表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/6

4.愛情は主張するものではない

 明らかに婚約者を令嬢達への生贄にしたかのような話を何故か楽しそうに語るセシリアの様子にフランチェスカが、口を開けてポカンとしてしまう。

 その話の展開は、今目の前にいる穏やかそうな印象しかないセシリアからは、全く想像出来ない流れなのだ……。


 だが、先程ウィルフレッドにタオルと飲み物を頼んでいたセシリアの様子を思い出したフランチェスカは、実はセシリアという女性は思いのほか、自分の意見をはっきり口に出来るタイプではないかと気付き始めた。

 だが今はそんな事よりもセシリアの失敗談から武勇伝に変貌を遂げた話の方が気になり、フランチェスカはそちらを聞き出す事を優先させる。


「そ、それで……そのご令嬢方はどうされたのですか?」

「それが……折角、ウィルフレッド様をお連れしたのに皆様、何故か口を閉ざしてしまったのです。その為、ご令嬢方の前に突き出されたウィルフレッド様も訳が分からないという状態で呆然とされておりましたね……。ですが、心が折れてしまったわたくしの暴走は、もう止まらなくて……。ウィルフレッド様には、『今から皆様が、わたくし達の婚約の問題点をご助言してくださるそうなのでお聞きください』と訴え、ご令嬢方には『どうぞ、お好きなだけウィルフレッド様にその問題点についてお話しください』と、ご案内させて頂きました」


 そのセシリアの話にフランチェスカは、ある事に気付いてしまう。

 それは『セシリアの心が折れた』のではなく『セシリアの怒りが頂点を超えた』の間違いではないかと……。

 ようするにこの時のセシリアは、自分が一人になった時にだけ婚約に関しての不満をぶつけてくる令嬢達に対して、ブチ切れたのである……。

 この話の内容から、今目の前で穏やかに当時の事を語るセシリアが、実は底知れぬ強靭な精神を持っている事が判明してしまった。


 その事に引き気味の反応を見せているフランチェスカの様子に気付かないのか、あるいは気付かないふりをしているのか……。

 引き続きセシリアは穏やかな口調で、話の続きを語り始めた。


「結局、どなたもわたくし達の婚約に関する不満を口になさらなかったので、わたくしがウィルフレッド様に声を大にして、その内容をお伝え致しました。同時に皆様がいかにウィルフレッド様を慕い、ご心配されているか、その心境を全員名指ししてお話し頂くようお声がけをさせて頂きました」


 その話の展開にフランチェスカは、徐々に顔色を青くさせていく……。

 サラリと語ったセシリアだが、当時の彼女が令嬢達にした事は、ウィルフレッドの婚約者である自分を令嬢達がどのような内容で非難していたかの暴露と、そこまでウィルフレッドを思うのであればその想いを今ここで伝えろと、公の場で公開処刑のような愛の告白をするように彼女達に要求したのだ……。


 この時、フランチェスカは温厚そうな人間ほど、怒らせてはいけないという事を学ぶ。同時に何故、同じ仕打ちをした自分は、簡単にセシリアに許されたのだろうか……という疑問も抱き始めた。


「その状況で……ウィルフレッド様にご自身のお気持ちを伝えた方はいらしたのですか?」

「いいえ。何故かウィルフレッド様をお連れしてからは皆様、急に黙り込んでしまったので……。ただその時、初めてウィルフレッド様は、わたくしがそのような洗礼を受けていた事を知った様で、とてもお怒りになって……。この時わたくしがご令嬢方をお一人ずつ名指しでお気持ちを語るように促してしまった事で、皆様の家名も覚えてしまわれたようです。その後、ウィルフレッド様は、すぐに婚約者を侮辱されたと抗議の手紙を各家に出されたそうです。それ以降、ご令嬢方からのわたくしに対する洗礼は、すっかりなくなりました」


 ひとしきり自身が社交界デビューしたばかりの頃の恥ずかしい失敗談を語り切ったセシリアは、恥じらうように苦笑する。

 だが、それは『失敗談』などではない。

 明らかにセシリアの『武勇伝』である……。

 その話を聞いたフランチェスカは青い顔のまま、口元を引きつらせた。

 同時に自分が公開処刑のような目に遭わずに済んだ事にも安堵する。


 だが、そのような暴走に至ってしまった当時のセシリアは、全く関係のない第三者からウィルフレッドとの仲を口出しされ過ぎて、かなり追いつめられていた状態だったのだろう。

 改めて先程の自分の行動が、セシリアの心に深いダメージを与えてしまう行為だったという事を気付かされたフランチェスカは、罪悪感を募らせる……。


「本日のわたくしは、温厚であるセシリア様の怒りを爆発させてしまうような仕打ちを平然と行おうとしていたのですね……」


 フランチェスカが深く反省しながら小さく呟くと、何故かセシリアは口にしていた果実水を吹き出しかけていた。


「セ、セシリア様!? 大丈夫ですか!?」

「も、申し訳ございません……。フランチェスカ様が、あまりにも可愛らしい事を口にされたので、思わず笑いが……」


 ゴホゴホと咳き込んで涙目になってしまったセシリアだが……その口元は明らかに笑いをこらえているという状態だった。

 そんな緊張感のないセシリアの反応にフランチェスカが抗議の声をあげる。


「笑い事ではありません! 先程のセシリア様に対するわたくしの接し方は、明らかにそのご令嬢方と同じではありませんか! セシリア様は、もっとわたくしに対してお怒りになってもよろしいかと思います! だって……わたくしは、故意にあなたを傷付けようと敢えて声を掛けたのですから……」


 前半は勢いよく訴えてきたフランチェスカだが……後半は罪悪感からか、消え入りそうな小声になってしまう。そんなフランチェスカの様子もセシリアの目には愛らしく映ってしまい、慌てて緩みかけた口元を必死で引き締めた。


「フランチェスカ様。もし先程の会話が、わたくしを傷付ける内容だったと言うのであれば、『社交界』という場所は常に相手を傷つけるような会話しか飛び交わない場所という事になってしまいますわよ?」

「で、ですが……」

「あの程度の会話では嫌がらせの内に入りません。むしろ相手の出方を楽しむ交流会話という感じでしょうか……」

「あ、あれが!?」


 セシリアの言い分から『社交界』という場所は、かなり辛辣な会話が日常的に飛び交っているらしい……。

 その状況にフランチェスカは恐怖と不安を抱き始める。

 何故ならそんな世界に本日の自分は、デビュタントとして足を踏み入れてしまったからだ。そんな不安そうなフランチェスカの様子に気付いたセシリアは、少しでも安心させようと優しく彼女の両手を取る。


「本日がデビュタントであるフランチェスカ様の社交界に対する不安を増幅させてしまった事は、誠に申し訳なく感じております……。ですが、その恐ろしさをご存知かどうかで、上手く立ち回れるかの命運が分かれます……。お母様のラザフォード伯爵夫人は、その恐ろしさをなるべく早くフランチェスカ様に知って頂きたかったのだと思いますよ?」


 少しでも不安が軽減出来ればと、出来るだけ穏やかな口調でセシリアがアドバイスを試みたが、俯き気味のフランチェスカの口からは不安そうな言葉がこぼれ落ちる。


「ですが、その恐怖を知ったからと言って、上手く立ち回れる自信がわたくしにはありません……。現につい先程、セシリア様には大変失礼な態度と取ってしまい、ウィルフレッド様には見苦しい失態を披露してしまいました……」


 どうやらフランチェスカにとって、先程のウィルフレッドとの会話のやり取りが、かなりトラウマになってしまっているようだ……。

 その事を痛感したセシリアは、少し離れた場所で自分達を見守ってくれている婚約者に抗議をするかのような白い目を向け、一瞥した。


 すると、その気持ちが伝わったのか、会場の柱にもたれ掛っているウィルフレッドが肩をすくめ、気まずそうに右耳後ろ辺りの頭部をガシガシ掻き乱し始める。どうやら、やり過ぎてしまった件に関しては一応、反省はしているようだ。

 だが、ウィルフレッドが反省をしたところで、フランチェスカの不安が軽減される訳ではない。


 フランチェスカが安心して社交界に参加するには、恐らくセシリアにとってのウィルフレッドのような存在を早々に得る事が、一番手っ取り早い対処方法だろう。


「ご自身で立ち回れる自信がないとなると……あとは出来るだけ早く、信頼出来る婚約者を得る事でしょうか。特に女性は異性からの脅威だけでなく、同性から言葉の攻撃を受ける機会が多いので、一人で立ち向かおうとする事は、あまりお勧めいたしません。ですが、頼り甲斐のある殿方を婚約者として得る事が出来れば、そういった脅威や不安も軽減されるかと思いますよ? なんせ、わたくしですら、年上のご令嬢方から洗礼を受けた際は、早々にウィルフレッド様に泣きついたくらいなのですから……」


 少しでもフランチェスカの社交界に対する不安を軽減させようと、セシリアは敢えて冗談めいた事を口にしながらフランチェスカに助言した。

 それでも「そこまで恐ろしい世界ではない」とは、口には出来ない……。

 どんなに有能で品行方正な人間でも、ちょっとした油断から一瞬で足を掬われ、転落するような状況が起こりやすいのが、社交界というところだからだ。


 ましてや容姿に恵まれ、純朴そうなフランチェスカのようなタイプは、恋愛関係で道を踏み外す可能性が高い……。

 未だに美しさに定評があるラザフォード伯爵夫人も若い頃は、その部分でかなり苦労したからこそ、娘のフランチェスカには恋に溺れ、愚行に走りやすい社交界の恐ろしさを早く知って欲しかったのだろう。


 だが、現状のフランチェスカには、セシリアの助言はあまり響かない。

 何故なら、まだフランチェスカは婚約者を得ていないからだ。


「セシリア様。ご助言は大変ありがたいのですが、実はわたくし、今までウィルフレッド様を追いかける事に夢中になり過ぎて、婚約に対してあまり前向きに動いていなかったのですが……。一体どうすれば、そのような素晴らしい殿方とお知り合いになる切っ掛けが得られるのですか?」


 その質問を受けたセシリアは、思わず苦笑してしまった。

 何故なら家柄もそれなりに高く、容姿に恵まれているフランチェスカであれば、いくらでも好条件の男性からの婚約の申し込みが来るはずだからだ。

 特に現状フランチェスカが交流している同性の友人の中に最強のコネクションが期待出来る大物が存在している。


「フランチェスカ様は、本日お誕生日を迎えられた第二王女殿下とは、お茶会に誘われる程、親しいのでしたよね?」

「はい。それが……婚約者探しの件と関係があるのですか?」

「ええ、もちろん! その第二王女殿下にご協力頂き、ご自身にとって最高の婚約者候補をご紹介頂くというのはどうでしょうか? ですが、まずその為には第二王女殿下はもちろんですが、現状フランチェスカ様が親しくなさっている同世代のご令嬢方と交流を更に深める必要がございます。そうすればお友達経由で素敵な男性と出会える可能性も上がるかと思いますよ?」

「なるほど……。婚約者を得る前にまず、友人との交友関係をしっかりと固めておくと言う事ですね!」

「ええ。そうすれば、万が一わたくしのような状況に陥っても、婚約者の代わりにフランチェスカ様のご友人方がお力になってくれるはずです。まずはご自身の守りをしっかり固めてから、社交界を楽しむ事をお勧めいたしますわ」


 そのセシリアの助言を聞いたフランチェスカは、社交界を生き抜く事に関して、今後どのような対策を立てれば良いかが見えてき為、密かに抱え込んでいた社交界デビュー後の不安が、少しずつ軽減されている事に気付く。


 ラザフォード伯爵家の一人娘であるフランチェスカには、姉や兄を持つ友人達のように人生の先輩のような存在は、彼女の母親くらいしか周囲にはいないのだ……。

 だからと言って年頃のフランチェスカは、今後は母親にはなかなか相談しづらい内容の悩みも増えてくる。だが、そういう悩みを相談出来る人物が、今目の前にいる事にフランチェスカは気付いたのだ。


「セシリア様……。先程、あのような失礼な態度をとってしまったのに……。デビュタントであるわたくしに配慮あるご対応をして頂き、心より感謝いたします。そして先程は、本当に申し訳ございませんでした……」

「ふふっ! わたくしとしては、大変初々しいご令嬢の姿を垣間見る事が出来たので、とても微笑ましいやりとりだったのですけれど」

「わたくしにとっては、穴があれば入りたくなる程の恥ずかしい失態です……。ですが、この失敗が無駄にならぬよう今後は、もう少し冷静に周囲を見ながら社交界での交流を楽しめるように頑張りたいと思います。あの……それで一つ、セシリア様にお願いがあるのですが……」


 何故か急にモジモジし始めたフランチェスカの様子にセシリアが、コテンと首を傾げる。


「どのようなお願いでしょうか?」

「その……今後も社交界について色々とセシリア様にご相談と、ご助言を頂きたいのですが……それは可能でしょうか?」


 ドレスの膝部分をギュッと握りしめながら、恥ずかしそうに上目遣いで懇願してきた美少女フランチェスカの愛らしい様子にセシリアの心が打ちぬかれる。


「ええ、もちろん! わたくしでよければ、是非ご相談くださいませ!」

「あ、ありがとうございます!」


 セシリアが承諾と共に勢いよくフランチェスカの両手を取って、ブンブンと上下に振る。

 すると、二人の背後から人が近づく気配が感じられた。

 その事に気が付いたセシリアが、そっと背後を振り返る。


「セシー、そろそろ私にもフランチェスカ嬢に謝罪の機会を頂きたいのだが……」


 セシリアの動きからフランチェスカも背後を振り返ると、そこには叱られた子供のような表情を浮かべたウィルフレッドが、気まずそうに立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 純粋培養されて周りに大人も居ない中で誰にも鼻を折られないから→学校での酷いイジメが起きるんじゃないだろうか 学校には一応、先生と呼ばれる大人がいて 確かに学業に関しては大人で先生ではあるけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ