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60.婚約式

 


 あれから月日は怒涛の如く過ぎていき、私とエリアス先輩はブルクハウセン国で無事に婚約式の日を迎えた。


 王都の老舗高級ホテルの広間で私は、裾に絹のシフォンが施された優雅な蜂蜜色の長袖のサテンドレスを着ている。これは亡きお母様が若い頃に着用し大事にされていたドレスをアレンジしたものだが、エリアス先輩の髪色に似ていてとても美しい。


 今日のこの婚約式もそうだが、結婚式のウエディングドレスも、私はお母様が着たものをリメイクして使いたいとお父様に申し出た。


 お母様は物持ちがよく、保存状態も良好だし、ドレスはすべてヴァルテンブルク国の有名な工房で作られた一級品だ。刺繍も精緻で、約1年かけて作られたこのドレス達を私のサイズに合わせて調整し、今風にほんの少し変更を加えた。


 お掛けで予算は当初の10分の1だし、私もお母様のものをきれて嬉しい。


 お父様は、婚姻の費用は昔から用意してあったのだから、新しいドレスを作って良いと言って下さったが、私が半ば強行した。


 これでローゼンハイン領のみんなが納めてくれた租税は、私の為ではなく、これからも住み続ける領地の皆の為に使えるだろう。


 トレッチェル子爵家のように、領主が財政破綻をしてはならない。収支は領地の税の中で納め、利益はなるべく領民の為に使った方が良いのだ。


 そんな中、何故か胸元には分不相応な巨大なブルーサファイアのネックレスが輝いていた。


 10日前、突如エリアス先輩から婚約式につけろと送られてきた代物だ。ドレスどころの価値ではない。一体どこからこんな物を。


 会場で、とにかく私をうっとりと見ながら頬を染める先輩に私は尋ねた。


「あの先輩······」

「うん、何だ? ああ美しい。なんて綺麗なんだレフィ」

「これコーンフラワーブルーサファイアですよね? こんなでっかいサイズのものなんて、他国で有名な『呪いのサファイア』しか私知らないんですが、どうやって入手されたんですか?」

「ああ、ランベルト殿下が輸入してくださった。殿下が「これで首輪をつくれ」と言ってくださったので、レフィに似合うネックレスに仕上げたんだ」

「首輪······」

「何でも代々の所有者夫婦の早い方の死期に、併せて配偶者を道連れにしてくれる代物らしくてね?」

「道連れ······」

「これでどちらが死んでも悲しくないだろ? 死がふたりを分かつだなんて俺は許さない。本当に殿下はよく俺を分かってくださっている」

「············『呪いのサファイア』を輸入したのね、あのゴン黒王太子」


 私の勘が正しければ、私が先に死んだらエリアス先輩が暴走して手綱が緩む可能性があるから、逝くなら二人まとめて逝ってくれってことなのよね。


 こんな高い宝石もらったのに、面倒を押し付けられた気分だ。


 私の表情が歪み始めた頃、会場にはお祝いの花や手紙が沢山届けられた。


 あんな事件があったにも関わらず、ヴァルテンブルク国との友好を繋いできた私達に、なんと当日ブルクハウセン国王陛下から祝の手紙が届けられた。


 ヴァルテンブルク国からはこの日の為に叔父上達リーネル候爵家、そしてクライン公爵家の皆様が参列して下さっていた。笑顔溢れる式でとても嬉しい。


「屋敷には、もう君の部屋を用意してあるから。いつでもおいで」


 両家の挨拶と婚約指輪の交換が終わると、エリアス先輩のお父様、クライン公爵様がそう私に告げた。


 公爵様には帰国前に初めて、お父様とご挨拶に伺ったのだが、思っていたよりかなりざっくばらんなおおらかな方だ。


「うちの家内がねえ、やっと娘が出来ると張り切っているんだ」


 そう言いながら優しい視線て見つめる隣には、まるで少女のように可愛らしいエリアス先輩のお母様がいらっしゃる。


「レフィちゃん! 私ね、平民出身なの! だからお忍びで平民街行くなら是非誘って! 王都には隠れた名店が沢山あるのよ! 私も男装してみたかったのよ!」


「まあ、お義母様! ならば良い仕立て屋がございます! 是非一緒に行きましょう! 名店めぐり楽しみです!」


 お義母様とは何か通ずるものがある。

 新しく出来た仲間のようで、私はお義母様とお話するのが実はとても楽しい。


「母上、レフィと隠れて歩き回るのやめてください。俺も父上も、貴女方が行き先を告げずに居なくなると不安で仕方が無くなって、仕事どころじゃなくなるんですよ」


 エリアス先輩はそう零し、隣で公爵様がウンウンと頷いていた。


「ま、お忍び話はとにかく、私は見守ってきた二人が晴れて婚約出来て嬉しいよ」


「すみません······もっと早くご挨拶に伺うべきでした」


「いや、あれでいいんだ。国王陛下からも、ランベルト殿下からも出しゃばらず見守るだけにしとけと言われていたしね」


 実はクライン公爵様は、なんと夏の舞踏会から会場にいてずっと私とエリアス先輩の成り行きを見ていたらしい。


「私はね、ああいう場には気配を消して国王陛下の傍に必ず控えているんだよ。だから、エリアスと君が初々しくダンスを踊るのを見ててとても楽しかったよ」


 なる程。

 エリアス先輩の気配断ちは父親譲りだったのか。いつもどこからともなく私の前に現れていだものね。

 ストーカー技術が高いだけかと思っていたが、そうではないらしい。


 和気藹々とした雰囲気の中、一人お通夜みたいな顔をして会場の隅にいたルイ兄様に気づき、私はエリアス先輩と一緒に兄様のもとに駆け寄った。


「レフィがとられちゃった。レフィがとられちゃった。僕の妖精さんが······男色のエリアス君に······」


 めそめそと泣き始めたルイ兄様に、エリアス先輩は「男色ではないと何度も言っただろう!」と言うと、ルイ兄様はべそをかいたまま「じゃあ、あれ見てどう思う?」と向こうにいる私の弟のヴェンデルを指さした。


「······レフィに顔立ちが良く似ているよな」

「そうだよ。二人共母親似だからね。ヴェンデルが女装したらどうなると思う?」

「······レフィに似てるから、可愛らしいと······」

「やっぱり男色じゃないか! そんなに好きか男の娘!」

「だから、違うと言っただろう!! 馬鹿か貴様!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ、エリアス君」


 この二人は以外と相性が良いかもしれない。

 いいコンビになれそうだ。


 こうして温かな眼差しの中、私達は正式に婚約を結んだ。




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