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16.合宿 1

 


 ついに、面倒なこの日が来た。


 学校の2〜3年合同行事、海での合宿である。


 この行事を知った日から、どうやってやり過ごそうか、それだけを考えていたが、所詮一泊二日の旅だ。先生達とも打ち合わせしたし、多分大丈夫だろう。


 海までの移動は約2時間、ぎゅうぎゅうに人が乗った数十台の馬車で動いた。


 合宿と言っても、宿泊施設は普通のホテルで、皆シングルルームを一人一つずつ借りているため夜は寮とさほど変わらない。


 ただ日中は海を使ってひたすら水泳をし、夕飯はホテル敷地内広場にある屋外炊事場で自炊をし、身体を鍛えつつ学生同士の友情を深めるという謎イベントをするのである。


 先生達との協議の結果、私は昨年度使った持病持ちというプランをそのまま引用して水泳は不参加。代わりに近隣の海洋博物館に併設されている小さなカフェで一日お手伝いをすることで水泳を免れることとなった。


 すでに初秋のため、日中の日差しはまだ高いが、観光シーズンのピークを過ぎだ海岸は、まばらに海に入るものはいるものの、ビーチは決して混んではいない。学生達の使いたい放題だ。


 ホテルに荷物を置くと、先生方と同級生に挨拶をして私は指定された海洋博物館へ制服で向かった。


 博物館はさほど大きなものではないようだ。

 入口付近にあるカフェは小さなもので、流石公営施設というか、メニューがコーヒーとダージリンティー、アールグレイティーの三択しか無い。


 そこにいた従業員はお婆ちゃん一人だけで、民族衣装を着た彼女は、ニコニコとカウンターから出てくると柔らかい笑顔で挨拶をしてくださった。


 私が学校からお手伝いに来ましたと名前と学校名を伝えると、店の奥から似たような生地の別の衣装を出してきた。


「コレが制服なので、これに着替えてね。レフィちゃん」


 ニコニコと笑いながら渡された制服は······


「これは······ディアンドル······っ!!!!」


 パフスリーブ袖に丸襟の白いブラウスと、ウエストを絞った深緑の膝丈ジャンパースカートは女性らしさ全開だ。スカートの上につける白いエプロンにはこれまた可愛らしい花柄模様の刺繍が裾に施されている。


乙女······こんなのただの乙女だ!!


「あ、あの、僕は······」

「たまに学校の生徒さんが来てくれるんだけど、今日は可愛らしい店員さんが来てくれて嬉しいわ」


 ぐ······!

 こんなお婆ちゃんに「可愛らしい」とか言われニコニコと笑みを向けられると「男物貸してください」なんて言いにくいじゃない。


 学校の人間はみんな水泳中だ。仮に先生が来たとしても、先生方は私の性別を知っている訳だし、問題は······多分無い。


「あ、有難うございます」


 奥の小さな控室で着替えて出てくると、ゆったりと括っていた私の亜麻色の髪を、お婆ちゃんはおさげに結い直し、これまた何とも可愛い深緑のリボンをつけてくれた。


「まあ。私ねえ、こんな可愛らしい孫が欲しかったのよ。この服ね、私の故郷で作っているのよ。可愛いでしょう? でもうちの孫は男の子ばかりだから」


 そんな風に言われると、頑張りたくなっちゃうじゃない。


 店員さんはおろか、働いたことすらない私は、どうやってお手伝いしたら良いかとお婆ちゃんに聞いた。すると、お客さんが来たら好きな席に座ってもらい、3つの飲み物のうち飲みたいものを聞き出し、カウンターにいるお婆ちゃんに伝え、出されたドリンクをそのままお客さんに出すと良い、と言われた。


「あとね、お客さんが来たら『いらっしゃいませ』、退店する時は『有難うございました』とご挨拶は必ずしてね」


 成る程、と私はお婆ちゃんの言う事に頷いた。


 確かに母国でもレストランに行くと必ず「いらっしゃいませ」と言われていたし、何となくイメージは湧く。


 平民街で何度かパブやカフェに潜りこんだこともあるので、過去の店員さんの記憶を元に私はイメトレをした。


 お婆ちゃんの言う事だけであれば私でも出来そうだ。

 ここでは客への椅子の押し引きはしなくて良いらしいし、取り敢えずニコニコと笑って元気に挨拶して欲しいと念押しされた。


 気合をいれてお手伝いに臨んだが、実際客は近所のおじいちゃん一人しかまだ来ていない。


 取り敢えずニコニコ笑顔で「いらっしゃいませ」と言ったら、「若い頃のばあさんにそっくりじゃ!ふぉふぉふぉ!」となんか笑われてしまった。


 次こそはと思い、店に入ってきた影に私は全力の笑顔で「いらっしゃいませ!」と声を上げた。


「············レフィ?」


 エリアス先輩だった。


 先輩は満面の笑みを浮かべた私の顔をじっと見ると、視線を下にゆっくりと下げて、またゆっくりとあげて私の瞳を見つめると、突然顔を真っ赤にして、口をハクハクと開けたり開いたりしていた。


 見られたショックと恥ずかしさで、私もまた顔を真っ赤にして口を魚のようにパクパクと開けていた。



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