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53.捜査 side エリアス

 


 裏門の前で待っている筈のレフィが、忽然と姿を消して3時間が経過していた。


 ランベルト殿下には直ぐに報告を上げ、俺は魔物の血の力でレフィの気配を追ったが、近くには無い。


 感じる気配は王城から北西方向。

 それを頼りに単独で捜索に出ようとした俺を、殿下は執務室に待機するよう命じ、直ぐに騎士団が捜索にあたった。



「今日はブルクハウセン国の国王陛下を招いている。特に王城の警備は厳しかった筈なんだ。おいそれと城内には入れない。表は必ず招待状か特別入館証を確認している筈だし、裏は指定業者ですら門の前で監視の元、荷物の受け渡しをさせているんだ」


「いえ、警備の者によると、レフィは自ら裏門を出て来賓専用馬止の方に向かったのを目撃しています。ただ、あそこの馬止に入れる者も制限している筈なんです。ブルクハウセンからの国賓は既に敷地内の迎賓棟にいらっしゃる。今日、外部からあそこに入れるのは、レフィのような記念祭専用の特別入館証を持った関係者かヴァルテンブルクの貴族とその使用人だけの筈······」


「本当に笑っちゃうよね。ブルクハウセンの方々がここまで礼を尽くして頑張ってきていた最中に、わざわざぶち壊すのがうちの国民だなんて」


「笑えません······!」


「『歌う者』を奪われて動揺しているのは分かる。だがな、お前は俺の側近だ。冷静さを欠くな。必ず生きたままお前の手元に戻すから、暴走するんじゃない」


 イライラと執務室内を歩き回っているとランベルト殿下は俺を嗜めた。


 いつもなら怒られた事で落ち込む筈の俺の中の獣は、殿下の言葉を前に一瞬怯んだが、またイライラと感情を蒔き散らし始めた。


「殿下! 王立第1高等学院のレフィ様宛に緊急の手紙が届けられました!」


 殿下の従者フィンが、使いを頼まれたという平民の子と学校に配置していた警備の騎士団員を引き連れて手紙を持ってきた。


「殿下······! 俺も拝見しても?!」


 重厚な殿下の執務室に広げられたのは、何の変哲もないもない便箋だった。だか、紙は薄くはなく、均一な厚さと白さを持っている。上流階級以上の者が使用する用紙だ。


 書かれていたのは、所々わざと書き崩してはいるが、見慣れた優しい文字だった。


『────親愛なるレフィ姉さんへ。

 突然ですが、姉さんにはヴァルテンブルク国の王太子殿下と、クライン公爵家のエリアス様と一緒にいらっしゃるのは分不相応というものです。僕と一緒にブルクハウセンに帰りましょう。昔、一緒に行った旅行楽しかったですね。姉さんが着たディアンドルが懐かしいです。あの帰り道を覚えてますか? あそこは素敵でしたね。花蘇芳が一粒種を落とし、今は美しく咲いています。僕は最近近くに居を構えてますから是非来て見て欲しいです。今日、手紙を受け渡した王立第1高等学院の正門前に夜12時に使いを出しますから、一緒に帰国しましょう。

 ────あなたの金木犀 ヴェンデル・ローゼンハイン』


 頭から文章を一読すると、俺はランベルト殿下と目を合わせた。


「······花蘇芳だと? 『裏切り』の花言葉を持つ花じゃないか。冗談じゃないぞ」

「いえ。他国の貴族令嬢を誘拐した時点で、もはや冗談にはなりません」

「署名があの子の弟の名になっているが······筆跡は間違えなく彼女のものだな。金木犀ね······これはお前に当てたってことか」

「······すみません」


 ブルクハウセン国での舞踏会の日、従者のフィンに呼びかけられるまで、俺はレフィを抱き締め続けていた。『初恋』と『真実』の花言葉を持つ金木犀の花弁が舞い散る中で。

 ランベルト殿下には筒抜けだろう。


「ディアンドル······? 帰り道······? 何が言いたいんだ?」


 唸る殿下を前に俺は彼女の筆跡を一つ一つ見直した。


「······今居るのは、学校で合宿をやった王都の西北にある海岸だと示しているのではないかと思います······レフィの気配の方向とも一致していいますし、ディアンドルは、レフィが水泳が出来ない代わりに合宿時に勤めた海洋博物館の併設のカフェの制服です······帰り道······確か、ホテルからあそこに行くまでの海岸線に沿って大きな倉庫がいくつかあった······!」


 心臓がドクドクと音を立てている。

 ああレフィ、レフィ······!


 たった一人でどんなに心細いだろうか。

 今すぐ行くから······!

 絶対に助け出すから······!



「······この文章なんか、所々おかしいな。見てみろ。幾つかの単語の後ろに余計な記号が混じっている」


 殿下に言われ、俺は注意深く文章を見直した。


「記号······じゃありません。これブルクハウセン語の文字だ······」


 他の国では使われないブルクハウセンの特殊な文字。間違えない。レフィは俺に向けて書いたんだ。ブルクハウセン語を学んでいる俺にはわかるように······!


『別の文字を散りばめて暗号を隠すってカッコいいですよね!』


 二人で観たあの舞台が頭を過る。


 殿下が即座に用意してくださったヴァルテンブルク国の紋章が入った公務用の上質な紙に、俺はレフィが書き残したブルクハウセン語の文字だけを一つ一つ書き写していった。


「シェ··レ····ト··? ····トル······シェリ····? トレッチェル······トレッチェル子爵か······!!」


「!! ······成る程な。あそこの一粒種、といえば有名な令嬢がいたな」


「ええ。母親はクーネンフェルス国から嫁いで来た元男爵令嬢です。娘も母親に似た銀髪と金の瞳が美しいと夜会でも一時期評判になったと聞いています」


「父親は昨年、クーネンフェルスとの輸出入での収益を過小申告して追徴課税をさせられていたな······」


 そうだ。確か父上が国王陛下に進言し、密偵を放ち裏をとった案件だ。魔物の血の力で子爵の嘘を尽く暴いたのだ。


「おまけにクーネンフェルスからの密入国者手引の関与が発覚し、現在は同国との貿易は一時停止のうえ自宅謹慎を命じられてます。輸入の主力品は代替措置としてブルクハウセン国からの輸入品に切り替えて······」


 ランベルト殿下はくしゃりと髪を掻き上げ、深い溜め息をついた。


「原因はそれか。自宅で日々父親のブルクハウセンの恨み言を聞いて夜会にも出れずにいれば、あの派手なご令嬢にはさぞやローゼンハイン君の存在は疎ましく思えただろうな」


「直ぐに海岸へ向かいます。騎士団の準備は既に整っていますので、先発隊に同行致しますが宜しいですか?」


「······ったく。これ以上は止めてもきかんだろう。残りの指示をしたら直ぐに追いつく。くれぐれも暴走するんじゃないぞ」


「分かっています!」


 殿下の話が終わるや否や、俺は執務室を飛び出した。


 ────レフィ······!

 暗号だらけのラブレターはちゃんと受け取った。


 待ってて、俺の愛しい人。

 待ってて、俺の金木犀。


「いまいち信用ならんな······」


 ランベルト殿下の呟きは最早俺の耳に入る余地は無かった。





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