第三話 いざ魔法学園へ
お待たせいたしました。
毎回、この時間に投稿できれば良いのですが。
応接室から離れた部屋で待機していたコリンズが俺に歩み寄る。
「お疲れ様です。どうでした?」
「私の望みがあまりにもささやかだったもので、国王陛下が申し訳なさそうな顔をしておいででした」
「はあ、それはそれは」
「逆に訊きますけど、歴代の勇者様たちはどのような望みを口にしてましたか?」
「大金持ちになりたいとか美女を侍らせたいとか、一国の主になりたいと申す者もいたようです」
「……欲望に忠実ですね」
そんな願いをした者たちは年若い者ばかりだったんだろうなと、呆れた気持ちになり、俺が若い頃もそうしていただろうなと反省した。
あまりにもわがままを言い過ぎた奴は、不審な死を遂げたのだろうけど。
物騒な考えが脳裏を掠めたが口には出さなかった。
「……故郷に帰った者はいないのですか?」
「数は少ないですが、おりますよ。勇者殿と同じく残してきた家族が待っているからと」
「ふむふむ」
「中には家族と不仲で、心機一転してここで新たな生活を始める方もいらっしゃったそうです」
「まあ、いるでしょうね」
世の中、家庭円満ならいざこざは起きない。
「ところでそろそろ夕食の時間なのですが、ここで食べていかれますか?」
「ああ、私にとっては敷居が高いので、どこか適当な場所で食事を取れたらなと思ってます。……厨房の賄いでも構いませんよ?」
「いえ、さすがに勇者殿にそれはどうかと。食堂に案内します。ついてきてください」
「分かりました」
食堂は登城した貴族を出迎えるためのものか、かなり室内の広い場所へ通された。
勇者一人のためにここまでされると恐縮してしまう。
この国が豊かな証拠かな。食事は一人で食べきれる量を頼んでおいたけど、……過剰じゃなければいいなあ。
俺の心配をよそに、食事量は多くもなく少なくもなく、フランス料理っぽかった。学生時代に習っていて良かったテーブルマナー。
食事中に壁際にずらりと並ぶ幽霊メイドたちが壮観だなあ。
魔法の照明でくまなく照らされる室内を、それとなく見回しながら食べる。
ここまで持て成さなくてもいいのに。というかあれか、貴族の格式というか見栄か。
恙なく食事を終え紅茶を飲み、一緒に食事をとっていたコリンズに声をかける。
「この後の私の予定ってどうなっているんですか?」
「風呂に入られて就寝となっておりますが、何か?」
中世ヨーロッパ風と見ていたのであるが、ぎょっとする。
「風呂に入ることができるのですか? 水や薪は貴重だったりしませんか?」
「ご心配には及びません。水や火は魔法で足りてしまいますので」
「……便利ですねえ。ということは、平民の家庭でもそれが一般的と?」
「一般家庭で使われる水の量と火であれば十分可能です」
「へええ」
魔法文明は意外にも発達していた。
てっきり、魔法は貴族のみでしか使えないものだとばかり思ってた。
意外に思っていると、コリンズが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「失礼ですが、勇者殿の故郷では風呂は一般的ではないのですか?」
「気軽に安武と呼んでください。いえ、一般的です。病気を遠ざけるためと健康のため、清潔に保つのが主な理由です」
「それはこちらも同じですね」
彼の話を聞いていると、存外日本の文明とあまり差は無い気がしてきた。
しまったな、この世界に銃が存在しているかウェスティンに訊くのを忘れていた。
そう反省するも、逆に思う。
不用意に相手に存在を教えて、万が一実用化されたら困るから言わなくて正解だったかも。
銃がこの世界で実用化された場合、脳裏をよぎるのは第一次世界大戦のペタン要塞攻略戦だ。あれ一つ獲るのに十万人が犠牲になったのだったか。
勇者が教えたばかりに大量の死者が出るというのは避けたい。
「では、浴室へ案内します」
「お願いします。あ、でも着替えがありません」
そういえば着替えを持たされていない。
「ご用意しておりますのでご安心ください」
「お手数おかけします」
「いえいえ」
そして浴室。
広い、以上。
と表現したものの、日本風に言えば昭和時代の風呂屋さんの浴場に近い。
コリンズは親切にも勝手が分からないだろうからという理由で同行している。当然お互いに裸だ。
それは良い。良くないのは……。
ちらりと視線を走らせると壁際に幽霊メイドが複数いるのが見える。
正直、落ち着かない。
「どうかなさいましたか?」
「ああいえ、メイドたちの世話にならずに風呂に入るのが普通でしたので、戸惑っています」
「なるほど。ですがお気になさらず、背景か何かだとお思いください」
普段から慣れていると思われる、少しも動じないコリンズに感心した。
いや、こっちが落ち着かないんだよ。幽霊とはいえうら若き女性だぞ。
もたもたしているのもどうかと思ったので、さっさと目的を達成することにした。
風呂に入る礼儀として、まずは体を洗って汚れを落としてから湯船に入ることにする。
近くにあった椅子に何気なく座った直後、背後に気配が生まれた。
『お背中を流させていただきます』
「うひぃっ」
いきなりのことで思わず変な声が出た。
足が滑らないように注意しながら中腰で振り返ると、石鹸を持った幽霊メイドが膝をついた姿勢できょとんと俺を見ている。
「あ、いや、自分でできますから。間に合ってます」
『それでは私たちの存在意義がありません』
意味不明の返答があって頭が痛くなった。
背中を流さないだけで揺らぐ存在意義とは一体……。
内心困惑していると、別のメイドに背中を洗われているコリンズが声をかけてきた。
「ヤスタケ殿、落ち着いて。彼女たちも己に課せられた仕事がございます。素直に背中をお預けください」
「ええー」
メイドを見て思案する。
……背中くらい何だ、郷に入っては郷に従えと言うじゃないか。
男は度胸、とメイドに背中を向けてどかりと椅子に座り直す。
「やってください」
『では、失礼いたします』
ぺたり、と掌を背中に直接つけられたような感覚がした。
え、もしかしなくとも素手で洗うのかよ!?
他人の手で洗われる感触は気恥ずかしい。
我慢だ、我慢……。
ある意味で拷問に等しき所業を耐え抜き、何事もなく背中を流され終わった。
『終わりました』
「……ありがとう。それでは……」
後は自分で洗うからと言おうとしたが、メイドが言葉をかぶせてきた。
『次は前を向いてください。洗わせていただきます』
「さすがに拒否するわ、恥ずかしい!」
思わず素が出た。
『えー』
女性が表情を変えないまま抗議らしき声を上げた。
声が棒読みだ。面白がってるだろう!
精神的な頭痛に悩まされていると、コリンズが会話に割って入ってくる。
「からかわれていますよ。……気にしないでください、本来は前は自分で洗います」
コリンズはどこか疲れたような笑みを浮かべる。
そうだろうと思ったよ。
内心でため息をつきつつ、気を取り直してメイドにぴしゃりと言う。
「石鹸を貸して下さい。自分で洗うので」
『分かりました、どうぞお使いくださいませ』
俺が突き出した掌の上に、メイドは微笑みながら石鹸とタオルを手渡した。
こうして、何とか全身を洗い終わった俺は無事、コリンズと風呂に入ることになった。
「コリンズさん、幽霊メイドのあしらい方が上手いですね。コツを教えていただけませんか?」
「経験ですかねえ。私も若い頃は散々からかわれましたよ」
対面でコリンズはしみじみと語る。
俺の年で経験積んでも意味が無い。長くこっちに留まるつもりなんて無いし、どうせすぐ故郷に帰るからな。
それよりも彼女たちを心配する気持ちが持ち上がってきた。
「メイドさんが目上の人にあんなにはっちゃけていると、見ていて心配になってくるんですけども大丈夫ですか?」
「普通、親しい人にしかからかわないのですが、不思議ですねえ。」
「私、初対面のはずなんですが……」
舐められているのか、人物像を把握しようとわざとやっているのだろうか。
「それと彼女たちには物理攻撃は全く効きませんので、むきになるだけ時間の無駄ですよ」
実体が無いからすり抜けてしまうのだろう。逆に言えば、魔法なら効くという彼の回答に納得する。
あれ、じゃあ何で彼女たちは物体に触れることができるんだ?
彼女たちの意思で自在に触れたりすり抜けたりできるということか。
「怖がられたりしないんですか?」
「彼女たち幽霊族は基本、人間に対して友好的ですので」
「そうなんですか……。いや、待ってください、この世界って魔物とかいたりしますか?」
「いますよー。それがどうか……、ああ、なるほど、幽霊族は魔物ではありませんよ。魔物の中に悪霊と分類されているのが存在しますが、彼らは元は人間種が死んだ後、変化するもので、対する幽霊族は一つの種族です」
「つまり?」
「二つは似て非なるもので簡単に見分けがつきますよ。何故かと言えば、悪霊は生きている人間に対して無差別に襲いかかってくるからです」
「なるほど」
一人頷いていると、コリンズはところで、と話題を変える。
「明日のご予定なのですが、ヤスタケ殿を魔法学園へ案内します。入学……というか、今の時期だと編入手続きをしていただく事になります。ちなみに中等部と高等部、それに学力と実力次第では専門科を掛け持ちで学んでいただきます」
「いきなりですね」
「戦争中ですので、国はヤスタケ殿をなるべく早く戦力化したいと考えておいでです」
「言語理解の魔法をかけられたのですが、読み書きも応用可能ですか?」
「昔は無理でしたが、改良を重ねたおかげで可能となりました。幼子たちと一緒にお勉強する必要はありません」
「ほお、便利ですね。……ん? ということは、幼子たちに言語理解の魔法をかけてしまえば勉強の意味は無いのでは?」
「あの魔法、大人相手に使うならまだしも、子供に使うと耐えきれずに頭がぱあになる可能性が高いのでできません」
「おい」
無意識に出た突っ込みは異様に低い声だった。
そんな危険な魔法を俺に使ったのかよ!
半眼になる俺にコリンズは両手を見せる。
「まあまあ、言語理解の魔法は一般的に使用されている安全性の高い物です。他国の言語をいちいち勉強する手間が省けるので、商売をしている者たちがこぞって利用しています」
「……ということは、私が故郷に帰れば、色々な国の人間との会話が勉強無しでできるということですか」
「そのように考えていただいて結構です」
「……ちなみに、この魔法の効果は一時的なものですか?」
「いえ、一度使用されれば永続的……死ぬまで有効です」
「いよっしゃ」
両手を拳に握って喜ぶ。
今の会社をクビになっても、すぐに再就職できるな。というか、引く手数多ではなかろうか。
強制的に呼び出されたことに不快感を抱いていたが、恩恵もあったことが分かったので、まだ他にも不満はあるものの無理矢理納得することにした。
その後特に必要な連絡事項は無く、この世界の日常的な世間話を聞いて風呂から上がった。
故郷に帰還できる日が来るだろうか? 大騒ぎになってるだろうなあ。親父もお袋も心労で倒れなきゃいいけど。
そんな悩みを脳の片隅に押しのけ、用意された寝室までコリンズに案内され、今夜はここで就寝することになった。
ちなみに寝室も広い。ベッドも大きい。一人で寝るには過剰ではないだろうか。
『何か御用の際はこのベルをお鳴らしください。では、良い夢を』
幽霊メイドはそう言って、扉を開閉せずに廊下へとすり抜け出て行った。
「横着するなよ……」
幽霊だからできる芸当に半ば感心しつつも、残り半分は呆れる。
特に用も無いので早々にベッドに潜り込み、今後の事を考える。
勉強、苦手なんだよな。
暗記は得意だったが、あくまで雑学といった趣味丸出しの方に偏っていたため、中学高校と成績は悪かった。
今日は色々ありすぎて精神的に疲れた。
明日以降の不安を抱えつつ悶々《もんもん》としていたが、眠気が増していつの間にか意識は闇へと落ちていった。
◆ ◆ ◆
翌朝、トイレと朝食を済ませた俺は用意された魔法学園の学生服を着て、コリンズと共に馬車で学園内の事務棟の入り口まで連れて行かれた。
学園の敷地は広大で、簡略図が掲示板になければ確実に迷うくらいのものだった。
入り口で待っていた職員が俺たちを出迎える。
「勇者ヤスタケ様、ようこそ王立魔法学園へ。学園長がお待ちです。どうぞこちらへ」
職員を先頭にコリンズと一緒に事務棟内へ入ると、三階の学園長室まで案内される。
中に入ると執務机の向こう側に白いひげを蓄えた老人が立っていた。
「ようこそ勇者ヤスタケ様。私は学園長のサリュー・マッケンローです」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
互いにお辞儀した後、コリンズは俺に耳打ちした。
「学園長は公爵の家柄です。学生たちの自主性を重んじており、貴族同士の諍いを持ち込まれるのは許しません」
「素晴らしいですね」
権力が強いから成せる事だ。人格者とはこうありたいものだと感じた。
「早速、ヤスタケ様の教育計画を組んでみたいのですがよろしいでしょうか?」
呼び出されてから間もないのに、随分急いでいるようだ。
こちらとしても面倒な手続きは遠慮したいので、頷いておく。
「はい」
「資料によると、貴方の適正は無属性及び闇属性となっておりますがあってますか?」
「間違いないと思われます」
「では、担当する専門の教師を後で紹介します。次に、肉体面の強化の方ですが、剣を習っていたことはありますか?」
「残念ながら、武器を使った戦い方を習っていたことは一度もありません」
「分かりました。どんな武器に適性があるか後で審査します。最後に学力の方ですが、テストを受けた後、成績に応じて然るべき教室に割り振られます。また、必要な知識を習得したい場合は図書館を利用することを許可します。……大まかな方針は以上になりますが、何か質問はございますか?」
「私はこの学園にどのくらいの期間いることになるのでしょうか?」
「戦闘技術や魔法の習熟度合いによりますが、最低でも一年は在籍していただく予定です」
その短さに驚いた。
「たった一年ですか。休んでいる暇なんてないんじゃ……」
「我が国の現状を考慮した場合時間が無いのですが、あまり根を詰めすぎて倒れられても困りますので、ほどほどにしてください」
ほどほど、という表現に意味を図りかねるも、頷いておくことにした。
「分かりました」
「それではまず学力テストから行いますので、別室で受けてください」
こうして俺はテストを受けることになったのだが、結果を言うと、答えられたものもあるし答えられなかったものもある。
その場で採点をされ、点数は良くもなく悪くもなくただ微妙だった。
ちなみに学科の中でも、数学は一人でも食べていける程度の学力を有していることが判明した。
最悪の点数をとった学科は、日本と風習が異なるのが原因で、相手の感情を読み取る国語の文章問題が散々だった。
貴族の考え方や生き方なんて知るわけないだろう。
この結果を見て学園長はこう評した。
「総合的に見て中等部一年程度の実力ですね。次は体力テストに行きましょう」
彼の評価に俺は喜びも怒りもしなかった。
高校の頃は遊んでばっかりだったからな。当然の結果だろう。
テストの中には高校生であれば解ける問題もそこそこあったからだ。
体力テストも結果から言う。
マラソンはなかなかの持久力だったが、陸上部だった高校時代と比べるとかなり落ちていた。
それでも同年代より成績が良いのは走り慣れているせいだろうか。
懸垂などもやってみたが腕力があまりないと判明。
複数の同時対処に後れを取ったりと、不測の事態に陥ったときの状況判断が遅かったりと駄目な部分があちこちあった。むしろ良い点を出した項目が少ない。
仲間達の足を引っ張りそうな結果だ。
「正直、私は勇者に向いていないのではないですか?」
「どちらかといえば、じっくり考えて準備万端の状態での補助役に適しています」
「勇者なのに補助役というのは体裁が悪いのでは?」
「無理に前に出て死なれたらそれこそ困るので、基本は後ろで控えていただけると助かります」
マッケンローの話によると、歴代勇者の中で補助役は非常に珍しく、大抵は前線向きで味方を引っ張っていく役割が多いとのこと。
できれば今回の勇者に加え回復役の聖女様が居てくれれば、バランスの良いパーティーになるだろうとも言われた。
「学園にいるんですか、聖女様」
「聖女見習いが何十人か。まだ神殿に認定されておりませんが、今後に期待しましょう」
選ばれる人の感情は抜きにして、白羽の矢が突き立つような感じだが、とばっちりと諦めてもらうほかないだろう。
「逆に勇者と一緒に行動できるのであれば素直に喜ぶと思いますよ」
「何故ですか?」
「上手くいけば歴史教科書に乗ります。名誉な事ですよ。末代まで自慢できます」
貴族の生き方を見せつけられたような気がした。
「ところで、私たちが行軍の際、食事の準備や寝床の用意は自分たちでやるから、その教育をしてもらえないでしょうか?」
「幽霊族に同行していただいて補助してもらいます。ご安心を」
「……ついてきてくれるんですか?」
「戦いにはあまり向いていませんが、いるのといないのとでは大違いですよ」
「分かりました」
「それでは、一通り試験を終えたので中等部の教室に案内します」
マッケンローが俺が行くクラスを発表する。
「勇者殿のクラスは中等部一年Aクラスです」
「対応が早いですね。というか、そのクラスに行く理由を聞いても?」
「学園長ですから全生徒のデータを網羅しております。……Aクラスは学年内で最も優秀な学力を修めた者たちを集めた集団です」
「それは心強い」
コリンズに連れられて、目的の教室へ歩いて行く。
教室の入り口で待っていて下さいと言い、コリンズは中に入って行った。
まもなく教室の扉からコリンズが顔を出して、入って来て下さいと言われたので中に入る。
俺は生徒たちの顔を観察する。
皆お肌がつやつやプルプルだ。現代の化粧品を使いこなしても、若く見せようとして取り戻せない肌をまとった少年少女たちがそこにいた。
……うん、偏見かもしれないけど、この年なら当たり前のことなんだよなあ。だって、シミやそばかす、痘痕やエクボが一切ない健康的な男女なんだもの。
正直、シミが目立ち始めた自分としても羨ましい。
思えば随分遠くまで来たものだとしみじみ思う。
教壇の前に立ったコリンズが言う。
「耳の速い者もいるだろうが、今日から君たちと一緒に勉強する召喚された勇者だ。驚け、魔王討伐のために召喚されたんだぞ」
教室内が騒めく。
俺から見て生徒たちの反応は懐疑的だ。
そりゃそうだ。君たちと同じ年頃ではないという時点で対象外だろう。
そんな俺の内心をよそに、コリンズの言葉は続く。
「嘘ではない、冗談でもない。彼と共に行動する仲間を募集している。我もと思うものは志願すると良いだろう」
ざっと見た限り、大半の生徒たちが興味を示したが、将来何人同行して何人生き残れるのか心が痛んだ。
とりあえず空いている席に座り、今の時間帯の授業を見学したが、みんな授業に熱心で俺たちの学生時代の授業態度が恥ずかしく思えるくらいの差があった。
人生がかかっているからの理由なんだろうが、それにしても差がありすぎる。自分の命だけでなく、一族の運命がかかっているからなのかもしれない。
まだ幼さが目立つのに、それだけのことを自覚できるという心があること自体にも感心した。
俺たちは子供の頃、親の事は気にしなくていいから無事に育って羽ばたいていけと、背中を押されたもんだがな。
学生時代卒業間際に親に言われたことを思い出した。
まあ、心配で置いていけなかったがね。
これは本腰入れて学ぶ必要がある。怠けているどころか息抜きをする暇などないのではないかと感じる。
鐘の音が鳴り教師が立ち去った直後、次の授業が始まるまでのわずかな時間の間に、生徒達が男女関係なく俺のところに集まってきて色々質問してきた。
いっぺんに話しかけて来られたので戸惑ったが、このクラスの中で一番品格の高そうな貴族に仕切られたのでその後はスムーズになった。
どこから来たのか?
何をしていたのか?
年齢は?
家族は?
結婚しているのか?
勇者に選ばれた感想は?
などと聞かれ、当たり障りのないよう返答したつもりだ。
笑顔で聞いてくる人もいるのだが、中には値踏みをするような顔で訊いてくる人もいた。
こんなおっさんで魔王討伐ができるのかどうか疑っているのだろう。
今のところは自分に自信がないためはっきりとは言えないので正直に答えることにした。
下手に虚勢を張っても意味が無いと思ったからだ。
「みんなが不安に思っているのも当然だろう。……限度はあるかもしれないが、私は私なりに頑張っていくのでどうか温かく見守ってやってほしい」
そんなことを受け答えしていると次の授業のを始めるため別の教師が入ってきた。
彼の後ろにコリンズが本を山のように抱えて入って来る。
「勇者殿の教科書とノートをお持ち致しましたぞ」
「これはどうもすみません、ありがたく受け取らせていただきます」
最初はコリンズさんにどの授業で使うのか教科書を教えてもらい、指定されたページを開ける。教師の話す授業内容が教科書の内容と一致するかどうか確認した後、彼の話す言葉に聞き入る。
どうやら王様から聞いていた現代国際情勢の授業らしいのだが、やってきたばかりなのでちんぷんかんぷんだ。
そんな状態の俺にコリンズが顔を寄せて尋ねてきた。
「どうですか勇者殿、付いて行けそうですか?」
「魔法のおかげである程度は。ですが固有名詞がさっぱりなので、まるで分かりません」
俺の答えにコリンズは苦笑する。
「まぁ最初はそんなものでしょう。慣れるまで時間がかかるかもしれませんが頑張っていきましょう」
「はい、分かりました」
さらにその次の授業は魔法についての座学だった。
試行錯誤してきた魔法を、どのように使えば安全な発動ができるのかどういった内容だった。
話の内容を聞く限り、どうも制御を誤ると大変なことになるらしい。
詳しく知りたかったので手を上げて聞いてみることにした。
先生からの答えは暴発して最悪の場合、体が吹き飛ぶということだった。規模小さなものであれば指がしびれる程度で済むらしい。
あれか、製造業に勤めていた頃、失敗すると指が切断されたりする機械を動かすのと一緒か。
よくあんな環境下で作業できていたなと、内心慄きながら教師に質問する。
「どのくらいまで練習すれば失敗しなくなりますか?」
「水を飲みたいと思ってコップに手を伸ばすのが及第点で、その動作を無意識に行うくらいまでできれば合格です」
「……分かりにくいです」
「微妙な差ですが、大きな違いですよ。とにかく数をこなしましょう」
それは元の世界でも同じだ。練習あるのみだろう。
今後の展開が読めない未来を思うと気分が重くなった。
明日もこの時間に次話を投稿できればと思っています。