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5.的外れの勘繰り

 


「あのー、エリアス先輩」

「············」

「これ、訳したら外務省認証とか取りに行くんですかね」

「············」


 ランベルト殿下に言われて翌日から放課後貴賓室内にある執務部屋とか言うところで、機嫌の悪そうなエリアス・クライン先輩の元で私は補佐業務を行うことになったが、彼は私のことがお気に召さないらしくずっと無言のままだった。


 殿下はエリアス先輩にいくつか指示をし、私には「じゃ訳文頼むね」とだけ言ってさっさといなくなってしまったので、無駄に豪華で歴史ある部屋に今は二人っきりなのだが、びっくりするくらい空気が重い。まるで葬式だ。


「エリアスせんぱーい☆ ちょっとぐらいお話しませんかぁ?」


「無駄口を叩くな。さっさと働け」


 ムッ。

 これでも下手に出たのよ?

 ちょっとぐらい愛想振りまいてもいいんじゃないのかな。


 私は笑顔のままこっそり息を吐いた。


 やはり仕事を受けたのは失敗だった。

 いや、ランベルト殿下には最初全力で断ったのだ。


 だって相手は王太子殿下と次期公爵。

 携わる仕事は国家機密に抵触するものも多いはず。


 これに外国人の私が関与するということは、無駄に守秘義務が課せられ、言動も行動も制約され、ものっすごい動きずらくなることを意味しているのだ。


 案の定、仕事前に謎の誓約書にサインさせられるし、条項には「守秘義務」の文字が重々しく乗っかっていたのを確認している。


 なまじ貴族の娘なんかやっていると、否応無しにこの「機密」とかいうものに振り回されるのを知っているのだ。自国ならまだしも、他国の機密に触れるだなんて冗談じゃない。面倒臭いことこの上ない。


 だからギリギリまで粘って断りを入れたのだ。

 すると殿下はニコニコと笑いながら言った。


「困るなあ、ローゼンハイン君。ブルクハウセン語とヴァルテンブルク語両方ともここまで流暢に使える人材なんてそうそういないんだよ。もうすぐブルクハウセンとの国交50周年記念祭もあるというのに、仲立ちすべき通訳者が少なくてね。君に断られちゃうと他に頼める人材があまりいないんだよ」


 通訳者が少ないのは知っている。

 元々ブルクハウセン国は周辺言語とは違う少し変わった言語を使っている。構文の作り方と発音が難しいため、外国語を勉強する人間でもブルクハウセン語を毛嫌いしがちなのである。


「あまり、ということはいるにはいるんですよね?!」


「そうだね。いるよ。君の叔父のリーネル侯爵とかね。彼は今回国王陛下の通訳だから、こちらはこちらでなんとかしなくちゃいけないんだけど、まともな通訳者が見つからなくてね」


「お······叔父上······」


 ランベルト殿下は私に近づき、周囲に聞かれないよう耳打ちした。


「君のことは聞いてるよ。随分と変わった留学生活を送っていることを侯爵は心配していたよ。ちなみにブルクハウセンの君の父君は知らないんだってね?」


「······っ!」


 さっきよりワントーン低い声で、でもゆっくりと丁寧に耳元に話す声に、冷や汗が背中を伝う。


「ところで他国とはいえ、王族に対して嘘をつくことを君はどう思う? こちらが知らないといえ、嘘をつくって物凄く非礼だよね? 不敬だよね? あ、私は割と寛容だから気にしないよ? ここではただの学生の一人だからね。後輩の嘘の1つや2つ許せるよ」


 冷や汗どころの騒ぎではない。

 これ、下手したら首が飛ぶかもしれない。物理的に。


 パッと一歩離れたランベルト殿下は、優雅な笑顔を称えていた。


「ということで私の仕事を手伝ってくれるよね? ああ、アルバイト料はちゃんと払うよ」


「······はい、殿下」


 私が女であることはランベルト殿下には筒抜けだった。

 直接言葉で「女だと知っている」と言われた訳では無いが、彼にはバレている。絶対にバレている。


 しかも暗に「お前みたいな外国人がこの国のカーストのトップに嘘ついたのを見逃してやったんだから、こっちの言う事に黙って従え」と言われたのだ。


 最早抗う術は私には無い。


「ふふ。いい子だね。ああそうだ。先生方との口約は継続して守ってね。決して自分からは言ってはいけないよ。君の身の安全のためにも」


「······はい、殿下」


 否応なしに私はこの仕事を請け負わざる得なくなってしまったのだった。





「取り敢えず言われたものは全て訳しましたので、もう僕はお暇しても大丈夫ですかね?」


 殿下に指示されたブルクハウセン国からの書類を全てヴァルテンブルク語に訳し終えたものをエリアス先輩にお渡ししたが、彼はじろりと私を睨み、ドスの聞いた声でこう言った。



「言われたことだけやればいいと言う意識の低さ。やはり駄目だな」

「はぁ?」

「貴様のような外国人は信用ならん。ブルクハウセンの貴族令息だかなんだか知らないが、俺は騙されない」

「騙すって······何がです?」

「貴様のようなチャラついた奴に、殿下は靡いたりしないからな。軟派な態度で殿下を誑かそうと······」


 誑かすって······。


「僕が殿下に色目を使っているとでも?」

「世の中には性別を問わず恋仲になろうとするものもいる。お前の性癖にランベルト殿下を巻き込むな」


 おいおい。ちょっと待て。


「······エリアス先輩。僕の性別わかってます?」

「男だろ。だが、男に惚れる男がいるのは知っている」


 この堅物公爵令息は、私が女だとは気づいてない。


 つまり、わたしが『男好きの男』だと勘違いしている訳だ。


「先輩、深読みし過ぎですよ」

「ふん。俺はお前なんか認めないからな」  


 駄目だ、コイツ。

 無駄な勘繰りで目を光らせたエリアス先輩を置いて、私はそのまま貴賓室を退出した。



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