付けられるような気もしますが。
そして先程の美貌からも察することができるように彼には隠れファンクラブ、のようなもの存在します。
薄浅葱色で風によくなびく髪、短いながらも整えられた毛先、刈安色に輝く瞳、そしてどんな服装も似合い、どんな服装も着れる引き締まった体型。そんな彼の姿を見て、一目惚れするご令嬢が多いそうです。
私もイケメンだとは思いますが、好みなお顔立ちではないため、ファンクラブに加入するほどでもないかなと思っており、よくファンクラブの活動を遠巻きに眺めております。私はルートアやジューヴァのような顔が好きなので、彼とは雰囲気含めすべて好みとが違うのです。
「レクロ嬢、申し訳ないのですが、私はこの辺りで失礼させていただきます。」
あ、説明に走っていましたが、雑談もなしに去るんですね、コラーラ様。
こりゃまだ予定つめつめなんでしょう…大変そうです。
「わかりました。助けてくださりありがとうございました。」
では、コラーラ様のためにも早く解散しておきましょう。
「いえ。一応王城を出るまでお気をつけてくださいね。」
「はい。コラーラ様もお気をつけてくださいませ。」
その言葉に微笑んで礼をして、背を向けて去っていった。
…本当にずっとバタバタなんでしょうね、コラーラ様。
貴族社会では会ったら少しの雑談が暗黙の了解としてあるのですが、それをなしに去っていかれました。
まあ私もさっさと王城を出たいですし、王城で雑談なんてどちらにも利益がないので雑談なしにしてくださるのはありがたいところです。
身分が下の者からそんなことをしたら、当の本人が許しても当分の間貴族社会で話題になりかねないですから…。
さて、助けていただいたおかげで早々に開放されましたし、再び出くわさないようにさっさと帰りましょうか!