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32.回顧 sideエリアス 3

 


「エリアス先輩、少しぐらいお話しましょうよ」


 仕事をさせて暫くすると、案の定レフィは俺に話しかけてきた。


 俺を懐柔出来れば、殿下を籠絡できるとでも思っているのだろうか。

 未だこいつの感情の奥底は覗けない。


 だが、どんなにきつく当たっても馬鹿みたいに話しかけてくるのを止めないレフィに俺は苛立ちを覚えた。


 黙っていれば女と見紛う程端整な顔立ち、水色の瞳は不思議な煌めきを持ち、長い亜麻色の髪は艶があり風に靡く様はとても絵になる。


 見ていると妙にムズムズと体が疼いた。


 その容姿で、いつ殿下に取り入ろうとけしかけて来るのか、レフィを見張っている俺は、読み取れない感情よりも、男とも女ともとれる不思議な容姿を目で追うようになっていた。


「エリアス先輩、この洗顔石鹸肌が綺麗になるんです!」

「エリアス先輩、新しいカフスボタン買いに行きましょう」

「エリアス先輩、いい服飾店を見つけたんです!」


 だからどうした。

 石鹸だかカフスボタンだか知らないが勝手に買いに行けば良いだろう? だがレフィは必ず俺に言ってくる。


「これをつけると、絶対に殿下は喜びますよ!」

「殿下は益々エリアス先輩が好きになりますよ!」


 ならお前がやればいいだろう? 何故俺にやらせようとする。


 だが俺の中の忠実な獣は、『殿下に好かれる』と言われると喜んで尻尾を振る。まるで俺自身の喜びのように。


 コレが殿下が言っていた「色を用いて迫ってくる」ということか? いや、違う。あれは色欲の意味であることぐらいわかっているさ。


 ならレフィのやっているこれはなんだ?


 こいつがやっているのは斡旋だ。

 殿下の御名を餌に、俺の外見を何故か綺麗に彩ろうとする。


 一体何のために?

 そうか、ブルクハウセン国からの製品輸入でも企んでいるのか。それならわかる。我が国の利益を自国に持ち帰ろうとする魂胆なのだろう。


 試しに何度かレフィの策略に乗ってやった。こいつがこの後どう出るか、貿易の話をしようものなら一目散に殿下に報告しようと思っていた。


 だけどレフィは何もしてこなかった。


 ただ笑って「褒められて良かったですね、先輩」と言うだけだった。


 そして夏の舞踏会の日、俺の中で何かが変わった。


 長い睫毛と濡れた唇、細い首筋と華奢な鎖骨。胸元はなだらかな曲線を描き、亜麻色の長い髪は雪のような白い肌にかかりフワフワと舞っていた。


 コレが本当に男なのだろうか?


 ダンスをするために抱き寄せた腰は驚くほど細く、香る肌は甘く芳しく、どうしようもなく衝動がこみ上げそうになる。


 そして王侯貴族が集い、取り入るには絶好の場でレフィは言ったのだ。


「エリアス先輩、踊るの楽しいですね」


 あいつの言葉に打算など初めから無かった。


 それに気づいた途端、理性で抑えつけていた本能が体中を駆け巡る。


 どうにもならない想いが溢れ、レフィに会いたくて、レフィに触れたくて、レフィのことしか考えられなくて。


 骨にヒビが入っても会いに行くのを止められなかった。

 俺が不在の間に、他の男がレフィの隣を奪ってしまったら?

 取られてしまう。嫌だ。そんなのは嫌だ。


 繋いだ手は白く細く、余りにも綺麗で身震いがする。

 抱き締めた体は小さく細く折れてしまいそうだった。


 そこで見た、レフィのチェストプロテクター。


 ずっと持っていた疑念は確信に変わる。


 レフィは隠し事など無いと言った。

 辛そうに、涙を流して。




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