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58.帰国

 


 王城に馬車が到着した後、私はそのままお父様の前に行くと抱きつかれてワンワン泣かれた。


 ついでに、着替える時間が無かったのでスーツのままでヘラヘラ笑っていたら「男装を辞めるキッカケに留学させたのに、何でまだ男装しているんだ!」とお父様は膝をついてさらに泣き出した。



 この誘拐事件をきっかけに、私のヴァルテンブルク国での滞在予定は大きく変更されることになった。


 取り急ぎ私の身体的安全面を考慮し、時間がかかる筈の帰国手続きをランベルト殿下の提案のうえ、ブルクハウセン国、ヴァルテンブルク国の両国の国王陛下が即時同意してくださり、3日後国王陛下並びに父上帰国の際に私もブルクハウセン国へ戻ることが急転直下で決まった。


 寮にあった荷物は全て叔父上が引き取り、屋敷で一時的に預かってもらうことになり、冬休み期間に入っている王立第1高等学院はそのまま休学することが決まり、復学予定日も現段階では決まっていない。


 元々、ランベルト殿下からは退学手続きを進めると言われていたのでそこまで復学に拘ってはいないが、出来れば、エリアス先輩と過ごしたあの貴賓室と、仲良くしてくれた同級生達には別れの挨拶はしたかった、そう零すと殿下は困ったように微笑った。


「元々、花嫁修業のために君は自主退学という道に進んでもらう予定だっただけで、別に学校を辞める日自体はいつでも構わなかったんだ。ちゃんと、学校に別れを告げる時間は作るよ」


 そう言われて、やはりランベルト殿下色々考えてくださった上で私にああ言っていたんだと、改めて理解した。


 お腹ゴン黒とか言って申し訳なかったと思う。


 帰国後は、領地や王都の屋敷で皆に挨拶をし、今度は嫁ぐための荷造りをしなければならない。


 一ヶ月半程で直ぐに母国で婚約式を執り行い、約3ヶ月後、私は新たに婚約者ビザでヴァルテンブルク国に入国し、その後結婚をすることが決まったのだ。


 立ち止まっている時間は無い。


 私は私の未来を祖国ではなくヴァルテンブルク国に託すと決めたのだから。


 だから、泣かない。

 これは一時的なものだから。すぐに戻って来るのだから。



 3日後の朝、私は彼の前に笑顔で立っていた。


 着ているのは、彼がくれたミルクティー色のワンピースとトリミングコート。


 あの日、まだ気持ちがすれ違っていた私に貴方がくれた女の子らしいとびきり甘い服。


「今度はちゃんと女の子として来るわ。私の女装大好きなのよね?」


 別れ際、そう言うと、エリアス先輩はぐっと唇を噛んでから、ゆっくりと口を開いた。


「ああ······大好きだ······早く戻って来てくれ。レフィ、他の男なんか見るなよ······? 毎日手紙を書く。毎日レフィを思い出す。だからお前も······」


「ふふ。私は先輩と違って、男好きなんかじゃないんですよ? 男の娘にも興味ないし。手紙はたまにでいいです。筆不精なんです」


「······離れるなんて······っ! やっぱり無理だ!」


 そう言うとエリアス先輩は私を抱き締めた。

 いつもみたいに私を閉じ込めるように、強く、強く。


「暫くしたらブルクハウセンで婚約式よ? すぐに会えるわ。それに3ヶ月後にはヴァルテンブルクに戻って来て結婚式だしね。こんなに早く結婚するだなんて思っていなかったわ······今度は嫌っていうほど傍にいるんだから、離れるのは準備のためのほんの僅かな期間だけよ」


 そう言ったのに、先輩は悲しそうな顔をして唇を寄せた。


「愛してる、レフィリアーナ」


 ちゅ······と軽く吸われて私の中から甘い吐息が漏れると、直ぐにエリアス先輩の舌が深く深く入り込む。


 ゆっくりと時間をかけて甘く溶かされると、私はぼんやりとしたまま微笑った。


「······またね、私の金木犀」


 そう囁いて、私は彼の腕の中から飛び立った。



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