15.夏休み明けのおかしな先輩
リーネル侯爵領で過ごした2週間はあっという間だった。
領地には湖と小さな森があって、毎年そこで涼しく過ごすのが私のルーティンだった。
元々は亡きお母様の隠れ家で、毎年夏休みになるとお母様とルイ兄様と私と弟の4人で湖畔で涼み、魚を獲り、森で遊んでいた。
ルイ兄様と弟は昔から泳ぎが得意だったけど、私は泳ぎだけは下手っぴで、浅瀬で足をつけて遊ぶ程度だけどそれでも水と戯れるだけで楽しかった。
いつもならこのあとブルクハウセン国に戻り、今度はローゼンハイン伯爵領に滞在するのだが、私が向かう先は学校の寮だった。
5つ年上の優しいルイ兄様に見ていただいた宿題片手に、夏休みが明けた学校の初日、事件は起こった。
「何をされているんですか」
「待ってた」
まだ朝でも日差しが強い初秋なのに、エリアス先輩が仁王立ちで学校の門で待ち構えていた。
「ランベルト殿下ですか? 僕はまだ見てませんよ?」
「違う。お前を待ってた」
何故私を?
取り敢えず校内に入り、廊下を歩きながら話を聞くと、エリアス先輩はこの2週間私と連絡を取ろうとしたものの、然程交流がある訳でもないリーネル侯爵領に、しかも居候の私宛に突然連絡するのも憚られ、一人悶々と悩んでいたそうなのだ。
「緊急のご用事だったのですか? ならばクライン公爵様から叔父上宛に連絡してくだされば直ぐにつかまりましたよ?」
「馬鹿! そんな大事に出来るか!」
「だって急ぎだったのですよね? どうしました? 殿下に何か言われたとか······」
エリアス先輩のことだ。どうせランベルト殿下絡みだろう。
先輩は下を見ながら苦い顔でポツリと言った。
「······宿題······誰に教えてもらったんだ?」
「······は?」
「だから、夏休みの宿題だよ! ちゃんと最後まで見てあげないまま帰してしまっただろ?」
ああ。そういえば、エリアス先輩と最後にあった日、ランベルト殿下から「今日は解散だ」って言われてそのまま翌日にはリーネル侯爵領に行ったっけ。
「ルイ兄様に見て頂きましたけど」
「んな······っ!!」
途端に先輩の顔が蒼白になった。
「お······俺がちゃんと、お前を見て無かったから······」
「見てないって······物理的に離れて生活してたんですから、見れる訳ないでしょう?」
「ル······ルイ・リーネルはお前に優しかったのか······?」
エリアス先輩の手はブルブルと震えだした。何を言っているんだコイツは。
「······? まあ。ルイ兄様は昔から優しいですよ」
「勉強だけか?! 二人で他に何をした?!」
「······???? 何って。湖畔で過ごしましたよ。あと、森を散策したりとか」
「二人きりで湖畔を······?!」
まあ今回たまたま二人きりだったけど、昔はお母様もいたし、いつもなら弟もいる。なんてことはない。家族の憩いのひと時だ。
「······いや、先に目を離したのは俺の方だ。俺が悪い」
「さっきから何言ってるんですか。それにもう、2年の教室ついちゃいますよ。先輩の教室はあっちでしょう?」
「放課後迎えに来る。一緒に王城に行こう。先に行くなよ? ちゃんと俺の目の届くところにいてくれ」
「······僕、幼児じゃないんですけど」
それからエリアス先輩は放課後になると毎日私の前に現れるようになった。




