54.危機一髪
学校の住所を記載し自分宛の手紙を書くと、手紙を抱えて肌の浅黒い男が倉庫を出ていった。
馬の蹄の音が一匹分だけしたから、あの男は直接騎乗したようだ。ならば馬車を使うより早めに学校に手紙が届くだろう。
殿下から婚姻の話を言い渡されてから、学校や寮に謎のゴリラみたいな屈強なガードマン達がいつも彷徨くようになったから、彼らが殿下か先輩に何か報告してくれるよう祈るしかないわね。
男が出ていって以降、私はこの銀髪のご令嬢と二人きりで時間潰しに会話を続けていた。
「ソレでワァ、僕が姉と出国したらアナタ幸せになれるんデスかぁ?」
「なれるわよ! ブルクハウセンの記念祭さえ終われば、みんなあんな小国のことなんか忘れるわ! あの女も居なくなれば、ランベルト殿下もエリアス様もわたくしに興味を向けてくださるわ! わたくしってこの国の誰より美しいもの」
トレッチェル子爵家って確か脱税か何かやって、今関わっていた輸出入を止められて自宅謹慎をしてらっしゃるんじゃなかったっけ。じゃあヴィヴィアンヌ様も表立って行事になんか参加出来なかったのか。今年は特にブルクハウセンとの行事の真っ只中だったし、余計日の目を見れずに辛かったんだろうな。
まあ、確かに綺麗な人だしね。男性が好きそうな肉体美もお持ちのようだし。
だけどなあ······うーん。
王太子妃となるにはどう考えても知性と品性が足りないのよね。
男装ばかりして自分の欲望のままに動き回っている私が言うのも何だけど、彼女が未来の国母となるにはかなり難しい。国を預けたら3日で傾きそうな思考をしているもの。
そもそも手を縛られているとはいえ、若い男と二人きりでいること自体令嬢としては結構アウトだし、犯罪者としては若い女が男を一人で見張るっていうのもアウトだ。
令嬢として、というのであれば私の方が完全アウトだけれども。
手紙を預けてからどのぐらい経ったのだろうか。ちらりと見ると、窓から入るのは既に心許ない夕陽だし、もうすぐで完全に陽が落ちてしまう。
午前中から始まった記念祭の後着替えを終えて出てきたのはおそらく正午を過ぎた頃。
今は冬の逢魔が刻。
あれから5時間は経っているだろう。
先輩は、ちゃんと手紙の意味わかってくれたかしら。
ヴァルテンブルク語で書けと言われて、書くのが難しいフリして一生懸命考えながら書いたんだけど、書き終えた時にあからさまな表現に、ヴィヴィアンヌ様が気づくか少しヒヤヒヤした。
一読するとあの肌の浅黒い男に手紙を預けたから、多分彼女にはバレていないと思う。
あんな馬鹿みたいな暗号文みたらランベルト殿下が鼻で笑っていそうで少し嫌だけど、彼女がこっちを見ている中、あれでも必死に書いたのだ。
出来れば笑わず真摯に受け止めて欲しいものである。
一人あれこれと思考を巡らせていると、傍にいたヴィヴィアンヌ様が小さな声で何か喋り始めた。
「きっとほとぼりも冷めれば、クーネンフェルス国との輸出入も始まる······家も前みたいに豊かになるし、皆わたくしのことを褒めて、前みたいに沢山の釣書が届くはず······」
余りにも幼稚な彼女の呟きに、思わず私はツッコミをいれてしまった。
「······オネーサンわァ、釣書が欲しいのデスかぁ? それともランベルト殿下とォ結婚したいのデスかぁ? はたまたエリアスさんとデスかぁ?」
そう聞いた瞬間、金色の瞳がギラリと光り、パンっと頬を叩かれた。
「生意気な口を聞くんじゃないわよ······っ! たかが小国の田舎貴族の分際で! 何が欲しいかって?! 全部に決まっているじゃない!」
腰から短剣を出すと、彼女は鞘に納められていた刃を抜き取り私に向けた。
────ヤバ····余計なことを言ってしまった······!
「ブルクハウセンさえなかったら、うちはあんなに落ちぶれなかった······! 夜会の制限さえなければ、ランベルト殿下やエリアス様とお話する機会にもっと恵まれた筈だった! あの女さえいなければ、わたくしは彼らから注目を浴びて求婚されていたのよ?! 全部! 全部全部!! あの女とブルクハウセンが悪いのよ!!」
刃が私に向かって来るのが見えた瞬間、ぐっと目を閉じた。
「やはり、女性の闇は深いな」
聞き慣れた、少し低い声。
うっすらと開けた目に飛び込んで来たのは、見慣れた蜂蜜色の髪とサファイアブルーの瞳。
「エリアス先輩······!!」
「レフィ! 無事か?!」
先輩は目の前の彼女の手を捻り上げ、金属音を立ててナイフは床に落ちていった。
「捕らえろ! 現行犯だぞ!」
「はっ!!」
ドヤドヤと騎士団員が倉庫に入って来ると、悲鳴が聞こえあの浅黒い肌の男も捕縛され中に引きずり込まれた。
「エリアス様! 共犯者と思しき男も外で捕らえました!」
「自白させるまで、絶対に殺すなよ!」
右に左に騎士団員が走り廻る倉庫を、私はポカンと見ていていると、先輩は私の前で跪き、微かに震える手で頬を撫でた。




