56.それぞれの想い
バタバタと騎士団が倉庫内を駆け回っているのを、私はその場でボーと見てたが、エリアス先輩はすぐに縛られていた縄を丁寧に外し、私の手首周りを何度も見ていた。
「······赤くなってしまった······すまない」
「大丈夫ですよ、これくらい」
「念のため医師の元に行こう。頭も診てもらわないと」
「え? あ、分かりました······って、わああ!」
自力で立とうとすると、エリアス先輩は私の膝裏に手を入れお姫様抱っこをした。
「先輩先輩! 恥ずかしい! 僕今男装······」
「一人でなんか歩かせられん。大人しく俺の腕の中にいろ」
そう言うと、先輩は私をぎゅっと抱きかかえた。
「エリアス、騎乗して来たのだろう? 騎士団の後発部隊に馬車を持ってこさせている。もうそろそろ来るから使え」
「殿下、有難うございます」
重々しく頭を下げてエリアス先輩は言ったが、私をちらりと見ると殿下は微笑んだ。
「お疲れ様、ローゼンハイン君。ヘマはしなかったね。流石だ」
「······いえ、忠犬2号ですから。急ごしらえで余り上手な暗号文作れませんでした。『花蘇芳』だなんて見る人が見れば一発で分かっちゃうのに、隠語が使い切れなくて。相手が間抜けな犯人で助かりました······申し訳有りませんでした、殿下」
取り敢えずそう返すと、ランベルト殿下は珍しく眉を下げてくすりと笑った。
「隠語だなんて······君は外国人だというのに······本当に忠犬の嫁には勿体無いよ」
フウ、と息を吐き、騎士団員が外に出払ったのを確認すると、殿下は声のボリュームを少し落として言った。
「悪いが医師は後回しだ。真っ直ぐ王城に戻ってもらう。ローゼンハイン卿が真っ青になって待っているからな」
「お······お父様?!」
「既にブルクハウセン、ヴァルテンブルク両国の国王陛下にも報告が上がっている。仮にもこんな大事な記念祭の日に、両国の絆を紡ぐ君を我が国の犯罪に巻き込んだこと、謝罪するよ」
ランベルト殿下はシルバーブロンドの髪を揺らし頭を下げた。
「え······?! いやいやいや!! 謝罪なんか! だめですよ簡単に頭にを下げたら!! 殿下王族なんですよ?! 他国の貴族に頭なんか下げないで下さい!」
「あはは。君ならそう言うと思ったよ。公式の場だと止められるかもしれないから、今だけね。王族としては頭を下げれないかもしれないから、まあ······なんだ、君の学校の先輩として、かな」
珍しく、本当に珍しく優しいランベルト殿下に私は若干うるっときてしまう。
「うう〜っ! 僕こそゴメンナサイ! ずっと殿下のこと、腹黒いえ、お腹ゴン黒だと思ってました! 本当にゴメンナサイ!」
「············ゴン黒。成る程。君はそんな失礼なことを思っていたのか······落ち着いたら覚えていたまえ」
「ひっ! ひぃいぃぃい?! しまった! 言うんじゃなかった!」
「エリアス、頼むな」
「勿論です。畏まりました」
後から来た騎士団の馬車まで私を抱きかかえて乗り込むと、エリアス先輩は私の真隣で肩を抱いたままずっと離してくれなかった。
馬車が走り出し、窓からの景色が流れ始めると、直ぐに先輩の唇が私のそれに重なった。
「······ふ······先ぱ······待って······!」
「待たない······! どれほど心配したと思っている······!」
私の存在を確かめるように、大きな手は肩に触れ、背に触れ、腰を抱く。
ガタガタと揺れる車内でもベルベットの上質な座席はサスペンションが効いていて全くお尻は痛くない。
痛くはないが、押し返しても離してくれないエリアス先輩を前に、何とか落ち着かなくてはと会話を試みた。
「せ、先輩······! 僕の手紙の暗号文、伝わって良かっ······は、犯人が結構お間抜けさんな令嬢で······これなら僕でもいけるかと······ひゃん!!」
車内は相変わらずリップ音の嵐で、私が会話をしようとしている最中にもエリアス先輩の手は私の開襟シャツのボタンを次々と外し、唇は忙しなく肌にキスを落とし続けていた。
「ちっ。チェストプロテクターが邪魔だな。早く俺のものにしたいのに······!」
「ヤダ先輩! これからお父様に会うのに跡つけようとしないで! 何でそんなにがっつくんですか? お腹空いているの?!」
「ああそうかもな······お前が欲しくて欲しくて堪らないんだよ······!」
これ以上ボタンを外させまいと、第3ボタンまで開いた胸元を手で閉めると、エリアス先輩は荒い息のま唇を重ねた。
「ん······っ!! 先輩、落ち着いて下さいよ! 僕達、武闘派刑事みたいでしたよね? ちょっと恰好良かったかな、なんて······」
「······巫山戯るなよ······!」
いつもとは違う先輩の掠れた声に、私が目を見開いて先輩を見つめると、エリアス先輩のブルーサファイアのような瞳から涙が一筋零れた。




