隣町での出会い
ミステリア物語の二話です。
お待ちくださっている方がいたら嬉しいです(*'ω'*)
まだまだ続くので、よろしくお願いいたします。
『隣町』
セレンに物心がついたころ、すでに両親はいなかった。
一緒に居たのは双子の弟であるリオウと、祖父であるカクメイだけだった。
カクメイには「お前たちの両親は冒険家で、世界各地を飛び回っている」
だから、いつか迎えに来てくれるまで良い子にしているように。そう、言われて育った。幼いうちは祖父の言葉も信じていたけど、今ではそれが嘘なんだろうなぁとぼんやり思うようになっている。
生まれて13年も経つけれど、一度だって両親を見た覚えはないからだ。
家はぼろいけど貧しくないし、別に村八分にされているわけでもない。近所の人はセレンが小遣い稼ぎにと薪を売ると買ってくれるし、みんな基本的に優しい人ばかりだ。カクメイだって生活に困らないくらいには蓄えを持っているらしい。生活を切り詰めてはいるけれど、別に不自由を感じたことはない。
ただ、リオウはちょっと体調が悪くて、週に一度は病院にかからないといけない。だから、一緒に外で遊ぶことは少ない。リオウは凄く賢くて、何れは王都の大学に進学するだろうとまで言われている。体力バカな自分とは違うのだ。
いつかリオウが王都に行ったら、自分は町に残って普通に学校に通って、カクメイの世話をして。そしてそのまま町で平和に過ごしていくのだろう。そう思っている。
いずれは結婚とかもするかもしれないが、それだってどうなるかはわからない。自分の未来なんて、どうなるかわからないことばかりだ。
「あー気分悪っ」
薪を割りながら、セレンは声に出して言った。
だって未来がわからないと不安になる。リオウや友達に言ったって別に「心配することはない」とか言われるけど、不安なものは不安なのだ。
「どっか行きたいなぁ」
額を滴る汗をグイっとぬぐいながら、セレンはため息を吐く。
昔リオウが読んでくれた物語は面白かった。世界各地を巡って、いろんな冒険をして、様々な宝物を得るという物語。
物語の詳しい内容は覚えていないけれど、今の憂鬱な日々に比べたらきっと輝いているに違いない。
まぁ、まずありえない話だろう。だって、町を出ることを、カクメイが許してくれるとは思えない。日ごろから、お前は後継ぎだから家から出るな、が口癖だもの。
セレンはそう考えて、もう一度大きなため息を吐いた。
今日は朝から町のお偉いさんが家々を回って、宿場区に行くなと注意をしていた。朝食の時にカクメイが詳細を話していたが、興味が無かったから薄っすら覚えている程度だ。
何が起きるのか気になるけれど、行ったら絶対家族に怒られるから行けないけど。
「どっかに驚きとかないかなぁ……」
セレンの呟きは青い空に溶けて消えていった。
アルシェイオスが隣町に着いたのは、まだ日が昇ったばかりのことだった。馬車の中で一晩を過ごし、眠っていたところを隣町に着いたと起こされたのだ。
この町はブルーゼルという宿場町だ。この町から北へ行くとアルシェイオスの故郷があり、東に行けば別の大陸へ行くための船が出る港町。南に行けば王都へ続く道に出て、西へ行けば森林地帯が広がっている。
中央広場で地図を確認しながら、アルシェイオスは屋台で売っていた芋を揚げたものを食べた。熱々だったから火傷しかけたけど、一緒に売っていた冷たいお茶で一気に喉の奥に流し込んだ。
「とりあえず宿決めないとなぁ」
宿場町というだけあって、沢山の旅人が集っているようだ。王都はあまりいい噂を聞かないので、アルシェイオスは東の港町から別の大陸に渡る予定だ。
「せっかくだから、勉強がてら旅をしたいけど。魔法ならフルフル大陸。剣ならイエール大陸。それに、科学を学ぶならカナン諸島かぁ」
魔王軍によって占拠されている地方や島もあるので、その辺りは除外しなければならない。揚げ芋の最後の一つを咀嚼し終えると、アルシェイオスは「とりあえず宿で考えよ」と立ち上がった。
この町は宿の集まる宿場区と、町に住む人々の居住区、それに道具屋や武器屋が軒を連ねる市場区があった。
市場区で食料を調達して宿場区へと向かう。
この辺りは古くからあるらしく、建物にも年季を感じるものが多い。
古き良きと言ったら言葉はいいかもしれないが、建物がひび割れてしまっている場所もあるし、ところどころ立ち入り禁止の看板も見かける。
すでに無人の建物も多いらしく、これで本当に宿場区と呼んでいいのか謎だ。
アルシェイオスがふらふらと宿場区を彷徨っていると、突如としてドーンっと何かが爆発する音がした。
見れば、建物が黒煙を上げながら崩れ落ちていくところだ。
周囲の者たちは悲鳴を上げながら逃げ出し、アルシェイオスもあわててその場から離れる。爆発音は継続的に続いていて、宿泊区の建物がどんどん壊されていく。
周囲は混乱と悲鳴に満ち溢れており、アルシェイオスはとにかく逃げることにした。
どこからか「魔王軍」と叫ぶ者たちの声も聞こえてきたが、今はそれどころではなかった。町の外に出ようと門の前に行くと、なぜか門は閉ざされていた。
「ちょっと、早く門を開けなさいよ!」
叫ぶ女性に対し、門番は「冷静になれ。この季節、町を飛び出せば凍死するだけだ」と言い、門を開けるそぶりすら見せない。その間にもドーンっという爆発音は聞こえてきていて、門に集まる者たちは恐怖に駆られていた。
「落ち着いて。魔王軍の侵攻ではありません、皆さん落ち着いて」
「落ち着いてられっかよ! こちとら命かかってるんだ!」
「命を思うなら町の中に戻ってください。外は雪に覆われています、夜になれば凍って死ぬだけですよ?!」
門番と門の前にいる人々が怒鳴りあう。
アルシェイオスもこの状況に少なからず焦りを抱いていた。
何しろ家を出て三日も経たずこんな事態に陥るとは、思ってもみなかったのだから。
町はなぜか攻撃を受けているし、それなのに門番は外に出してくれないし。
門番はその数をどんどん増やしてきていて、何故か武器を持ち出すものさえいる。
このまま門の前にいてもどうしようもない。他に何とか町の外に出る場所はないだろうか?
アルシェイオスは阿鼻叫喚となっている門の前から離れると、爆発音の比較的少ない場所へ向かい走り出した。
町の中を駆け回り、安全な場所を探す。そういえば、居住区からはあまり爆発音が聞こえない。居住区はシンと静まり返っていた。おかしい、宿屋が密集する地区はあんなに攻撃を受けているのに。
これじゃあまるで、攻撃があることを事前に知っていたみたいじゃないか。
アルシェイオスが居住区の中をうろうろとしていると、沢山の視線を感じた。
誰かに見られている気がする。
アルシェイオスは気持ちが悪くて、居住区の奥へと向かった。そうしてたどり着いたのは町はずれの、ほかの家よりもぼろいというか、少しくたびれた感じの家だった。
家の前には藁で出来た人形がいくつか置かれている。
「何かの道場かな……」
アルシェイオスがその家の前で立ち尽くしていると、家の扉が開いた。
中から出てきたのはアルシェイオスと同じくらいの歳の少年だった。短い黒髪の、鷲色の瞳を持つ、しわくちゃの服を着た少年。
「うちになんか用?」
「あ、いやちょっと町の方が大変だから、逃げてきたっていうか……」
「そりゃあ大変だよ。だって、今日宿屋地区の爆破連絡来てたもん」
少年が当然のように言ってきたので、アルシェイオスは驚いて目を見開くことしかできない。
爆撃について連絡が来ていたって、やばくないか?
「今朝方さぁ、突然連絡が回ってきて。だから、今日はもう宿屋地区に行くなってじぃちゃんに言われてんだよね。それなのに、これから薪を渡しに行かなきゃいけないんだよ」
少年は背中に背負っていた薪を「よいしょ」と背負いなおすと、アルシェイオスの脇を通り抜けて町の方へ向かっていこうとしていた。
「ちょ、ちょっと待って! なんで爆破なんて……」
「詳しくは知らないって。爆破するから住民の皆さんは逃げてください~って言われただけだから」
「ええええなんで?!」
「だから、知らないって」
「こぉらセレン! さっさと行ってこい!」
不意に、第三者の声が聞こえそちらに視線を向けると、セレンと呼ばれた少年の出てきた家の中から老人が現れた。
「げぇ、じぃちゃん……」
「早く行かないと、今晩の夕飯はお前の嫌いな人参ご飯にするぞ!」
「それは勘弁!」
セレンはダッシュして町の方向へと消えていってしまう。
その背を見送ったアルシェイオスに気付いたのか、老人は声をかけてきた。
「君は、旅人かな?」
「あ、はい」
「そうか。悪いが、旅人は今夜泊めてやることはできんのだ」
「それ、それ何でですか?!」
アルシェイオスが気色ばんで老人に尋ねると、老人は首を横に振って言った。
「すまんが、秘匿義務があって」
「そんなぁ……」
アルシェイオスがガクッと肩を落とすと、家の中からもう一つ声が聞こえてきた。
「じぃちゃん、お客さん?」
「え?!」
「おおリオウ。気にするな、直ぐにお帰り頂く」
「え、君さっき町の方に行ったよね?」
家の中から出てきたのは、先ほど出ていった少年と同じ顔をした少年で。アルシェイオスは混乱した。
「セレンの知り合いですか? 僕はリオウ、セレンの双子の弟です」
「あ、双子なんだ。なるほど」
にこりと笑うリオウにアルシェイオスは納得して、その顔をじっくりと見つめた。見れば見るほど先ほどのセレンとそっくりだ。けれど、リオウの方が表情がどこか柔らかいというか。
「それで君、これからどうする?」
「あ、そうだった」
老人の言葉にアルシェイオスは再び絶望を感じた。
宿泊区への攻撃は終わったようだが、今夜泊まる場所もなくなったということで、門の前はいまだに混雑しているだろうし。
それに門番が言っていたように、万が一門の外に出られたとしても野宿したら死ぬだろう。何しろ、アルシェイオスは今まで野宿したことなんてないのだから。野宿用の道具だって、まだ買ってない。凍死するのがおちだ。
「よかったら、うちに泊まっていく?」
「こら、リオウ!」
「本当ですか?! 助かりますぅ!」
「いやいや、旅人を泊めるだけの部屋数がうちにはなくて……」
「じいちゃんいつも言ってるだろう? 困っている人がいたら手を差し伸べるべきだって」
リオウの言葉に老人はガクッと肩を落とし、そしてアルシェイオスに向かって言った。
「我が家に泊ったというのは秘密にしてくれよ」
「勿論です! ありがとうございます!」
「ベッドは僕と一緒でいいかな? 本当に部屋がなくて」
「いいよいいよ! ありがとう」
天からの助けだ。
アルシェイオスはリオウに促されて家の中へと入っていく。
その背を見守りながら、老人は大きなため息を吐いた。背後に誰もいないことを確認すると、そっと扉を閉めるのだった。
家の中に入ると、中は本当に質素というか。物がほとんどない部屋だった。大きな暖炉が一つあって、四人掛けの食卓が一つ。壁には写真がいくつか飾られていて、そのどれもが年季を感じさせる。
「夕飯はスープしかないんだけど、いいかな?」
「全然いいよ! そうだ、泊まらせてもらうお礼にお金を……」
「いいからいいから、気にしないで。座って待ってて」
リオウの言葉にアルシェイオスは頷き、進められるままに席に着く。
「君、名前はなんて言うの?」
「俺はアルシェイオス。長いから、アルって呼んで」
「アル、ね。わかった」
よろしくと言って差し出された手を握る。
リオウの手はアルシェイオスの手よりも厚みがあって、なんというか……。
「リオウって、剣とか使ってる?」
「うん。じいちゃん……カクメイじいちゃんに習ってるんだ」
「そっか! うちの父さんも剣を使ってるんだけど、手の感じが似てるなって思って」
リオウが持ってきてくれたスープの皿を受け取り、アルシェイオスは「ありがとう」と言って受け取る。
具はお世辞にも多いとは言えなかったけれど、寒い中に何時間もいたので、もらったスープは体の芯からジンと温めてくれるような、優しい味がした。
「アルは何で旅なんてしているの? まだ僕やセレンと同い年にしか見えないけど」
「まぁ、色々あってさぁ。旅に出ろ、16歳までに戻ってこい! って、言われたんだ」
「何それ」
クスクス笑うリオウの笑顔に釣られてアルシェイオスも笑みを浮かべる。
「リオウ、儂にもスープを」
「わかったよ、じいちゃん」
「アル君と言ったか、君の剣を見せてもらってもいいかな?」
「はい、これでよければ」
カクメイへ背負っていた剣を手渡す。
カクメイはその剣をまじまじと見つめると、なるほど。と言って剣をアルシェイオスへと返した。
「これは聖剣ではないな」
「そりゃそうですよ!」
アルシェイオスの言葉にカクメイは「確かに」と言い、リオウに手渡されたスープを飲み始める。
「うちは両親ともに冒険家なんだ」
「そうなんだ。うちは……」
アルシェイオスが言いかけたところで、家の扉がバンっと音を立てて開く。
「お帰り、セレン」
「ただいまぁ! 寒いし、腹減ったし、最悪!」
「お客様がいるよ」
「客? あ、さっき家の前に居た人形みたいなやつ!」
セレンの言葉にアルシェイオスはムッとした。
人形ってなんだ。俺は人間だぞ。
けれど、アルシェイオスは顔には出さず自己紹介をする。
「俺はアルシェイオス。今夜一晩お世話になります」
「おぅ!俺はセレン、よろしくな!」
白い歯を輝かせてにっかりと笑うセレン。
こうしてみると、リオウとセレンは表情で随分と差があるようだ。
顔はそっくりなのに、話してみると全然似ていない。
「君はそろそろ休みなさい」
カクメイの言葉にアルシェイオスは頷いて、ならば部屋を案内するとリオウに先導してもらい隣の部屋へと案内してもらう。
「狭くて悪いんだけど……」
部屋の中はやはり家具が少なくて、サイドボードとベッドが二つあるだけだった。
「いやいや、本当に気にしないで大丈夫だから。本当なら屋根付きの場所で寝かせてもらえるだけで十分っていうか! 床でも全然いける!」
「お客様を床で寝かせるわけにはいかないなぁ」
リオウが困ったように言いながら、窓際のベッドを指さす。
「こっちのベッドでいいかな? 僕と一緒に寝ることになるんだけど」
「了解!」
リオウに促されて、アルシェイオスはベッドに潜り込む。すると、直ぐ横にリオウも体を滑り込ませてきた。二人で眠るにはちょっと狭いけど、寒いし丁度良いのかもしれない。
暫く二人で話をしていた。それぞれの生い立ちとか、何が好きで何が嫌いかとか、リオウもセレンも両親にはあったことがないこととか。
そのうちアルシェイオスがあくびをすると、リオウが布団を肩までかけて言った。
「それじゃあ、そろそろ寝ようか。お休み」
「うん、お休み」
カーテンを閉めて、瞳を閉じるとあっという間に眠気が襲ってきた。そういえば昨日は馬車の中で眠ったためあまり寝れなかったし、相当疲れていたのかもしれないな。
アルシェイオスはあっという間に眠りの淵に落ちていき、そのままぐっすりと眠ってしまった。
どれくらい眠っただろうか?
肩をゆすられ、アルシェイオスは目を覚ました。
まだ薄暗い部屋の中。隣にはすやすやと眠るリオウの姿。ならば、誰が肩をゆすってきたのか。
アルシェイオスが顔を上げると、そこにはセレンの姿があった。
「なぁ、なぁ。ちょっと布団から出てきて」
「別にいいけど……」
「リオウは一度寝たら朝まで起きねぇから、跨いでちょっとこっち来いよ」
くわぁっとあくびをしながら、アルシェイオスはリオウを起こさないように体を移動させ、ベッドから降りる。
「それで、なに?」
「率直に言おう。俺も、旅に連れてってくれ!」
お願い、と言って顔の前で両手を合わせるセレンの言葉に、アルシェイオスはどうしたものかと悩む。だって、はいいいですよ。とか、簡単に言えるものじゃないから。
「カクメイじいちゃんには了解もらってるし、俺、それなりに剣の扱いうまいし!」
「え、カクメイさんに了解もらってるの?」
「もらった! むしろ、お前と一緒に行けって言われた!」
だから頼む。そういって両手を合わせたままのセレン。正直気乗りはしないのだが、一晩のお礼もあるし、それに旅の仲間は多い方が楽しいかなと考え、アルシェイオスはセレンの言葉に「うん」と頷いた。
「よっしゃあ、じゃあ一刻も早く出発だ!」
「え?!」
「リオウが起きたら止められるだろうから、リオウが起きる前に出発するんだよ」
「いや、でもお礼とか言いたし」
「そんなんまた来た時にすればいいだろう? さ、早く! じいちゃんも、もう起きてるから」
強引なセレンに引きずられながら、アルシェイオスはすやすや眠るリオウに小さく「ごめんね」と言って支度をし、部屋を出る。
部屋を出るとカクメイが起きていて、アルシェイオスの姿を見ると「うん」と頷き、セレンの肩をバンっと叩いた。
「セレンをよろしく頼む」
「痛いよじいちゃん! それよりも、リオウのこと、頼んだからな?」
「うまく言いくるめる」
カクメイとセレンのやり取りにちょっとした不安を抱きながらも、アルシェイオスは荷物を背負う。
「それじゃあ行こうぜ! 町の外には門からは出れないだろうから、俺の秘密の抜け道通っていくぞ」
「秘密の抜け道?」
「そ。北の森抜けて、街道に出るんだ」
「なるほど」
「気を付けて。何かあればすぐに連絡をするようにな?」
窓の外はまだ薄暗い。雪は降っていないけれど、気温は低いだろう。
カクメイに見送られて、アルシェイオスとセレンは肩を並べて家から出た。
外はやっぱり寒くて、息すら凍ってしまいそうだ。
空にはまだ月が残っていた。
セレンに先導されて北の森を目指す。
「大いなる神々よ、歴代の王達よ。二人の旅路に幸多からんことを……」
明るくなり始めた空へ祈りを捧げる。
先を急ぐ二人の背中は、木々に紛れてあっという間に見えなくなっていった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
また次回も読んでいただけると嬉しいです。