作戦会議
話通してあるといえど、驚くぐらいにすらすら通れますね。
すれ違う騎士や使用人たちが礼をして通り過ぎていきますよ。
いつもなら私の顔を知らない騎士や使用人、知っていても要件だけは聞こうとする騎士もいるのですが...。なぜでしょうねえ?
「レミーラ様?」
思い当たる理由を考えながら歩いていると背後から声がかかった。
最近は王城に来るとよく会いますね。
「こんにちは、ロクレラ様。」
礼するために下げていた頭を上げると、ロクレラに騎士が十人もついている。
...王族とはいえ、多いですね。見えないところにも五人。...十五人ついてますか。
ロルーリが公務はないと言ってましたから、他国から来客などはいなそうですが。...お父様がくるだけではここまで警戒態勢を取らないでしょうし...。まさか、
「レミーラ様?大丈夫ですか?」
「あ、ええ。申し訳ございません、考え事をしておりました。」
危なかったですね。
思考の海に潜り続けるところでした。
「そうでしたか。ところでレミーラ様、本日はなぜ王城に?」
「本日はロルーリ様とお茶会のために参りました。」
正しくは真魔討伐の作戦会議ですが、ロクレラに明かすわけにはいきませんからね。
「そうでしたか。では、途中まで同じですし、一緒に行きませんか?」
...どうしましょうか。この量の騎士がついてくるの少し億劫なんですよね。
歩く場所がパーティーでもなければ、敵地でもないですし。
でも断る良い理由思いつきませんし...一緒に行きましょうか。
「ええ、ロクレラ様がよろしければご一緒させていただきたく存じます。」
「では、行きましょうか。」
「はい。」
ロクレラについている騎士全員を感知できているのかは分かりませんが、ロクレラもこの状況に少なからず緊張していたようですね。
眩しいほどの笑顔になりましたよ。
パーティーや他国の使者が来ているわけでもない、ソルメクナにいないわけでもない。
それなのに見える範囲に十人の騎士。気になりはしますよね。
「ロクレラ様は何をしにこちらへ向かってらっしゃるのですか?」
「あぁ。今から剣の鍛錬に行くんです。」
「左様でございましたか。頑張ってくださいませ。」
「ああ、ありがとう。そちらも楽しんでくれ。」
「はい。」
剣の鍛錬ですか。ロクレラの行う鍛錬場はこっちなんですねえ。
先日ロルーリの鍛錬場に行ったんですが、ロルーリの行っていた鍛錬場は反対の位置だったんですよね。
男女で違うのか、やることによって場所が違うのか、我が家と同じで一人一つ鍛錬場があるのか。
王家ってお金ありますけど、その時々で王族の人数って違いますし、どうなんでしょうか?...今度見に来ますか。
なんで今まで王城を見に来なかったのかって思いましたか?
違うんです!見には来ていたんですよ!ただ、必要のある部分しか見ていないから、知らないだけなんです!
...今度見に来る時に他の場所も見に行きますか。流石に自国の王城知らないのはやばいですよね。
「ところで、ロルーリお姉様が少し怒ってらっしゃいましたが、理由ご存じないですか?」
探るような視線を向けてきても、無駄なんですけどねえ。...話せないですから。
ロクレラにも話せば怒っている人が一人から二人に増えてしまいますし...。
「私は知りませんね。ロルーリ様、大丈夫でしょうか?」
「ロルーリお姉様ですし、表には出していませんよ。少し感じる程度です。」
ロクレラが感じれるということはこりゃかなり怒ってますかね...。
ロルーリは王女ですし、弱みを握らせないためにも王族がいるところでは基本的に怒っている感情を出さないんですが、ロクレラが感じることができたということはかなり怒ってますね。
まあですが、ロクレラとは同じ前世持ちということで仲を深めているのでロルーリもかなり気を抜いて話せている分、感じやすいところもありそうですが。
って、あ。話しながら歩いていたら、もうロルーリのところへの分かれ道ですか。
「話しながら歩いていたら、もう分かれ道ですか。話し相手をしてくださり、ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、殿下と話すことができてよかったです。剣の鍛錬、頑張ってください。」
「ああ、ありがとうございます。」
何事もなく分かれることができてよかったですが、なぜでしょうか?
見えないところにいる騎士が一人、私についてきましたね。
しかも、感づかれないようにかなり隠密に長けている人ですね。
ん?あ、いえ、人間じゃないですね。
...頭の上の方に耳がある、尻尾、もありますね。...耳と尻尾の形からしてイヌの獣人でしょうか。
なぜよりによって耳の良いイヌの獣人が私についてきたのでしょうか?
...ロルーリの元に連れて行くのは嫌ですし、撒いていきましょうか。
"スタート ダークバリア"...ダークバリアの密度を上げて、だけど薄く...。
うん、こんなものでしょうか。
では、少し遠回りして行きましょうか。
あのイヌの獣人、かなりの腕っぷしではないようですね。
防御魔法を展開した瞬間に見失ったみたいで、そこから着いてきませんでした。
...視界にも入ってないような目の動きをしていましたから、本当に達人級の者ではない限りバレていないでしょう。
...さて、無事着いたことですし、扉を叩きますか。使用人もいませんし。
「ロルーリ様、いらっしゃいますでしょうか。レミーラ・レクロでございます。」
「ええ、お待ちしておりましたわ。」
ふー...。腹を括りましょうか。
そんなことを思いながら、私は扉に手をかけた。
「失礼いたします。ロルーリ様。」
「ええ、どうぞ。もう防御魔法を張ってあるから素で大丈夫よ。」
あ、本当だ。相変わらず上手ですねえ。
入ったときの違和感がありませんでした。
「ありがとう。じゃあ作戦会議よりも先に。これ、どうぞ。」
先ほど買ってきた椿油のつげ櫛を差し出した。
「ん?なあに?これ。」
「王城に来る前にユーダグロス商会に行ってきててね、そこでいい品を見つけたから買ってきたんだ。開けてみて開けてみて!」
「レミーラがそこまで言うの珍しいわね。どんなものなのかしら。」
丁寧に梱包を開けていって、ロルーリと椿油のつげ櫛が対面した。
「え?これ、椿油のつげ櫛?」
「うん!そう!」
はじめはびっくりしていたけれど、椿油のつげ櫛と分かるとロルーリの目が輝き出した。
「え、この世界にもあるの?しかも柄かわいい!これは...菊の花?」
「うん、そう!ちなみにね、柄違いで私の分も買ったんだけど。私のものはリンドウの絵が入っているんだ。」
「そうなんだ!可愛いし、綺麗ね!ふふ、今日から使ってみようかしら。」
「ぜひ使ってみて!私も来る前に軽く梳かしてきたんだけど、綺麗になった気がするの。」
指で髪を触りながら、髪の毛を見せた。
「本当に綺麗ね。輝いて見えるわ。」
髪を覗き込んで、笑っている。
「ふふふ、でしょ〜!あと、その中に椿油も入っているから、手入れしてあげてね。」
「うん、ありがとう。日本っぽい品増えたの、すごく嬉しいわ!」
ロルーリもやはり、櫛を見て日本を思い出してくれたみたいですね。
よかった。
「じゃあ、プレゼントを渡せたことだし、本題に入る?」
真魔討伐の作戦会議に来たんだし、そっちが本題なんですよね。
...櫛で機嫌直ったでしょうか?
「ええ、プレゼントありがとう。ところで、本題に入る前になにか言うことはないかしら?」
直ってなかった...。もうこれは素直に謝罪しましょうか。
「...すみませんでした。」
「んん?なんの謝罪かしら?」
「えっと、はい...。一日で大陸を往復し、魔物を倒したことです、はい。」
うぅ、前が見れない...。視線がどんどん下がっていく。
「そうね?せめて二日かけてくれれば怒らなかったかもしれないわね。なんで一日で済ましたのかしら?」
目があっていなくても分かる、圧の強さ。そして心做しか寒く感じる。
「...二日かけるのは時間がもったいなく感じたからです。」
「そう。だとしてもよね?弟子を庇いながらなのよね?」
「...はい。」
「いくらせい...ごほんっ、使用人がいるといえど、大変なことって分かるわよね?」
「...はい。」
私は『はい』しか返せなかった。
なんて返せばいいんですかー!この圧つよつよの、ロルーリ様に!
ロルーリさん、前世の上司よりも圧が強いって...。
って、ん?せいって言いかけた?あの時居た使用人が精霊って、ライグってバレてます...?
「私はね、無茶しないでほしいのよ。誰も失いたくないの。」
何かを思い出しているのか、弱々しい、悲しそうな声でそう言い放った。
「うん、ごめんね。ロルーリ。傷つけるつもりではなかったの。」
その声に思わず顔を上げて、目を見て謝罪した。
悲しませるために行動したわけじゃないですから。
この世界に生を持って時間が経ちましたから、それ相応の別れがありましたよね。ロルーリにも。
「ううん、でも今後は気をつけてね。レミーラが強いのは知っているけれど、失うのは嫌だから。」
「うん、わかった。ごめんね、ロルーリ。」
「ううん、大丈夫。じゃあ、作戦会議しよっか。」
なにかトラウマを刺激してしまったみたいで、申し訳ないですね。
本当に今後は気にしておきましょうか。
まあ多分気にするだけですが...。
時間を考えれば、二日もかけるのは惜しいのは事実ですし。
「まず何日かけるかよね。私としては移動諸々含めて三日かなあって思ったけど、出たすぐに討伐したいから、待機含めて一週間かな。」
謝罪したら説教は終わり、すぐに作戦会議に入った。
真魔の強さが具体的に分からないからこそ、討伐に一日、片道に一日、そして帰りの片道にも一日。真魔の発生の待機に四日。
それを考えて、私の提案は一週間だ。
「うん、七日は絶対かな。誤差が生まれることを加味して、ずっと警戒態勢を取っておきたいし。でももう少し長くてもいいんじゃないかな?」
多分ロルーリは四日以上の誤差が生まれたときの被害を考えているんでしょうけど...。
「でもこれ以上長いと、荷物を運ぶだけでかなり体力消耗しない?」
一週間分だけでも重いですし、それ以上となると。
「あーまあたしかに。ご飯と水、寝袋、一応魔力回復薬、かな。でも、ご飯と水は重いもんね。」
「そうそう、まあ水は魔法で出しても大丈夫だろうけど、食料と調理器具がいるからね。」
私としてはできれば調味料も欲しいですし。
すごく豪勢に食べたいわけではないけれど、少しは味がほしい...。味のないご飯は悲しいです...。
「じゃあそれを考えたら一週間かな。」
「うん。じゃあ戦闘に一日と考えて、真魔のパターンに応じて作戦をすぐに変えられるように戦闘の作戦も建てようか。」
「ええ。」
同意してロルーリは椅子から立った。
ん?どうしたんでしょうか?
って、ああ、なるほど。
ペンと紙を持ってきてくれたんですね。
ペンと紙を机の上に置いて、私とロルーリは椅子に座り直した。
こうすると、本当に真魔討伐を近く感じますね。
本番である討伐まではまだまだなのに、少し緊張してきました。