28.金木犀 1
秋のブルクハウセン国の夜は少し冷えるが、お目当ての花はその香りをすぐに届けてくれた。
「金木犀です、先輩」
テラスには小さな庭園が組み込まれている。
その中に春夏秋冬の花々や木が植えられていて、以前来た時その香りに釣られて覗いてみたことがあるのだ。
「凄いな。小さな花が集まっているのか? 良い香りだ」
「はい。この香り、僕も大好きです」
サアッと、風が吹き抜け、金木犀の小さな花が舞い落ちた。
「花のシャワーですね」
「秋の花か。香りが強いのだな······でも好みの香りだ」
「先輩はもっと大輪の華やかな花が好きかと思ってましたけど」
「春や夏の花は華々しいものが多いからな。だが本当に芳しい花は、見目を隠しても偽ってもわかってしまうものだ。俺はそういう花の方が好きだよ」
じっと私の目を見ながら先輩はそう言った。
花のこと、だよね? 他意はない、筈なんだけど······。
いつの間にか繋いでいた手から伝わる熱で、私はおかしな勘違いをしそうで、首をぷるぷると振った。
「少し座ろうか」
促されて、二人でベンチに腰掛けた。 目の前には緩やかな風に乗って金木犀の小さな花がくるくると舞い散る。
「舞踏会ですもんね。花もダンスしてるみたい」
「綺麗だな······花言葉はあるのか?」
花言葉はこの大陸ではよく手紙の中の隠語に使われる。
特に貴族間では恋人同志の愛の手紙や、場合によっては仕事上の暗号になったりもするのだ。
花言葉は、一つの花に複数意味がある。手紙の中で前後の文脈からどの意味を受け取るかで印象は大きく異なるので、そこは文章の作り手の知的レベルが反映されると言われている。
「金木犀はたくさんありますよ。『謙遜』と『陶酔』とか『誘惑』とか」
「『誘惑』ね。この香りだものな。他には?」
「『気高い人』って意味もあります。あと」
「あと?」
「『初恋』と······」
「うん」
「『真実』······」
自分で言葉にして、ほんの少し落ち込んだ。
こんな素敵な舞踏会の日に、嘘つきの私が言うべき言葉ではない。
ランベルト殿下が配慮してくれたから、親や親戚に会っても体面を繕えている。だけど、私自身はエリアス先輩に嘘を突き通しているのだ。
目を伏せていると、エリアス先輩が私の手をぎゅっと握った。
「······レフィ」
「はい」
「お前が、例えどこの国の誰であったとしても」
「······先輩?」
「お前はお前だ」
先輩の大きな手のひらが頬に触れた。
どうして今、そんなことを。
────もしかして先輩は、私が女だと気づいている?
「レフィ······俺は······」
心臓がトクトクと早くなる。
雲に隠れていた月明かりが差した瞬間。
私は先輩の腕の中にいた。
あの夜の海の時と同じ。
強く、強く抱き締められて。




