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37.男の娘を演じる私はただの娘

 


 劇場を後にした私達は、先輩が予約したというレストランに移動した。待ち合わせが午後と言うこともあって、時刻はもう夕方だが、冬の空はすでに暗く星が瞬いている。


 温かな店内に入ると、中年の案内係は先輩の顔を見ただけで2階の大きな窓がある個室に案内した。


「ああ〜! 楽しかったです! 見てました先輩? 武闘派刑事(デカ)のあの見事な戦いっぷりを!」

「楽しんでもらえて何よりだ」 


 柔らかな子羊のフィレと一緒にマッシュポテトを口に含むと濃厚なソースが絡み合ってとても美味しい。じゃがいもも私もホクホクだ。


「あの手紙のシーン見てました? 別の文字を散りばめて暗号を隠すってカッコいいですよね! 僕が先輩に手紙を書くときは暗号仕立てにしますよ!」

「暗号だらけのラブレター······? 出来れば普通に書いてくれ」

「最後、後輩刑事が傷だらけになって武闘派刑事に未来を託すところ、本当に素晴らしかったですよね。僕も先輩と共に戦って死ぬなら、ああいう死に方を······」

「勝手に戦うな。勝手に死ぬな」


 令嬢の癖に思わずマシンガントークをしてしまう私に、先輩は引くかと思いきや、くすくすと笑いながら私を見ていた。


「僕達もあんな風に信頼出来る先輩後輩でいたいですね」

「············」

「エリアス先輩?」


 ふと、先輩が口を噤んだのを私は不思議に見ていると、先輩はナイフとフォークを置いて、ソーダ水のグラスを持っていた私の手を解きほぐしてから、ゆっくりと掌を重ねた。


「信頼もいいけど」

「······?」

「少しは俺に欲情してよ」


 ────よ、欲情、だと?!


 何を。なんてことを言うの、この人は。


 私は今先輩のフェティシズムに従い、男なのに女装をし、しかしその実態は女だという事実を隠し通しているという、全く持って訳わからん状態にある。


 先輩から見たら私は、ちょっと小柄な可愛い系男子。

 そんな小動物男子に、背の高い倒錯趣味の金髪肉食貴公子を見て欲情しろと、そう言うの?!


「俺は、舞台の間も俳優じゃなくてお前を見てた」

「せ、先輩······」


 じりじりとテーブル越しに近づくエリアス先輩にガッチリと手を掴まれて、私はどうにも身動きがとれない。


「ぼ、僕は······」


 欲情と言われても······。

 先輩は男はとしての私に期待してるんだろうけど、どう足掻いても現代の技術じゃ体の性別は変えられない。男を求める先輩に、女の体の私は対応出来ない。


 故に私はエリアス先輩の要求には応えかねる。


 私はキリッとした面持ちで、精一杯誠実に答えることにした。

 先輩だって、きちんと話せばわかってくれる。涓滴(けんてき)は岩を穿(うが)つと言うし、一念岩をも通すものだ。

 いつか理解してくれるだろう。


「僕じゃ先輩を満足させられません」

「俺はお前じゃなきゃ満足出来ない」


 早々に玉砕したのは私の方だった。




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