47.我が儘と恋心
式典が無事に終わり、王城の控室の一室で王城メイドに手伝ってもらい着替えを済ませ、髪を解いてから適当に一本に結い直すと、私は城まで着てきた男物のスーツに着替えた。
コルセットの圧迫感から開放されると、とても体が楽だ。あれに比べたらチェストプロテクターなど、赤子の産着に等しい。
「えっ?! もう着替えたのか?!」
控室から出てきた私を見るなり、エリアス先輩は愕然とした。
「可愛かったのに······せっかく、可愛かったのに!」
「ふんっ」
壁をダンダンと叩いて悔しがる先輩を放置し、無言のまま私は早足で歩き始めた。
「レフィ······待って!」
城の廊下を駆け抜けるような速さで歩く私の後ろを、モーニングコートの正装のままのエリアス先輩が長い足を駆使してピッタリとマークして着いてくる。
くっ! 何でこの人こんな足長いのよ!
撒けないじゃない!
「なんで怒っているんだ?!」
そう、私は怒っているのだ。
さっきの先輩とお父様の会話で全てわかってしまったから。
ランベルト殿下との口約を反故にして、殿下から先輩との婚姻を指示されたのは僅か3週間前のこと。
遠くブルクハウセン国にいるお父様が、ランベルト殿下に私が婚姻を命じられたことなんか公式の通知も出てないのにまだ知る筈がない。
仮に殿下がお父様に直接知らせたとして、いきなり知った事実をあんな風に悟った態度で受け止めるなんて、娘大好きなお父様がとる訳がないのだ。
私は誰にも漏らしてなんかいない。お父様に伝えてはいない。
なら、お父様が知っている理由は一つだけ。あんな風に笑う理由なんて一つしかない。
この婚姻は殿下が私に言い渡す以前から、エリアス先輩から直接お父様に、何度も何度も打診されていたということだ。
ピタリと足を止めて振り返ると、私は先輩をキッと睨んだ。
「いつから?! いつから僕に隠れてお父様に連絡していたんですか?!」
「レ······」
「どうせ貴族間の婚姻ですもんね! 僕の意思なんか関係ないですよね?!」
「レフィ······!」
「ズルいですよ! 先輩言ったじゃない!『絶対に振り向かせてみせる。好きだといわせてみせる』って!」
「レフィ、俺は······」
馬鹿みたい。
こんなことで怒るなんて。
粛々と行なわなければならない国を跨ぐ貴族間の婚姻。
両国の煩雑な手続きを経て、時間をかけて行う手続きは一朝一夕では終わらない大変な作業だ。
そこに当事者の意思など不要だ。
国と国、家と家。それか貴族だ。
私だってわかっている。だけど······!
「先輩は······! エリアス先輩は······僕の気持ちを大切にしてくれたんだって······! 僕の気持ちを大事にしてくれてるんだって······! そんな先輩だから······だから······」
────私は、貴方に恋してしまったのに。
ボロボロと落ちる涙をそのままに私は歯を食いしばって、顔を歪めて、ひたすら先輩を睨んだ。
乙女の涙は美しいとか言ってるやつがいたけど、知るかそんなもん。汚くて結構。そもそも流す涙が惜しいわよ。
「馬鹿みたい! 何が「振り向かせてみせる」よ! 予め決められていたんなら、僕のご機嫌取りなんかする必要なかったでしょ?! 先輩なんか! 先輩なんか!」
「レフィ······ごめん······」
「······好きになんかならなきゃ良かった······!」
「え······」
ボロボロと零れた涙に視界が歪むと、エリアス先輩の香りが私を包んだ。




