【短編】異世界短距離走大会史
近代短距離走の歴史はイダ・アーミテージから始まったと言われている。
もともと配達員をしていた彼は誰よりも早く手紙を届けた。
常人の四倍とも言われるその速度はまたたく間に噂となった。
彼は、この世界でもっとも速い男なんじゃないか?
その検証のためにも行われたのが、第一回短距離走大会であった。
種族も性別もさまざまなライバルを、イダ・アーミテージは抜き去った。
当時の競技は、さほど厳格なものではない。スタート地点から祭壇前までを走るものであり、どちらが先着したかの言い争いが絶えなかった。
だが、彼だけは言い争いが起きなかった。
それほど圧倒的な結果を叩き出した。
「俺は、速い!」
嬉しそうに笑う彼の写真が今も残っている。
彼は配達員から「この世でもっとも速い男」に職業を変えた。
その後、第四回までイダは優勝を続けた。
独自の走法をさらに磨き上げ、理論化し、誰もが扱えるものとした。
後ろへと蹴るのではなく、膝を前へと出すことを意識する。
足は真上から真下へと下ろし、その反発で跳ねるかのように移動する。
腕は大きく後ろまで動かす。
足が接地したタイミングでもう片方の足は軸足を追い越していなければならない――
彼は英雄であり、先導者であり、求道者であり、教師であり、最速だった。
「僕も、あなたのように速くなりたいです!」
「ああ、俺を追い越してみせろ」
誰からも愛された彼は、しかし、第五回以降に失墜することになる。
学校は、特に住宅地が密集する都市圏における校庭は争いの場となりやすい。
そこは生徒たちが自由に使える場所であるが、同時に社会を写す鏡でもある。
イダ・アーミテージの活躍は、校庭を陸上競技者たちの練習場へと変えた。
誰もが最速を目指すための鍛錬をしていた、他のものが使う余地などありはしなかった。
以前は違った。
そこは魔術師の練習場として使われていた。
魔力の華々しさの代わりに今は筋肉が踊った。
その現状を苦々しく思った若手魔術研究者、フェルマ・スウィニーは取り戻すことにした。
速度を誇り、肉体の鍛錬に明け暮れるものなど、彼からすれば「愚にもつかない愚か者」でしかなかったのだ。
そうして第五回短距離走大会にて、フェルマは全員を抜き去った。
風魔法を駆使してその体を浮かせて飛行した。
大会を重ねるに連れて、号砲によるスタート、移動距離の制定、写真による着順判定などのルールは整備されたが、「走ることの定義」は行われていなかったのだ。
魔術移動を取り締まる規定がなかった。
この日、この時のために鍛え続けた者たちは、ヒョロヒョロの学者然とした魔術師を前に破れた。
腕を組み、メガネをかけ、周囲をあからさまに見下したまま、無詠唱魔術で抜き去る者の後塵を拝した。
「跳ねるかのように移動する、だったか?」
フェルマは決勝前にイダ・アーミテージに言った。
「そのように見苦しく跳ねず、ただ飛べばいいではないか」
スタートの合図となる号砲は、一つの時代の終わりの合図だった。
会場は歓声ではなく悲鳴と怒号に包まれた。
直立不動のまま魔術による移動。
ゴール前で肩をすくめて、皮肉に唇を釣り上げる。
それが優勝者の姿であると、誰一人として認めたくはなかった。
短距離走は、ルール制定に紛糾した。
魔術は規制すべきであり、肉体のみに制限した競技へと変えるべきだという意見が主流となった。
彼らは、今大会の勝利者を否定しようと必死だった。
それを止めたのは、他ならぬイダ・アーミテージだ。
「それは駄目だ、それだけはしちゃいけない」
圧倒的格差で敗北した姿は、誰もが見ていた。
その彼が主張した。
「競技者の中には、生まれながらの魔術回路によって身体を動かしているものもいる。彼らを排除するようなことは、しちゃいけない」
理想論だった。
このままでは短距離走は魔術競技へと姿を変える。
彼らはせめて「魔術師ではない者が勝つ姿」を欲した。
「戦うんだ、すべての手段を使って」
だが、イダは言うのだ。
負けた最速。堕ちた英雄は、それでも周囲を説得した。
「勝つ方法は、きっとあるんだ。それは――」
みんなが望む方法じゃないかもしれないけれど――
そう続けた言葉の意味を知るものは、イダ本人しかいなかった。
第六回短距離走大会は、予想通り短距離選手が姿を消し、魔術師同士の争いとなった。
まともな短距離走選手が勝てる時代ではなくなった。
このまま大会は「移動魔術研鑽の場」となるはずだったが、事態は更に動いた。
次の第七回短距離走大会は、異様な雰囲気に包まれた。
「なんだ、あれは」
その日までまったく身体を鍛えず、いくらか移動魔術の構築に手を加えただけで来た「誰よりも嫌われた最速」フェルマ・スウィニーは顔をしかめた。
情報収集も禄にしなかったため、事態の変化をまったく知らなかった。
ポツポツと、足に機具をつけた者たちがいるのを、この日はじめて知った。
軽銀製が足首から太ももにかけて、補助するように覆っていた。
「あんなものを装着して、いいのか?」
「あなただって杖を使っているでしょう?」
フェルマに問われた審判はそう答えた。
前大会より、魔術具の使用が許可されていた。
筋肉バカは事態を正しく判断することすらできないと、フェルマは嘲笑していたものだったが――
「クソ、なんだ、肌がチリチリする……」
怖気が止まらなかった。
その嫌な予感は、とても正しかった。
第七回短距離走大会は魔導発動機構の始まりだったと言われている。
二流三流とされていた魔導道具制作者の地位が大幅に向上した年だ。
移動魔術競技会となっていた場所に、「魔力を吸い込み動力とする機構」を持ち込んだのだ。
唸り声を上げて魔力を取り込むシステムは、その周辺における魔術発動を許さなかった。
「馬鹿な!?」
その結果、フェルマ・スウィニーは予選落ちした。
半端に発動した移動魔術は、その行き先をゴールではなくスタート地点にした。
頭から地面に突っ込む魔術師たちの姿が、この日は多く散見された。
応援にかけつけていた魔術学生は全員が悲鳴を上げ、わずかに残っていた競技応援者たちは快哉を上げた。
特に涙を流してまで感動に打ち震えていたのは、魔導道具制作の関係者たちだった。
「ありがとうございます、本当に」
主任研究者であるカナヤ・イクロプスも、その例にもれなかった。
「ようやく私達の研究の成果が陽の目を見ました、あなたには感謝してもしきれません」
「いいや、そちらの正当な成果だ」
「しかし、いいのですか?」
この研究に協力したのが、イダ・アーミテージだった。
身体の動きを邪魔せず、それでいて速度をより速く出せるよう、彼らにアドバイスを続けた。
「何がだ?」
「このままでは、短距離走大会は魔導道具の発表会となります。魔術の天下にはなりませんが、身体だけで追い越せる速度でもありません。元のようには戻りません」
「かまわないさ」
イダは、初回優勝時のように笑って言うのだ。
「追い越すために、人はただ全力を振り絞るべきだ、その方法はどんなものでも構わない」
彼は変わらず「短距離走」のやり方を伝え続けた。
それを無駄だと笑う声を気にもせずに。
そして、彼自身が魔導機械をつけて走ることはなかった。
魔力に頼らず走ることに拘った。
短距離走大会は様々な形で塗り替えられ続けることとなる。
さすがに二輪駆動で参加しようとしたものは止められたが、それ以外であればどのような手段であれ「自らの力で走れば」すべて許可された。
魔導エンジンを用いたものは、より細かく規定されることとなったが、それ以外は制限らしい制限もなかった。
魔術師は魔力が乱れて薄くなった環境でも発動する魔術を構築し、また、魔術機構は更にその邪魔をできるよう改良が加えられた。
魔術師と魔導機械との鎬を削る戦いがこのまま続くかと思われたが、ここに異なる勢力が現れた。
「へー、人間、面白いことしてんじゃん」
エルフの、ルドラだった。
彼女はルール無用の速度のみを求める「人間の馬鹿らしい」競技に興味を示し、これに参加した。
第十二回短距離走大会は、ちょうど第一次種族融和の時でもあった。
エルフと人間との交流が、始まった時期だ。
両者の関係は決して良好ではなかった。
人間はエルフを時代遅れの遺物と見なし、エルフは人間を均衡を破壊する危険物と見なした。
その中でルドラは、非常に変わったエルフだった。
彼女はエルフにしては情が薄く、伝統を重んじず、また、好奇心旺盛だった。
エルフの村で抑えられていたそれは、ここでは存分に満たすことが出来た。
「速く走ってゴールすればいいだけ? なら、簡単だ」
彼女はその心の赴くままに走った。
第十二回短距離走大会は、ルドラの圧勝に終わった。
これはエルフの能力の高さというより、相性の問題だった。
魔導具制作者たちは、「いかにより周辺魔力を吸引するか」を考え、すでに加速性能に重きを置かなかった。
魔術師たちは、「いかにその魔力吸引を回避しながら魔術を構築するか」に終始し、さらなる速度上昇をメインとしなかった。
これらは、後に諸外国へと侵略を仕掛ける際に重宝された要素だった。
どのような環境下にあろうとも使える機械、あるいは魔術こそが求められた。
また実際、相手への邪魔さえ成功すれば、あとは勝利が自動的に転がり来たのだ。
妨害が通じれば魔導機械の勝ち、くぐり抜ければ魔術師の勝ち、そのようなゲームとなっていた。
そこに精霊力で加速するエルフが滑り込んだ。
精霊力による身体強化と共に、自らに蔦をまとわせ走る彼女を追い抜くことが出来なかった。
魔導機械の魔力妨害は意味がなく、妨害対処をした魔術では追いつけなかった。
潰し合う両者の間を、エルフは最速で駆け抜けた。
「つまんないね、次に期待かな? ははっ」
この敗北は、大きな痛手となった。
エルフからすれば、それは人の愚かさの証明であり、エルフの優秀さの表れだった。
人間からすれば、これは自分たちの視界の狭さの証明であり、研究方向の決定的な過ちだった。
「勝とう、どんな手を使おうとも」
そう述べたのは、「誰よりも嫌われた最速」と呼ばれたフェルマ・スウィニーだった。
第七回で予選敗退という敗北を喫したが、その後、魔術的にはもちろん身体的にも訓練を続け、その体型はすでにアスリートのものとなっていた。
誰よりも敗北の苦さを知る彼は、頭を下げて協力を依頼した。
「このまま次も敗北するわけにはいかない、頼む」
「そう、ですね……」
魔導発動機の第一人者であるカナヤ・イクロプスは、悩みながらもうなずいた。
「いがみ合っている場合ではない、私のほうが頭を下げに行くべきでした」
魔術師と、魔導道具制作者が手を取り合った瞬間だった。
魔導エンジンは外部から魔力を吸引することで動力源とする。
だが、当然のことながら安定はしない。
周囲の魔力濃度によって出力に差が生じる。
特定個人からの魔力供給を行う――もともと、魔導具とはそのようなものだった。
ある意味では、原点回帰だった。
これまで両者を分け隔てていたのは、ある種の意地であり、プライドだ。
魔術道具は、魔術師がいなければ使えない。
従って、魔術道具制作者は魔術師の下である。
そのような蔑視に彼らは長く晒された。
それを覆した現在の環境を、簡単に手放すわけにはいかなかった。
研究者ではなく下働きとして扱われる日々など、もう受け入れられない。
この協力関係に多くの制作者が反対した。
必要性は理解しても、恐怖と嫌悪が上回った。
――彼に頼まれては仕方がない。
――私とて、フェルマ・スウィニー相手でなければ頷かなかった。
後にカナヤ・イクロプスはそう述懐している。
魔導具に敗退してから、フェルマの評判は地に落ちていた。
たかが道具に、魔力を禄に持たない人間相手に負けたのは、魔術の腕が酷く劣っていたからだと揶揄された。
それでも次の大会も、さらにその次の大会もフェルマは参加した。
周囲の蔑視も、もうやめろという上位者の命令にすら逆らい、魔術の研鑽と共に身体を作り上げた。
それはある種の執念だった。
取り憑かれていた。
人が出しうる最速、それにいつしかフェルマ自身の心が焼かれた。
魔導道具の天下となるはずだった短距離走大会が、魔術師との互角の争いとなったのは、間違いなくフェルマ・スウィニーの折れず諦めないプライドがあればこそだった。
魔術師よりも観客よりも誰よりも、魔導技術者こそが彼を評価し、敬意を払った。
短距離走とは、努力と研鑽を嗤うものなのか?
彼の走る姿はそう問いかけていた。
フェルマが再び優勝した時、もはや彼のことを「誰よりも嫌われた最速」と呼ぶものはいなかった。
彼はいつしか「諦めない者」の代名詞となった。
その頼みを断れるわけがなかった。
第十三回短距離走大会には、ルドラ以外にも多くのエルフが参加した。
これはもはやエルフの中での最速を決める大会でしかない――
そのような侮りはしかし、叩き潰されることになる。
魔術師と魔導技術者の成果がこれを覆した。
精霊力による身体強化と、蔦による補助加速。
魔力による身体強化と、魔導機構による補助。
両者の差は、実のところさほどありはしなかった。
出力は、ほぼ同等のレベルに達していた。
違ったのは、技術だ。
森林と山々を駆けるエルフに対し、人は平地で駆ける技術の研鑽を続けた。
「うわ、うわ……」
「ルドラ、話が違うぞ!」
エルフたちはルドラを除き、誰も決勝に行くことすらできなかった。
誰もが「こんなはずでは」という顔で、前を走り遠ざかる人間の背中を見つめた。
そのルドラですらも、結果は五位という振るわないものだった。
「速いな……」
それは、その技術を伝えたイダ・アーミテージの勝利でもあった。
彼の教えが、決定的な差を生み出した。
しかし彼は眩しいもののように目を細め、「諦めない者」フェルマが片手を上げる様子をただ見つめた。
第十三回短距離走大会は人間の勝利となった。
これは、エルフたちに衝撃をもたらした。
人間、侮れず。
その認識を叩き込まれた。
精霊力と身体能力のすべてを振り絞っても追いつけない。
それは、実際に競い合った者だからこそ骨身に染みた。
幾万の言葉を費やしたところで意味がない。
実際に、エルフは人間よりも遅かった。
その事実は、どのようにしても覆らない。
居丈高な様子がなりを潜め、エルフはより注意深く人間と取り引きをするようになった。
この時から、徐々に短距離走大会はその性質を変えていくことになる。
ある種の代理戦争めいた要素を帯びるようになった。
種族や国を代表した比べ合いだ。
それはもはや、血を流さない戦争と呼ばれた。
もっとも――
「ねえねえ、それ、すごいね!」
好奇心旺盛なものにとっては、そのような些事など気にしなかった。
ルドラは何も気にせず、あっけらかんと聞いた。
「その魔術道具、エルフでも使える?」
その場にいた彼女以外の全員が、形容しがたい顔になったと伝わる。
その後はしばらく混迷の時代となった。
ルドラの提案は、実のところ筆頭研究者カナヤ・イクロプスにとっては渡りに船だった。
魔導道具は、魔力を持つものが使用したほうが有利となる。
このままでは元のように魔術師の下が定位置となりかねない。
実際、大会後すぐにも、より優秀な魔導機構が要求された。
魔術師たちからすれば、その改良と作成は「義務」ですらあった。
さあ、とっとといい道具を作れ、魔術師がそれを使ってやるから――
そのような言葉を平気で言った。
ここで精霊力を原動力とするものを作成できれば、事態は異なる。
制作者は「どちらを優先して研究するか」を選ぶことができる。
より高く評価し、優遇する側へとつくことができた。
――人間の敵となるのか、お前はエルフの魅了にやられたか、人類の敵め、恥知らずめ――
そうした非難など知ったことではなかった。
彼らは魔術師の傲慢に心から辟易としていた。
この時期、多くの研究者が魔術師を見限り、エルフの側へとついたと言われる。
「なぜ、どうして魔術師は、こんなにも愚かなのだ!」
フェルマの嘆きは実に切実だった。
この時代における困惑と混迷は、「今までのやり方が通用しない」ことに起因する。
短距離走大会とは、技術の競争である。
それは魔術、魔導具、精霊力、そして走行技術の争いだ。
しかしながら政治的な側面が強くなるにつれて、別のものが重要視されるようになった。
それは、一言で言ってしまえば対人関係能力だ。
コミュニケーション能力と言ってもいい。
優れた技術を持つものに教えを乞う。
あるいはその技術を使って作成してくれるよう頼む。
そのような優れた技術を持つ者を集めることが――
多くの人々に気に入られる者こそが、強者となった。
そうした意味では、短距離走大会関係者のほとんどがその能力が低かった。
走ることにのみ特化した者たちが、上手な会話などできるはずもなかった。
これはエルフも同様ではあったが。
「おお、すっご!」
好奇心旺盛に、新しいもの全てに目を輝かせるルドラは、ついつい「助けたくなる」魅力があった。
彼女の周辺には自然と人が集まった。
集積される技術力は、明らかな速度差となった。
これに対応する動きは、どの勢力も鈍かった。
魔術師からすれば「正しいことを言っているのだから従うのは当然のことだ」と考えた。呪文を唱えて魔力を注げば魔術が発動するように、正しく命令すれば正しい結果がもたらされる、そのはずだ。
このあたりはエルフも同様だった。
むしろ差別の目はより根深い。鉄とオイルにまみれながら理解できない物品を作り出す人間たちのことを、彼らは「ドワーフ」と呼んで忌み嫌った。
その結果として、
「いいな、これ!」
ルドラばかりが恩恵を多く受け取った。
彼女の独壇場となり、ときおりはフェルマが勝つ、そうした時代が長く続いた。
さて、ここでイダ・アーミテージに目を向けよう。
この頃になると彼のことを顧みる者はほとんどいなかった。
完全に過去の栄光でしかなかった。
これは「陸上競技者」も同様だ。
彼ら魔術を使わず走る者は、魔導器械の「素体」としては扱われても、アスリートとしては扱われなかった。
魔導技術者の取り合いがされる横で、彼らはただ無視された。
最速の争いに参加できるものだとは見なされなかったのだ。
もちろん、彼らもただ手をこまねいていたわけではない。
技術的な改良はもちろん、東洋の「気」と呼ばれる力を研究し取り込んでもいた。
これにより、今までの比ではないほどの速度を叩き出したが、それでもトップ層の鎬合いに参加できるほどではなかった。
自己強化は、魔術でも行っている。
生命力の強化による速度上昇は、それほど高い効果をもたらさなかった。
その復権は――
「頼む……」
イダ・アーミテージの、ひとつの出会いまで待たなければならなかった。
技術力が向上し、より遠くまで行けるようになるにつれて、様々な軋轢が生じた。
侵略と植民地統治を行うことに対する摩擦だ。
短距離走大会は、そのガス抜きと現状理解のために利用された。
被征服国に、積極的に短距離走大会へ参加するよう促した。
厳格なルールのもと、国も種族も性別もなく、ただ対等に速度を争おうではないか、そのように呼びかけた。
そうして、国を代表した、もっとも速い人間が送り込まれ、絶望して帰っていくことになる。
彼らは予選突破すら稀だった。
魔術もなく、魔導技術もなく、ましてや研鑽した走行技術もなく、肉体能力だけで越えられるほど低い壁ではなかったのだ。
彼らは競技を通して知ることになる。
かつてエルフが知ったものと似た事柄を。
エルフは、森の中であればともかく、平地であれば人間に勝てないと知った。
そこでの速度差は明確であり、魔導機械を多く使用した兵力にはまともに太刀打ちできない。
だからこそ、彼らエルフは精霊力を誇示した。
平地であればともかく、森の中であればいまだ人間では勝てないのだと示した。
そう、短距離走大会は代理戦争の場だ。
その技術を知らしめる発表の場であった。
まともな発言権を得るためには、どのような手段を使ってでも「力があること」を証明しなければならない。
当初あったような「もっとも速いものを決める競争」という理念は失われつつあった。
「くだらんな」
より強力な勢力とぶつかるまでは。
当初それは、苦境に立たされた勢力による決死の召喚であったと言われている。
太古の昔から伝わる術式を使い、国の半分にも及ぶ数の生贄を捧げて、彼方に力を求めた。
その結果として呼び出されたのは、魔族と呼ばれる者だった。
筋骨隆々とした体躯、俊敏かつ鋭敏な観察力、魔力としても身体能力としても人とは隔絶した生き物だった。
召喚されたその魔族は、国に残る半分を虐殺し、その地を「魔族の国」であるとした。
そうして、面白半分に、また戦力の確認のためにも短距離走大会に参加した。
あるいはそれは、召喚ゲートを解析し、存分に仲間を呼び寄せることを可能とするまでの暇つぶしでしかなかったのかもしれない。
第二十一回短距離走大会は、この魔族――ラピーヤースと呼ばれた者が、圧倒的な格差で勝利を叩きつけた。
このときには精霊力と魔力との融合すら部分的に行われていたというのに、その出力すらも意に介さず、あっというまに抜き去った。
技術もなにもない、ただの疾走。
だがその出力が桁外れだった。
黒い魔力を漂わせる彼は、走れば黒い稲妻となった。
誰もがラピーヤースの背中を見ることしかできなかった。
「実に鈍い、実に惰弱、実にくだらん大会だ」
これはエルフが台頭した時とはわけが違った。
油断などしていなかった。
諸外国に負けぬよう、常に速度の研鑽を続けた。毎年記録は更新していた。
その努力すべてをあざ笑うように、ラピーヤースは追い抜いた。
もはや研究の余地がないほどの段階に至ったものが、真正面から叩き潰されたのだ。
「こんな弱い奴に支配される方が可愛そうだ、どうだ、オレの下につかないか?」
そうして優勝インタビューで、周囲に向けて言った。
それは、植民地支配される諸外国に向けた公然たる誘いだった。
そう、ラピーヤースは短距離走大会という代理戦争での勝利を、本物の戦争の勝利に近いものへと変えたのだ。
大会の勝者が多くの土地と支配という戦果を得た。
それでも多くの周辺国は事態を決めかねていた。
大国からの支配はキツい、プライドを根こそぎ削られる。
だが、それでも人間だ。
同じ人間としての限界が設けられている。
馬鹿らしい話だが、全国民を虐殺するようなことはしない。
だが、魔族であればやりかねない。
実際、彼を召喚した国に人間はいない。
それでも、そうしたことがわかった上でも、引き寄せられるようにいくつか国が魔族の下についた。
たとえ人類の裏切り者と罵られたとしても、国民が殺されるとしても、彼らは勝ち馬に乗ることを選んだ。
人類はこれに対抗しなければならなかった。
それは必須事項であり、是が非でもなさねばならないものではあったが、多くの懊悩を生んだ。
「これでいいのか」
主任研究者としての地位を確固たるものにしたカナヤ・イクロプスもそうだった。
自身が行っていることが、やろうとしていることが正しいという確信が持てずにいた。
たとえ本人がそれを臨んでいたとしても、これは魔導研究者として一線を越えているのではないか。
「なんてことだ、なんということだ……」
長く研究を続けていた。
ときに魔力を、ときに精霊力を調査し、その性質を調べ、速度へ変えた。
誰よりも魔導機械に詳しいという自負がある。
だからこそ、相談できる相手がいなかった。
同じ地平で語り合えるものがいなかった。
懊悩を続けたまま、それでもその研究を続けた。
その心の悩みとは裏腹に、出来上がった成果は求められた以上の精度を示した。
イダ・アーミテージとフェルマ・スウィニーは秘密裏に会った。
まだ使われていない、閉じられた短距離走大会会場でだった。
「私は――」
フェルマは懺悔するように言った。
「あなたのことが理解できなかった」
「そうか」
答えるイダの顔にはシワが刻まれている。
フェルマと違い、魔力による老化防止が行われていなかった。
「なぜ負けた後であっても走れたのか、そのように他へと教え続けることができたのか、まったく理解の外だった」
「……」
「だが、私が魔導機械に敗北し、走る必要などもはやなくなってから、ようやく気がついた」
「ああ、単純だ」
「どうやら、そう、なんと言えばいいんだ」
「走るのが好きなんだよ、我々は」
フェルマは「ああ、そうだ」と小さく返答した。
そこには照れと、悲しさがあった。
「だが、好きなだけではない。私は負けず嫌いだ、負けたままの自分に耐えられない」
「なるほど」
「?」
「我々は、似ているようだ」
フェルマは、気づいた。
彼がすべてを捨ててでも次を走ると決めたように、この男もまだ走るつもりだと。
イダの硬い表情は、うっすらと光を纏っていた。
魔族の国となった場所ではゲートが稼働し、少しずつ魔族の数が増えた。
これは周辺諸国から生贄を捧げられたからだが、それ以外の要素もあった。
「ほお、この世界は面白いな」
魔族ラピーヤースに自然と力が集まっていた。
圧倒的な力で大会を制したものへ、注目と憎悪と期待が集積した。
異なる相手だからこそ、理解ができないほど強かったからこそ、争う相手ではなく祈る相手だと見なされた。
大いなる力の流れが歪み、一部が彼へと注ぎ込まれた。
知らず彼は、神の座につこうとしていた。
「興味などすでになくなっていたが、そうも言ってられん……」
より力を集積すれば、より多くの仲間を呼び寄せることができる。
ラピーヤースは次の短距離走大会にも出場することを決めた。
その背後では、いままでとは比較にならないほどに強くなったラピーヤースに慄く、魔族たちの姿があった。
この時、すでにエルフのルドラの興味は走ることとは別のものへと移っていた。
誰よりも気ままで自由な彼女は、飽きるのも早かった。
もっともこれは、短距離走大会が代理戦争としての性質をより濃く帯びるようになるのを忌避した面もある。
彼女が望んでいたのは単純かつ新しい遊びであり、誰かが死ぬような争いではなかった。
「ふぅん?」
しかしそれは、彼女が薄情であることを意味しない。
頭を下げて教えを乞う相手を無下にはしなかった。
「たしかに、人間よりは知ってるかもね、上手くやれば協力もできる、だけど、それやってハッピーになった人って、あんまりいないよ?」
「構わない」
全盛期を過ぎたかつての栄光、イダ・アーミテージはそれでも言うのだ。
「どんな手段をつかってでも、私は勝つ」
「難儀だね」
「気に入らないか」
「正直に言えば」
「しかし、興味はないか?」
「?」
「誰であっても敵わない最速、この世でもっとも速いものの姿に、興味はないか」
誰よりも自由なエルフは、倫理観というリミッターもまたなかった。
彼女は「ある!」と無邪気に言い、協力した。
禁忌とされる事柄を。
第二十二回短距離走大会は、いままでとはまるで違った。
大会のレベルだけではなかった。
中には姿かたちですらも異なる者すらいた。
「……」
ラピーヤースは当初、それらを興味深く見ていた。
全身に魔術回路の入れ墨をしたもの。
あるいは、獣精霊を身に宿したもの。
走ることに特化したホムンクルスなどがいた。
人間にしては、やる。
それらを彼はそう評価した。
そのあがきは決して嫌いなものではなかった。
限界を超えるほどの力。
勝てぬかも知れない敵対者。
それらを叩き潰してこそだ。
弱いものを相手にしては格を落とす。
だから、ほとんどサイボーグのように全身に魔導機械を取り付けたフェルマ・スウィニーを見ても感心こそしたが揺らがなかった。
それ以外にも思い思いの方法でラピーヤースを越えようとしていたが――
「なんだ、それは……」
それを許容することだけはできなかった。
あるいは、会場中の大半の人間ですらも、彼が誰であるかを把握できなかった。
その全身には力がみなぎっていた。
すでに全盛期を過ぎたものの体躯ではなかった。
うっすらと光を放つそれは、異次元の走りを見せた。
予選大会であたったものは、なにが起きたかわからぬ内に敗退した。
「なるほど、オレと戦うため、神を降ろしたか」
イダ・アーミテージだった。
そう、もともと短距離走大会は、スタート地点から神殿前までを走る競技だった。
大会は当初、神事としての性質を持っていた。
イダもまた熱心に祈る者だった。
走神へと祈りを捧げ続けた。
そうして、ある時「こたえ」が返った。
言葉にならない神意を聞いた。
それは彼が幼少期の頃のことであり、その導きに引かれるように彼は走り続けた。
彼にとって走ることは、祈ることと同様だった。
どのようなものであれ「走るもの」は、同じ神へと祈る仲間だった。
それがどのような走りであれ、否定するようなものではなかった。
彼は献身的に、ただ走るものの数を増やそうとした。
走ることに貴賤もなければ邪道もなかった。
魔族ラピーヤースが現れるまでは。
彼にとってそれは信仰を盗む敵対者であり、決して許すことのできない相手だった。
古くを生きるルドラの知識を借りて、神降ろしを行わなければならないと定める程度には。
「なるほど、そうか、これは、そういう争いか」
ラピーヤースは歯をむき出しにして笑った。
「戦争? ああ、たしかにそうかもしれない、これは、信仰の奪い合いだ」
彼は魔族だった。
魔を冠した名前であることは、かつて神に破れたものを意味する。
「オレは幸運だ!」
涼しい顔で立つイデに向け、ラピーヤースはいきり立つ。
「コレを直接叩き潰す機会を得た! 神? ハハッ、かび臭く下らない愚物め! ただオレに敗北し、ただオレに力を奪われるがいい!」
第二十二回短距離走大会は、神と魔が争う場となった。
そうして行われる決勝の様子を、誰もが固唾をのんで見た。
大半の人々は戸惑いながらもイデ・アーミテージを応援した。
彼くらいしか、勝てる見込みのあるものがいなかった。
熱狂的に応援をしているのは魔族の下についた者たちだ。
負ける可能性が出たことでほとんど半狂乱となっていた。
ここでの敗北は、彼ら「魔族についた者たち」の破滅を意味する。
走神の信徒たちは五体投地しかねない体勢で拝み伏していた。
一言もないが、その熱狂は誰よりも深く濃い。
生涯見ることはできぬと覚悟していた神の姿がそこにあった。
魔導機械研究者は、魔術師たちと一緒に呆然としていた。
常に最先端を行っていたはずなのに、気づけば蚊帳の外に置かれていた。
いまだにその現実を理解しきれていない。
主任研究者カナヤ・イクロプスは、祈るように手を組み、その姿を見つめた。
その手は硬く握りしめられ、細かく震えた。
エルフのルドラは、つまらなさそうにしていた。
神降ろしによる走りはたしかに素晴らしいものだったが、神の走りとはこの程度のものなのか?
イダ・アーミテージは空を見上げ、呼吸をする。
その意識が自身のものであるか、それとも走神のものであるか判然としない。
ただその全身に、その魂に、走ることのすべてがあった。
それ以外のことなど、些事だと思えた。
些事だと思えることが幸せだった。
ラピーヤースはそんな姿を強く睨んだ。
その純粋さこそが憎らしい。
他者を顧みることのない絶対性は、そこに至らないものの排除を意味する。
その下らない想念を、すべて粉砕しなければならない。
そうして神と魔が横へと並び、同じクラウチングスタイルを取った。
極限の集中、世界でもっとも短く、濃密な時間。
号砲の合図が鳴り、いちはやく飛び出した。
フェルマ・スウィニーが。
カナヤはそれを両手を握りしめて見つめた。
それを施した当人だというのに、胸が傷んで仕方がなかった。
魔導機械には厳しい制限が設けられている。
その割合は一定以下のものでなければならず、足を直接取り替えるなどの措置をしてはならなかった。
短距離走大会に二輪駆動で挑むようなことは許されない。
だから、行なったことは単純だ。
スタートの号砲の合図が鳴るまでは、そのままにした。
すべての規定を守った。
そうして、合図と同時にその膝から先を吹き飛ばしたのだ。
風属性集積魔力を暴発させて消し飛ばした威力は、そのままスタートダッシュの速度へと変換された。
予め設置されていた魔導機械が、即座に肉体の代替となった。
人よりも優れた機械が、人である部分を吹き飛ばしてまで得た初速を更に加速させた。
神であれ魔であれ、肉体を扱っている以上、限界がある。
ルール内の最高を目指したものが、ルールをはみ出してまで得たスピードに一歩劣った。
「ぐ……ッ!」
覚悟してなお、その苦痛は耐え難かった。
それでもフェルマは駆けた。
誰もがここが神と魔の戦いとなると見た中で、彼だけが「諦めなかった」。
軽くなった両足を動かす、両手を振る。
それは、彼が行い続けた動きだ。
第5回から今回まで、常に優勝を目指し続けた動作だ。
たかが両足がなくなった程度でゆるぎはしない。
「……は」
誰のものかもわからない意識の中で、思わず笑った。
イダの走りは変わらない。
その最速は、その最高は変化しない。
だからこそ誰も追いつけない。
頂点にそれ以上はないのだから。
だというのに現実には、前を走る者がいた。
それは神であっても予想外の光景だった。
最速の景色の前を塞がれている。
そのことが楽しくて仕方がない。
自分は競争をしているのだと、ようやく認識した。
神の歓喜が足に力を与えた。
「馬鹿な……!」
ラピーヤースからすればそれは許しがたい光景だった。
神であればわかる。
対等な敵対者、かつては追い落としたものと互するのであれば納得ができる。
だが、前を走っているのは、人間だ。
たかだか魔術師だ。
この上なく脆弱な存在だ。
信仰としての力を寄越すくらいの価値しかないものが、魔族ラピーヤースを追い越している。
どれほど走っても、どれほど力を入れても、思うように差が縮まらない。
ナメクジのようにしか距離が進まない。
初速の差がそのまま持ち越される。
魔族であり、今や神にもなろうとしている者に対して、行っていい仕打ちではなかった。
会場は絶叫と呼ぶのもおこがましい音が満たした。
誰もが信じられないというように立ち上がり、声の限りに叫んだ。
三人が進む。
他とは隔絶した速度で。
その差は徐々に、だが確実に縮まり、そしてついには追い抜いた。
魔族は走ったまま吠え、神は笑い、人はそれでも諦めなかった。
その坩堝のような熱狂の中、ルドラは座ったまま。
「へえ……」
ただ感心した。
「魔術の精霊化利用、成功してたんだ」
吹き飛ばされたフェルマの両足、そこに竜巻状の風がわだかまった。
それはバネのように身体を運び、より速く、より強く進んだ。
それはわずかな、本当にわずかな加速だ。
だがそれは、この限界のような戦いでは決定的な要素となった。
抜き去られていた差が消え、ついには並び、そしてゴール前にてさらなる加速が行われた。
スタートで行なったような暴発を再びしたのだ。
フェルマの身体が、誰よりも先にゴールのラインを割った。
それは魔術と、魔力と、魔導機械と、走行技術の結晶が、神魔を越える最速であると証明した瞬間だった。
+ + +
その後の出来事を、簡単に記そうと思う。
「神を降ろした者」イデ・アーミテージはその後も走り続けた。
走神を主とした教団も、一定の地位を保ち続けた。
彼の評価は研究者によって異なり、いまだ結論が出ていない。
短距離走を競技にした立役者と評価するものもいれば、神に取り憑かれた狂信者だと断じるものもいる。
ただ、彼がいなければ今日の短距離走大会がなかったことも確かだ。
「俺は速い、そして、そんな俺を追い越す者がいることが、一番の望みだ」
「不遜たる開放者」ラピーヤースは一言もなく国へと戻った。
その結果は二位であり、走神には勝ったが、そんなことは慰めにもならなかった。
あるいはそれは、ただの敗北よりもよほど苦いものだった。
神ではないものに、存在として格が劣るものに打ち負かされたのだ。
それは彼の価値観に大きなヒビを入れた。
以後、配下となった国々に生贄ではなく努力を求めた。
そこに見過ごしてはならない戦力が埋もれていると知った。
「オレの下にいる以上、くだらんもので在ることなど許さん」
神と魔の二勢力は、徐々に勢力を縮めてゆくことになる。
時代が変わろうとしていた。
そして、「諦めぬ者」フェルマ・スウィニーは引退した。
あの走りは一度切りのものであり、二度とできるものではなかった。
次に走るとしても、大会規定を越えることができなかった。
彼の下には多くの人が感謝や恨み言を述べたが、そのすべてにほとんど無関心を通した。
「これで、よかったのか?」
ただ、鎮痛な面持ちのカナヤ・イクロプスに対しては身体を起こして真正面から言った。
「もちろんだ」
「しかし……」
「忘れられないんだ」
フェルマは言う。
照れたように、あるいは恥じるように。
「ゴールを通過したあの瞬間が、忘れられない。大会で勝てたことは幾度もあったというのに、あの走りだけは、あの勝利だけは、いまだに夢に見る」
それを奪ったのは、もう走れなくしたのは自分だ。
カナヤはそう謝ろうとしたが。
「次も、あの喜びを得られるだろうか」
「……え……」
「ん? ああ、もう私が大会に出場できないのは知っている」
「では……」
「新しい大会を開く」
「へ……?」
「魔導具の規定を撤廃した大会だ」
どのようなゲテモノになるかわからない。
おそらく二輪競技になるかもしれない。
あるいは、別の動力も持ってくるものもいるだろう――
茫然自失とするカナヤに対し、フェルマはつらつらとそのような予想と展望を述べ、そして、当たり前のように言うのだ。
「カナヤ、次も頼む」
その真正面からの信頼に、カナヤは涙を流して頷くより他になかった。
了