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52.自称弟の交渉術



 ピリピリとした緊張感が走る中、私はぐっと唇を噛んで相手を見つめた。


 さてと、こからは冷静に。

 落ち着いて進めなくては。

 まずは相手の要求を確認しないと。


 相手が望むものが、金銭なのか、命なのか、それによって私も出方を変えねばならない。


 煌めく銀髪をふわりと揺らした瞬間、頭を過ったのは殿下から借りたヴァルテンブルク貴族名鑑の姿絵。

 過ちの無い社交と通訳をするために、私はこの国の貴族の顔と名前を頭に叩き込んでいた。


 流れ星のような髪と、月の光のような瞳、間違えない。

 彼女はトレッチェル子爵のご令嬢、ヴィヴィアンヌ嬢だ。

 彼女は私をひと睨みすると言った。



「あなた、ブルクハウセン国のローゼンハイン家の者なんでしょう? レファリオンとかいう女は貴方の姉なのかしら」


 うーん残念。さらに名前が遠くなった。

 ま、今はそれは取り敢えず横においておこう。


 今、目の前にいる敵らしき人間は2人。

 周囲に取り敢えず追加の敵らしき見張りもいない。


 彼らは私がローゼンハイン家の者であることは認識しても、私がレフィリアーナである事実も顔も知らないわけだ。


 ならば取り敢えず別人の振りをしよう。直ぐに殺されたくはない。



「オー······僕ワァ、ブルクハウセンから来まシた、ヴェンデル・ローゼンハインでぇす。レフィは僕の姉でェす」


 すまない弟よ。不甲斐ない姉に名前を貸しておくれ。

 ヴェンデルの方が私よりもヴァルテンブルク語が上手だけと、そこはそれ。外国人ぽさがあった方が信じやすいだろう。



「やっぱり! 本国から着いてきた嫡子の弟のほうね!」


 何だ?

 顔を知らない割には、私の実弟の存在をちゃんと把握しているの? よく調べてんのか雑なのかよく分からないな。


 まあ、いい。取り敢えずこのまま弟の振りをしようっと。


「美しイお嬢さーン、何故僕を捕まえたのデスかー?」


「ちっ······外国人の言葉は聞き辛いわね。貴方の姉が、我が国の結婚したい男トップ2を独占しているからよ!」


 トップ2······誰だ。誰のことだ。


「分からないの? ランベルト殿下と、クライン家のエリアス様よ」


「ワーオ。腹黒王太子とォ、腹減り令息デスかー? あなた、モノズキねー」


「ふんっ! 田舎臭い小国のブルクハウセンの人間には分からないのだろうけど、あんなに顔も良くて地位も名誉もお金もある人間、女はなら欲しい思って当然でしょ?!」


 えー······。

 私なら嫌だけどな、あんな腹が純黒の王太子。関わると一生下僕にされるもの。持ってるのは手綱だけじゃないのよ? 見えない鞭とか、見えない砲丸とか常時抱えてる人よ?

 挙げ句自身と国のメリットしか考えてないから、ストーカー被害にあってる可哀想な女の子を見て見ぬふりするし、一方的に結婚しろとか言い渡す天上天下唯我独尊男よ?



 エリアス先輩だって今でこそ、ただのお腹の空いた肉食令息だけど、ストーカー気質で、直ぐに怒るし睨むし頑固だし、自己中に物事決めてこっちの意見なんかあと回しだし。


 最近恋に振り回されて放置してたけど、エリアス先輩の言い方って時々傲慢よね。「許せ」だの「関係ない」だの「知るか」だの。何より「貴様」と呼ばれたあの日々は、私は決して忘れない。女の執念深さを舐めないでほしいわ。


 あ、なんか冷静に考えてたら、あの人と結婚する必要あったのか、謎になってきたぞ。あれれ? 私確か先輩に恋してたと思うんだけど······頭殴られたから分かんなくなってきた。


「ちょっと! 聞いてるの?」

「オウ! ゴーメンなさいねー! それデ僕は、何をしたら開放サレルノですかー?」

「······えらく従順じゃない。まずは貴方の姉を呼び出して、あの2人から離れて自国に帰るよう進言なさいな。このタイミングなら、家族が来ているんだから一緒に帰っても不思議じゃないでしょう?」


 不思議に決まってるじゃない。

 何言ってんだこの女。


 私は留学ビザで入って来てんのよ?

 父様は王城に滞在している国賓扱いよ?


 滞在期間も滞在理由もまるで違うのに、理由もなく二人で帰る訳がないだろう。


 おまけに両国の国王陛下並びに爵位持ちの両家が内々に婚姻承諾までしている現在、「レフィ、婚姻破棄して実家に帰りまーす♡」なんて言ったところで、そう簡単に帰れないんだよ。


 お父様がああ言ったから、この後ランベルト殿下に報告のうえ年越し休みには一時帰国はするけど、それだって許可が降りるまで数日かかるんだぞ? 帰国するにしたって本国の事前申請必要なんだぞ?


 まあ、それでも今のやり取りと情報収集の甘さでこの女性の知能指数がだいたい分かった。これなら私1人でもなんとかなるかも。


「分かりマシたー! 僕死にたくナイですからねー! 姉を呼びダシマァす!」


 私は笑顔でそう答えると、浅黒い肌の男がペンと紙を持ってきた。




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