36.観劇
女装した私をやたらご機嫌でエスコートした先輩は、そのまま劇場まで歩いた。
一昨日から雪が降っていないから道は濡れておらず綺麗なままで、ヒールを履いた足でも歩きやすかったのに、先輩は歩きづらくないか、抱えて歩こうか、と何度も聞いてきた。
劇場は、とても煌びやかであちこちに主演者の絵や舞台のポスターが貼られており、これを見るだけで私はわくわくとしていた。
先輩が用意してくれたボックス席は6人用の個室だった。私達2人きりでちょっと贅沢すぎるのではと心配してしまう。
「エリアス先輩は普段からボックス席ですか?」
「家族と年に一回くるだけだからな。ボックス席だ」
「僕はね、ブルクハウセン国にいた頃は家族でボックス席だったんですけど、ヴァルテンブルクに来てからは一人なんで1階席に座ってるんです。たまーに凄く期待する舞台はバルコニー席に行きますけど」
「1人······ルイ・リーネルとは来たことないのか」
「え? ルイ兄様? 叔父上と叔母様とかと一緒になら見たことありますけどね」
「······じゃあ、男と2人きりで来るのは初めてなんだな」
「そうですね」
そうか、といって微笑むエリアス先輩はバルコニーに乗り出しオペラグラスを覗き込む私の髪を、上機嫌でフワフワと弄んでいる。よっぽど男の娘がお好きらしい。
舞台が始まると私はもう夢中で、先輩の様子なんて気にすること無く見ていた。
「ゔぅ〜!! 武闘派刑事カッコいいー!」
「なんだ。あんな戦い方の下手くそな男がいいのか?」
「えっ? 下手くそ? だって見てくださいよ! ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、あんなに軽々と倒して······」
「演技だ馬鹿。実際急所に当てずにあんな簡単に倒れないぞ」
「······先輩って、武芸を学んでるんですか?」
「当たり前だ。剣も体術も学んでいる。殿下のお側にいるのに出来ない訳が······」
「凄い!! カッコいい!! 今度僕にも教えてくださいよ!」
「······有難う。でも教えない」
「え、酷いです。何でですか」
教えてもらおうとする身の上で、ブスっと唇を尖らせると、エリアス先輩は耳元に顔を寄せてくすりと笑って言った。
「お前は俺に守られてればいい」
オペラグラスを持つ反対の手を取ると、先輩はゆっくりと手の甲にキスを落とした。
騎士の忠誠みたい······。
そう思うと、何故が胸の辺りがソワソワとした。
何だか変な勘違いをしそうだ。
いや違う。エリアス先輩が好きなのは、男としての私か、男の娘の私であって、女性としての私では無い。
「······先輩は、こういう女装の僕好きなんですね」
「ああ、大好きだ」
────やっぱり、男の娘が大好きなんだ······。
楽しく見ていた舞台が、ちょっとだけ悲しく感じた。
馬鹿だな私は。わかっていたのに。
エリアス先輩に、何を期待していたのだろう。
喉の奥にある不可解な苦さを飲み込んで、私はまたオペラグラスを覗き込んだ。
先輩じゃなく、舞台に集中しようと口を固く閉じた。




