34.倒錯趣味疑惑
ブルクハウセン国からもどってきた私は、日々の忙しさに揉まれながらも、一人になると心ここにあらずの状態で、今も口から零れ落ちるパンをそのままに、昼休みに学校の屋上でボーと曇天を眺めていた。
季節はすでに初冬で、吹き付ける風は冷たいし、何なら細かい雪も舞っている。
だがこれくらいの方が頭がはっきり動き出しそうなので、寒いのを我慢して私はその場に留まった。
鼻が垂れそうだがもうどうでもいい。
伯爵令嬢としては完全にアウトだけれど。
エリアス先輩が、私を好きだと言った。
あの殿下大好きピュア人間の先輩が。
一体、何がどうなってそんな気持ちになってしまったのか、皆目見当もつかない。
あれから随分と考えた。
もしかして先輩は、私が女だと気づいている可能性もあるのではないかと。
いや、でもはっきりとは言われなかったし、あの日やたら容姿を褒めてはいたけど、私の性別を追求することも無かった。
だから、おそらくまだバレてはいないんじゃないかと思うのだ。
それに先輩は元々殿下ラブ······いや、これは先輩が否定したから私の憶測でしかなかった訳だが、それでも殿下の言葉にあんなに頬を染めて喜んでいたのに、いや、それも取り敢えず横に置こう。
エリアス先輩は、私を男と見なした上で、私を好いていると思うのだ。
その場合、彼はベースとしては男色で、女装した男にもときめいてしまうという、そういう少し拗れた性癖を持つことになる。
いや、世の中にはそういう性癖の人がいるのは知っている。ましてここは、祖国より進んだ大国ヴァルテンブルク。ならば性癖もうちの国より進化しているに違いない。
それにしたって、天下の公爵家の令息がそんな変わった趣味趣向を持っているなんて······
「倒錯趣味なんだわ······私は否定はしないけど、公爵家では世継ぎ問題が大変じゃない。揉めるわ。養子でも取る気なのかしら。いや、先輩が両刀使いだってこともか考えられるわね。そしたら世継ぎ問題は万事解決······ん? それなら、やっぱり殿下と恋仲にだってなれるわね。あんなに殿下の言葉に頬を染めてるんだもの。絶対にお好きよね。あ、もしかして、エリアス先輩本人にも女装趣味があったりして······」
「あるかよ、そんなもん」
低い声にビクリと肩が震えた。 振り向くと、倒錯趣味疑惑のエリアス先輩が直ぐ側に立っていて、私なお腹を抱くように腕を伸ばして後ろから抱きしめてきた。
「エ、エリアス先輩······!」
「こんなところでランチ食べてるのか? 風邪引くぞ」
いや、冬の屋上だなんて普通に誰も来ないと踏んでいたのに、何故ここがわかったのだろう。
最近の先輩はちょっとした空き時間に現れる。何処に居ようと現れる。油断ならない。密偵でも雇っているのだろうか。私は別にヴァルテンブルクの国家機密など盗んではいないというのに。
「ひ······人気がない場所で、頭を冷やそうと······」
「ふーん。人気が無い場所で、俺が女装趣味かどうか考えてた訳だ」
「えっ?! いや、言葉の綾というか······!! ほら僕、留学生だから、少し言葉遣いが変なんですよ! だから······」
「こんなにべらべら流暢に喋れる癖に。何時までもそれが通用すると思うなよ?」
なんと、もう天下無敵の留学生エフェクト使えない?! 殆どのブレをこれで補正してきたのに!
「俺の趣味が何か、今試してみようか?」
お腹の上に置かれた手がするすると上に上がったのに気づき、私は全力でその手を掴んで押し返した。
最近のエリアス先輩はやたら接触が多い。
「い、いらないですよ!! ランチ終わりです! 教室に戻ります!!」
慌てた私は先輩から離れようとして、腕を掴まれた。
「待て。週末、デートするぞ」
「······デート······?」
「ああ。ちゃんと馬車で寮まで迎えに行く。準備しておけ」
「······あの、僕まだ行くとは言ってないんですが」
「関係ない。俺が行くと決めたんだ。行くぞ」
「先輩。独裁と自己中は今どき流行りません。今は愛と平和、協調の時代であって······」
「そんな事知らん。舞台のチケットを手に入れた。ボックス席で、『武闘派刑事』とかいう······」
「いく!! 行きます!! あれ見たかったんです! チケット全然手に入らなくて······!!」
「もう一つ『愛と哀しみの果て』という舞台も人気だと聞いたのだが······」
「え、ヤダ。『武闘派刑事』一択です」
「レフィならそう言うと思った」
「舞台、凄い楽しみにしてますね!!」
「デートな。······以外とチョロいな、お前」
こうして私とエリアス先輩の初デートが決まった。




