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45.王太子の策略

 


 エリアス先輩との誤解が解けた夜、あの後諸々大変だった。


 まず、ランベルト殿下が笑いすぎて立てなくなった。

 廊下に蹲ったまま、今度は私の代わりに殿下が涙を流し始めたのだ。


 ヒーヒーと気管支を通る空気の音は聞こえるものの声が出ず、ぷるぷる震えながら真っ赤に顔を歪ませて、口を必死に抑えていた。声を出して笑うのを堪えていたらしい。


 ルイ兄様とエリアス先輩と私で、取り敢えず執務室にお運びしたが、机をバンバンと叩きながら殿下の笑いは収まらず、主治医を呼ぼうとしたら掠れた声でフィンさんを呼べと言われ、後の対応をフィンさんに託し、その日は解散になった。



「君達は、私を笑い殺す気かね」



 翌日、同じ執務室内で先輩と並んで2人えらく怒られた。

 勝手に笑い死んだのは殿下のせいであって、私に責任はないと思うのだが。いまいち納得出来ない。



 そしてルイ兄様は、ショックのあまりあの後寝込んでしまったらしい。


 昔からやたら私に甘かったルイ兄様は、「溺愛従妹が目の前で他の男とキスをした」事実と「王太子殿下の指示による強制退学と強制婚姻」で頭が破裂したらしい。


 私の前ではいつだって優しく温厚だったルイ兄様には、今回の件で「繊細」の文字が追加された。


 見舞いに行こうと叔父上に手紙を出したが、叔父上からは逆にルイ兄様と個別に会うのを控えるように嗜められた。


 私に連絡を取らないように、と言われた兄様の話も引っかかり、私が叔父上に再度手紙で尋ねると、翌日王城の執務室での仕事中に、叔父上が訪ねてきた。


 ランベルト殿下はにこにこと笑い「ここで話していいよ?」と言うので、殿下の御前であるが、私は叔父上に事の次第を聞き出した。


「すまないレフィ。エリアス君との婚姻については、だいぶ前からランベルト殿下の方から内々に伝えられていたんだ。私はこの国ではレフィの親代わりだから」

「······は?」

「ルイとは従兄妹とはいえ、未婚の男女だ。あまり人目について仲良くさせる訳にはいかないのだよ」

「ま······待って叔父上。私が約束を反故にして殿下から先輩との婚姻を言い渡されたのはついこの間よ?」

「あー······それは、まあ。殿下には先見の明があるというかなんというか······」

「いつ? 最初に殿下に言い渡されたのはいつなの?」

「最初は可能性を示唆されただけたが······まあ、夏の舞踏会の前ぐらいかな」


 ······どういうことだ。

 それって私がまだ学校の貴賓室にいた頃じゃない?


 ランベルト殿下に視線を向けると、殿下は私の視線に気づいて笑った。


 ────やられた······! 

 ランベルト殿下は、私が先輩に打ち明けるのを予想していたんだ。


 殿下に釘をさされたのは、確か合宿の後。ちょうど先輩にチェストプロテクターを見られて······そういえばあの頃から先輩なんかおかしかったっけ。


 叔父上に示唆した頃はまだ憶測の範囲だったのだろう。エリアス先輩がおかしくなり始めたのにきづいて、私を先輩の餌にするために、退学の脅しとワンセットで「その後は全て私の指示に従ってもらうから、そのつもりで」と言ったんだわ。


 なんて腹黒。真っ黒を通り越してどす黒いわ!


「やだなあ。何を怖い顔しているんだい?」


 コイツ······いや、この御方。

 やっぱり意地悪だ。性格も最悪だ。


 腹立たしさを感じながらちらりと仕事中のエリアス先輩に視線を向けると、先輩は雨に打たれたまま棄てられた子犬みたな顔して私を見てた。


「レフィ······」


 ────っっっズルいっ!!


 私は思わずバッと視線を外した


 なにあれ、なにあれ!!

 あんなでっかい図体して、なんて可愛い顔して座ってるのよ!


 叔父上が退出したあとも。私が1人消化しきれない顔でムグムグと口を動かしていると、ランベルト殿下はその様子を見ながらハハハと声を出して笑った。



「ローゼンハイン君。指示に従うという約束は、私は期限を設けてはいないのを知っていたかい?」


「はっ!! つまり永久に······?!」


「別に永久だなんて思っちゃいないよ。ただ君は外国籍の人間だろう? いくら口で忠誠を述べられても私としても色々と心配なんだよね」


「ふぐ······っ! そ、そんな。別に私は殿下の不利益になるようなことなんて······!」


「大丈夫だよ。あの約束についてはどんなに頑張っても君のビザが切れるまでしか通用しないよ。もう脅し文句にはならないからね」


「脅し文句······」


 本当だろうか。

 まあ、退学は記念祭が終わってから順繰り手続きを踏むと言われているが、確かに実際退学になってしまえは「退学させるぞ」と脅されても脅しにはならない。


「ただね、君が私に対して忠義を尽くしてくれないと、君の婚約者の評判には傷がついちゃうかもね」


「······んぐ······っ」


「君がヘマすると、エリアスはこの国で立場が無くなってしまうよ? エリアスは君に対しては酷く純粋で甘いだろう? 君がそれを逆手に取って少しでもおかしな事をした場合、私は容赦なくエリアスと君の首を捕るつもりなんだよね」


「ぐ······っ!!」


「エリアスって尽くす相手にはとことん尽くしてしまう根っからの忠犬気質なんだ。だから今まで手綱は私が一人で握っていたけど、今度は君もその片翼を担うことになる。ならば今度は君の手綱を私が握らざるを得ないんだよ」


「つまり······つまりそれは······」


「君も私の忠犬2号だ。しっかり尽くしたまえ」


「ひ······ヒイィィィ!!」


 怖い! この人怖すぎる!!


「大丈夫大丈夫。君が私に仕える限り、私は君の味方であり続けるよ? 男装して、街に遊びに行くぐらいのことも多めに見てあげるから」


 今更ながら、私がこの腹黒王太子に目をつけられた時点で私の運命は私の手から離れていたんだ。


 ────やっぱりあの時、通訳者なんて断固として断るべきだったんだわ。


 今更思っても後の祭りである。

 しかもあの日に戻れたとしても私はきっと言い負かされて同じ運命を辿っただろう。


 ちらりと先輩をみると、未だ眉を下げてサファイアブルーの瞳をウルウルとしたまま私を見ていた。


「······はあ。分かりました。エリアス先輩の為だから······尽力致します。忠犬の婚約者として」


「レフィ······!!」


 エリアス先輩は頬を染めて嬉しそうに笑った。なんか見えない筈の尻尾までブンブン振られてるのが見える気がする。


「フフ。夫婦になった暁には2人に首輪でもプレゼントしようかな。何色がいいかな?」


「結構です。遠慮申し上げます」


 笑顔の男2人に囲まれて、私はぷりぷりと怒りながら仕事を続けた。



 そして、白い雪がちらちらと舞い散る日、ついに国交50周年記念祭は開催された。




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