55.彼女の言い訳
「怪我はないか? 何処か痛むところは······?」
「あ、えっと······頬と····頭かな。多分殴られて。気絶しちゃって······」
そう口にした瞬間、エリアス先輩の目が見たことも無い光を帯びてギラリと光った。
「どいつだ······あの女か······?」
「え······?! あの······」
「······殺そう······」
「え?! ダメ!! 殺さないで!!」
いま殺すなって自分で命令したくせに、何手のひら返してるのよ。
ぐっと、先輩の少し汚れたモーニングコートの腕を引っ張り見上げて目をゆっくり合わせると、さっきまでの悪魔みたいな光が和らいだ。
「ごめん······」
「え?」
「俺が······レフィの傍を離れたから······」
「違いますよ。先輩は城の中にいろと言ったのに、僕か一人で門の外に行ったんです。先輩は悪くないです」
「レフィ······ああレ······!」
「待て、エリアス」
ピシャリと言い放った人物は、倉庫の扉からいつものように優美な笑顔を顔に貼り付けたまま、こちらに歩いて来た。
騎士団が一斉に敬礼をし、場が一気に緊張感に包まれた。
「公衆の面前でローゼンハイン君に抱きつくな。今度は騎士団員から男色疑惑が出るぞ。暴走するなと言っただろう」
「······すみません」
ランベルト殿下はちらりと私を見ると、こくんと頷くだけで直ぐに視線を外した。
うん。あれだな。
今のは「よーし、問題なし!」の頷きよね?
この人······いやこのお方は実害無ければ全て良し! と思っているんだわ。
「さてさて······見間違いで無ければ、そちらに居られるのはトレッチェル子爵のご令嬢、ヴィヴィアンヌ嬢ではないかね?」
銀髪の彼女の目がキラキラと光り、殿下のジェスチャーで騎士団員の一人が猿轡を外した。
「······ランベルト殿下!! 私の名前をやはりご存知でしたのね! 助けに来てくれたのですね!!」
────何? 何を言ってるのこの人。
「わたくし、悪い奴らに捕まったのですわ! 殿下! わたくしを助けにいらっしゃったのでしょう?」
「悪い奴らにつかまった? 今君を捕らえてる者達のことか?」
「そうですわ! でも、悪の根源は他におりますの! ブルクハウセン国から来たレザータとかいう女ですわ! ランベルト殿下もエリアス様も通訳者に入ったあの女に皆騙されているのです!」
最早名前の頭文字しか合っていない、謎の女の名前を叫ばれ、目が点になったが、ちらりとエリアス先輩を見上げると、先輩の目は座っていてギリギリと歯ぎしりをしていた。
「わたくしの美しさに嫉妬したあの女が全て企んだのですわ!」
「へぇ······そう。で、君はそのブルクハウセン国から来た通訳者の女性の顔を知っているのかい?」
「知りませんわ! どうせ酷いブスなんでしょう? わたくしの美に対して嫉妬してしまう方なんですもの。あの女の弟が、わたくしをここへ無理矢理連れて来ましたのよ?! そこにいる亜麻色の髪のスーツの男ですわ!!」
顎で指されて、皆の視線が一斉に私に向けられたが、直ぐ側で先輩の蜂蜜色の髪から謎の黒い靄が立ち上がっている幻覚が見え、しかも獣みたいな低い小さな唸り声まで聞こえ、私はぎょっとした。
「で、その亜麻色の髪の人は後ろ手に縛られて動けないようだし、頬を叩かれたように赤く腫れているんだけど。おまけにここはトレッチェル子爵の私有倉庫だよね? 表の看板に『トレッチェル』の文字があるもの。貴女の家の倉庫に、一度も会ったことのない女性の弟が、縛られた状態で貴女を無理矢理連れてきたの? 支離滅裂だけれども、全て事実なのかなヴィヴィアンヌ嬢?」
「勿論ですわ、殿下!」
「王族への発言は慎重にね、ヴィヴィアンヌ嬢。私に嘘を述べるのは、この国に対する虚偽申告と同義なのだよ? 今一度問う。貴女は今日、誰に何をした?」
「し······知りませんわ! 何もかもあの女とブルクハウセンが悪いのです! わたくしは悪くありませんわ! そんなことりより、ああランベルト殿下、お慕いしておりました。早くわたくしを貴方の腕の中に······!」
「君が行くのは牢だよ。連れて行け」
「で······殿下? ふぐ······っ!」
再び猿轡を嵌められると、彼女は屈強な団員に連れて行かれた。




