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30.回顧  sideエリアス 1

 


 自分が王家に使える身の上だと自覚したのはいつの頃だったろうか。


 この国の王族は(いにしえ)の時代に人外の一族と契約を交わしており、その契約は今もこの大国の領土を強固に守っている。


 そして初代国王の王弟を始祖に持つ我がクライン家もまたこの国と王家に尽くす為、今はこの世界には存在しない魔物の血を体内に入れた一族だった。


 始祖との魔法契約により、『地獄の番犬』と呼ばれた神にも匹敵する力を持った魔物はクライン家に一滴の血を与えていた。


 気の遠くなるような年月を経て、魔法という概念すら失われて尚、今も受け継がれるたった一滴の血は人間としては異常な程の能力を与えていた。


 特定の者の気配を感じたり、敵愾心を持った者や行き過ぎた野心をもつ者を、本能で察知することが出来るのだ。


 どんなに繕っても、俺には心の奥底の闇を見透かすが出来る。


 始祖がどういう契約を結んだか今となっては不明だが、加えて俺達クラインの者は王家の者に逆らえない体質でもあった。


 頭で考えている訳では無い。体が、血の奥底が、反応する。「逆らうな」と。


 この魔物の血の真実を知る者は、王族とクライン家直系の者だけだ。嘘や謀反の意思を持って王城を闊歩する者は、直ぐ様クライン家から王家に伝わることとなっているのを俺は幼くして知った。



 ランベルト殿下と初めて会った10才の時、 王家特有のシルバーブロンドの髪とエメラルドグリーンの美しい瞳を見た瞬間、俺の中の獣が言った。


  ────「かの者は主。逆らうな」と。


 別にランベルト殿下に個人的に好意を持った事はない。


 だけど、殿下に褒められると何故か気分が高揚する。

 殿下に叱咤されると、悲しくなる。

 殿下を貶されると、酷く憤慨する。

 これじゃあまるで殿下の犬だ。


 それでも血の制約のままに、彼に近づく者はその心の闇を暴き、真意を殿下に伝えた。

 それが俺に与えられた役割だったから。


 殿下はいつだって笑っていた。

 それが統治者になる者の仮面と知りつつも、この人の心の闇の深さを見るのは酷く怖かった。王族(あるじ)の真意は魔物の血を持ってしても見えないので、無理に見ようとしなかったけれども。


 父上にその話をすると、王族と同様に心の底が見れない者がいると言われた。


 それは自身の血族と『歌う者』。


 血を与えた古代の魔物は、美しい音楽や歌に弱いと言われている。別に俺は音楽は人並み程度にしか興味はないが、父上には、これは特定の女性を表す比喩だと言われた。


『歌う者』とは、魔物の血を持つクラインの男にとっては、抗えない魅力を持つ女性のことをいう。


 本能で察知すると、我が物にしたい欲求に駆られ、どうしようもなく恋い焦がれ、彼女達を見つけたにも関わらず手に入れられないと、俺達クライン家の男は暴走することもあるのだという。


 総じて彼女達は嫉妬や打算、野心には縁遠く、興味を持ったものには行動的に動き回るような快活な女性が多いと言われている。


 殿下は『歌う者』のことを「犬が好みそうな可愛いオモチャ」だと揶揄していた。


 そして、父上にとっての『歌う者』は、平民出の俺の母であった。


 15才を過ぎ、殿下と共に王立第1高等学院に通学を始め、昨今この学校には女子がいないと聞いた時は酷く安心した。


 女性の心の闇は男の其れより深いから。


 貴族の家の女性達は、顔も真意も扇で隠し、耳障りの良い言葉で相手を蹴落とす強さと醜さを兼ね備えているのが常だ。


 当然適齢期と言われる殿下や俺に対しても、頭に響く程の野心を持って近づいてくるのだ。


 まあ、彼女達の場合、言わなくても殿下は真意に気づいていたけれど。


 彼女達に対しての対応は酷く面倒なので、男子校化したこの学校は俺にとっては有り難かった。


 が、俺もちょっと甘かった。


 これだけ男しかいない鬱屈した空間では、今度は男が男に対して求愛する者が出てきたからだ。


 これは学校に来て初めて知った事実だった。


 特に、見目が良いと言われるランベルト殿下や俺は恰好のターゲットで、殿下の従者フィンと共に何度か実力を持って振り払うこともあった。


 そんなおかしな学校生活を2年過ごし、3年に進級した春だった。


 あいつと出会ったのは。




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