【異世界氷河期】〜交通事故で死んだオレの前に現れたのは閻魔大王でした。『ん?女神は地獄へ追放したよ。何か問題でも?』〜
初投稿作品です。
よろしくお願いします。
【プロローグ】死んだら始まる異世界生活?
オレの人生は、もう本当に呆気なく終わってしまった。
コンビニで買い物して店を出た直後、ハイブリッド車の“ミサイル”が飛んできたのだ。
飛んできた“ミサイル”の方を振り向くと、高齢の運転手が目を見開いて俺を見ていた……。
覚えているのはここまで。
あっという間の出来事だった。
そこから先の記憶がないと言うことは、即死だったのだろう。
苦しまずに死ねたのはラッキーだったのかもしれない。
それにしても、たった17年間の人生って短過ぎだよなぁ。
ミサイルが飛んできた記憶のあと、気がついたらオレはだだっ広い空間に立っていた。
壁もない、柱もない、天井もない。
ただただ広い空間が広がっている。
闇に包まれているわけじゃない。
数メートルくらい先までは見渡すことができる明るさだ。
そして、オレの目の前にはポツンと椅子が1つ。
さらに5メートルくらい前方には大きな机が1つ。
ちょうど椅子と机にスポットライトが当てられているようだ。
これから面接でも受けるのかと思わせるような状況。
「やっぱり死んだんだろうな」
オレは椅子に座りながら、ふと言葉を漏らした。
それにしても、ここはどこだ?
天国ではなさそうだが……。
これから女神さまが現れて、異世界にでも召喚してくれるのだろうか。
(椅子と机があるってことは、そういうことだよな)
オレは都合のいい解釈をして、少しワクワクした。
もし本当に異世界に行けるのだとしたら、ちょっと楽しみではある。
特別な能力をいただいて、心機一転新しい人生を始めることができる。
アニメや小説が好きなヤツなら、世代を問わず“異世界生活“を一度は想像したことがあるはずだ。
いったいどんな能力をいただけるのだろうか。
特別な能力で無双して、可愛い女の子からチヤホヤされるのだろうか。
召喚先はやっぱり剣と魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界か?
間違っても女神本人を異世界へ連れて行くのはやめておこう……。
念願の異世界生活。
いろいろ妄想して胸が高鳴る。
突如、前方が眩しく輝く!
オレは思わず目を瞑ってしまった。
しばらくして恐る恐る目を開けると、目の前には机に片肘ついてコッチを見ている人がいた。
「女神さま!」
オレは思わず叫んだ!
本当に女神様が現れたのだ!
しかし、目の前に現れた人は、たっぷりと髭を生やした大きな男だった。
(あれ? 女神さまが現れるのじゃないのか?)
「ん? わしは閻魔大王じゃよ」
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【第1章】女神さまは!?
「え、閻魔大王……ですか!?」
全く予想していなかった名前を聞かされて、オレは動転した。
「め、女神さまは?」
「あぁ、女神はいろいろあってな。今は地獄で再研修中じゃ」
「はぁ!?」
女神様は地獄で研修中?
いったいどう言うことだ?
全く理解できない……。
「『はぁ?』じゃ無いわい!」
驚いているオレに対して閻魔大王は『やれやれ』と嘆き、呆れた口調で語りかけてきた。
「そもそもの話じゃが、なぜ『死んだら女神が現れる』と思っておるのじゃ。普通は『死んだら閻魔大王が現れる』じゃろ。学校で習わなかったのか?まったく!近頃の若いヤツらは根本的に勘違いをしておる」
「いや、まぁ、確かに言われてみればそうですけど」
(いや、“閻魔大王”って学校で習うことじゃないよな?)
「まぁ、そういうところも女神が再研修をしておる理由なんじゃがの」
「え?え?いったいどう言う事ですか!?」
いまいち、というか、全く要領がつかめない。
「ま、順を追って話をしてやろう」
閻魔大王はオレの方を見据えながら『よっこらしょ』と声に出して椅子に深く座り直した。
そして、ゆっくりとした口調で語りかけてきた。
「まず始めに、人が死んだら通常は【天国か地獄】の二択じゃ。それはお主も分かるな」
「はい」
「ただ、お主の場合は、天国へ行けるほど善行を重ねたわけじゃない。かといって地獄へ送り込むほど悪行を重ねてもおらん。たかが17年間の人生じゃったからの。そういう場合は、普通に0歳からの生まれ変わりを言い渡すのが通例じゃ」
「0歳からの生まれ変わりですか……。えーっと、異世界へ召喚されるという選択肢は……ないのですか?」
「そう。それじゃ!確かに最近まではそういう選択肢も普通にあった」
「最近までは……あった?」
と言うことは、今はもう無いと言うことなのだろうか。
せっかく楽しみにしていた異世界生活なのに……。
「なんじゃ?お主は異世界に行きたいのか?」
「あ、はい。できれば異世界で人生をやり直してみたいです。その、できれば特別な能力をいただいてから……」
「先ほどわしは、女神は地獄で再研修中だと言ったよな」
「はい」
「お主のように若くして死んだ者を片っぱしから異世界へ召喚させた責任をとってもらうために、女神には地獄行きを言い渡したのじゃ!」
「はぁぁぁ?」
どういうことだか、全く分からない。
「ここ20年くらい、ワシの代わりに女神がここの担当じゃった。ワシが天国と地獄の現地視察に行っておったからの。地獄の視察に10年、天国の視察に10年。その間、ここの任務を女神に任せておったのじゃ」
(“天国と地獄の視察”っていったい何なんだよ……)
「女神はお主たちのイメージ通り、慈愛に満ちたヤツじゃ。お主のように若くして亡くなった者、不慮の事故で亡くなった者、誰かを助けた結果亡くなった者。そういった者たちを憐れみ、今までの記憶を持たせたまま異世界へ召喚させてやろうと考えたのが女神じゃ。しかも、特別な能力を与えるという大サービス付きでな」
「はい。私が想像していた通りの内容です」
「女神によって異世界へ召喚された若者は、“今までの人生で得た知識や経験”と“特別に与えられた能力”によって何の苦労もせずに思う存分新しい人生を謳歌することができた。それは普通の人間にとって、叶えたくても絶対に叶わない本当に夢のような生活じゃ」
「簡単に言えば【異世界バブル時代】じゃったと言える」
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【第2章】異世界バブル時代!
「バブル時代の始まりは、全て女神の慈愛からじゃった」
閻魔大王は特に声のトーンを変えることなく、机に肘をついたまま淡々と話を続けた。
「始めは良かった。女神から最大級の慈愛をもらったヤツらはそれなりの節度を弁えながら異世界での新たな人生を謳歌した。中には特別な能力をもらわないまま異世界へ召喚されて、苦労に苦労を重ねながら大きく成長した者もおった……。じゃが、そんなもんは長くは続かなんだ」
そこまで言うと、閻魔大王の目つきがちょっと鋭くなった。
「『死んだら異世界に行ける!』お主のいた世界にこの評判が広まり始めてから、どんどん調子に乗るヤツが出てくるようになった。特に、ここ数年の召喚者はやりたい放題じゃ」
ちょっとずつ、閻魔大王の口調が厳しくなってきている。
「ニートだの、無職だの、引きこもりだの、人生経験がゼロに等しいクズに特別な能力を与えるなんて愚の骨頂じゃよ。人間はな、大きな力を手に入れると本性が剥き出しになる。コミュ力も無い、人生経験も無い、クズに等しい人間が本性剥き出しで特別な能力を使うどうなる?異世界は大混乱じゃ」
閻魔大王の表情が、いつの間にか鬼の形相に変化している!
「【異世界ハーレム】に【俺TUEEEチート無双】した者。あぁ【自称聖女】とかいうクズも同じじゃな。最近は【追放ざまあ】とかいう生き方が流行っておるみたいじゃが……。特別に与えてやった能力を、己の私利私欲を満たすためだけに使いおってからに!おかげで、あらゆる異世界が大混乱じゃよ」
「大混乱……ですか?」
「そうじゃとも。独りよがりの正義を振りかざしてあらゆる異世界を大混乱させた。それが【異世界バブル時代】の“負の遺産”じゃ」
「負の遺産……?」
想像もしていなかった言葉が出てきた。
「考えてもみろ。『前世の記憶・知識と特別な能力を持って異世界に降り立つ』と言うことを。お前らの世界で例えるならば、『ガラパゴス諸島に知能を持ったトラやライオンを解き放つ』ことと同じじゃ。そりゃ好きなだけチート無双ができるってものじゃよ。理性のかけらも無く、傍若無人に、欲望の赴くままに異世界で暴れまくる。最悪じゃよ」
異世界召喚者は主人公だと思っていたのだが、閻魔大王にとってみれば最低最悪の犯罪者でしかないようだ。
「トラやライオンが島を荒らすのと同じように、異世界召喚者は特別な能力をもって異世界を荒らしまくった。更に言うと、当の本人に罪の意識が全く無いのじゃからタチが悪い。『オレ、何かやっちゃいました?』じゃないわい!魔王討伐?何をか言わんやじゃ!異世界人からすれば召喚者こそが魔王じゃよ」
そこまで言うと、閻魔大王は『はぁぁぁぁぁ』と大きく息を吐き出した。
「よって【異世界バブル時代】はもう終わりじゃ。バブルは弾けた。これからは【異世界氷河期】の時代が続くことになる」
「異世界……氷河期!?」
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【第3章】異世界氷河期時代!?
「ん?なんじゃ?【異世界バブル時代】が終わったと言ってやったのに、お主はまだ異世界に行きたそうな顔をしておるの」
「は、はぁ。一応、異世界生活にずっと憧れていたもので、なかなか諦めきれないのです」
「そうか。どうしても異世界に行きたいと願うのであれば、望み通りに召喚させてやることも出来るぞ。今の年齢のまま異世界転移するか、0歳からの異世界転生か、お主の好きな方を選ぶが良い」
「え?いいんですか!?」
「ただし、召喚先は“ただの村”じゃ」
「え?」
「召喚されてすぐに王族や貴族と仲良くなって生活を保障されるところから始まるわけじゃない。いきなり可愛いヒロインが登場してくるわけでもない。辺境の“ただの村”に召喚されて、質素で平凡な生活から人生の再スタートじゃ。もしも召喚先の異世界が飢饉や戦争状態のタイミングなら、呆気なく死ぬことだって十分にあり得るぞ」
「えぇぇぇ!」
「それにな、先ほども言ったように、すでに召喚者が大暴れした後の大混乱している異世界に召喚されることだってあり得る。あっちで暴れ回っている召喚者に殺されるかもしれんな。どこの異世界に召喚されるかはワシにも分からんからの」
傍若無人に暴れまわっている召喚者にとって、新たな召喚者は排除すべき脅威でしか無いということか……。
「あと、特別な能力も与えない。生身の体一つで生き抜く人生じゃ」
「え!ちょっと、それは……」
「特別な能力もない“ただの村人”からスタートする。ただし、前世の記憶・知識は維持したままじゃ。それだけでもかなり“美味しい”ことじゃぞ。そこから成り上がるもよし、落ちぶれるのもよし、全てはお主の頑張り次第じゃ」
「そんなぁ……」
「今までの【異世界バブル時代】に比べれば絶望的なほどメリットはない。まさに【異世界氷河期】に突入したと言えるのぉ」
閻魔大王は嬉しそうに『ギャハハ』と笑い、話を続けた。
「じゃがの、人生とは本来そういうものじゃろ。親ガチャによる運不運はあるかもしれんが、基本的には自分の身一つで頑張るのが人生じゃ。失敗や苦労を重ねるからこそ、人生は楽しいんじゃよ」
「まぁ、それはそうですけど……」
(『そんなつまらない人生とサヨナラできるから異世界生活に憧れるんじゃないか!』と言いたくなる。)
悩ましげにしているオレを見ながら、閻魔大王はグイっと前のめりになりながら話を続けてきた。
「そしてな、これはお主の為の処置でもあるんじゃよ」
「え?オレのため?」
何を言っているのか理解できなかった。
「え?それって、いったいどういうことですか!?」
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【第4章】衝撃の事実!!!
「それはな……」
閻魔大王は、しんみりした表情で語り始めた。
「それはな、異世界でやりたい放題した奴らは、みんな地獄行きを言い渡すことが決まっておるからじゃ。」
「えええ!?地獄行き!?」
「当たり前じゃろ。国や世界を大混乱に巻き込んだ重罪人じゃ。しかも、己の行いを反省するどころか罪を犯した自覚すら持ち合わせておらん。地獄行きは当然じゃろうて」
「い、いや、その前に!異世界で死んでも“ここ”に戻って来るのですか?」
「そうじゃよ。何か問題でも?」
閻魔大王はサラリと答えた。
「い、いえ……」
(そうアッサリ言い返されると、何も答えられない)
「異世界に行きたいお主に、もう少しだけ詳しく教えてやろうかの」
「まず【俺TUEEEチート無双】した奴ら。あと【自称聖女】も同じじゃな。こいつらは最低500年間の地獄暮らしじゃ」
「ご、500年も!?」
「異世界召喚したヤツらの中では最も重い罪じゃ。具体的な内容は今まで話してきたから分かるの。他国を滅ぼしたり、魔王や魔族を滅ぼしたり、神様にでもなったつもりかのぉ?」
「次に【ハーレム無双】したヤツら。こいつらは最低100年間の地獄生活。まぁ、召喚組では一番罪が軽いかの。同じ男として、ハーレムを作りたいという気持ちは分からんでもない。しかしじゃ、神から与えられた特別な能力でハーレム作ってわっしょいするのは流石に見過ごせん」
ハーレムがダメと言われると、夢も希望も無い世界と言える。
まさに氷河期だ。
「あと【ハーレム】+【俺TUEEE】したやつは最低600年。単純に足し算じゃ。【逆ハーレム】+【自称聖女】も同じな。
「『自称』ですか?本物の聖女はOKってことですか?」
「いや、そもそも聖女って何なんじゃ?回復系の魔法が使えてそこそこ可愛い女のことか?お前たちが暮らしていた世界で回復魔法を使えば聖女として崇められるのも分かるが、異世界は魔法が当たり前の世界じゃ。単に“回復魔法が得意な女魔法使い”なだけじゃろ。何を勝手に聖女などと特別扱いしておるのじゃ!」
これが閻魔大王なのか。
男にも女にも全く容赦ない。
「最後に、最近流行りの生き方である【追放ざまぁ】したヤツら。こいつらは最低300年間の地獄生活じゃ」
なんだか閻魔大王の語気が強くなったような気がする。
「こいつらを一言で言えば、『馬鹿に付ける薬はない』ってところかの」
厳しい。
まさに一刀両断だ。
「そもそもだな、能力の優劣以前の問題として人間には性格の相性というものがある。簡単に言えば“気が合うか合わないか“ってことじゃ。気が合わない者とパーティを組んでいても、そのチームは上手く機能はしない。チームスポーツや会社組織と同じじゃ」
「は、はぁ……」
言わんとしていることは何となく分かるのだが……なんだか腑に落ちないのも事実だ。
「合わない人間とはとっととサヨナラするのがお互いのため。最善の方法じゃよ。それを『追放された』などと言うのは逆恨みもいいとこじゃ。しかも仕返しするだけの能力を持っておるのなら、新しい仲間を見つけて心機一転新たな人生をスタートさせれば良いだけじゃろ」
閻魔大王は『嘆かわしい!』と言わんばかりの表情だ。
「これも人生経験の無さが原因かの。追放されたと思うのは単なる被害妄想じゃよ。そんな勘違いから、最善の方法を提示した奴らに『ざまぁ展開』するなど言語道断じゃ。マジで洒落にならんわい」
「『ざまぁ展開』って相手に復讐する場合もありますけど、相手が勝手に落ちぶれていくだけの展開もありますよね?」
復讐するのは確かに安直な行いだが、相手が勝手に落ちぶれていくのは罪にはならないと思った。
「それが身勝手な考え方なんじゃよ。召喚者には特別な能力が与えられておる。それを世のため人のために使うのか、それとも自己満足のために使うのかの違いじゃ。復讐なぞせずとも新しい仲間を見つけて新しい人生を歩めば良いだけじゃろ。相手が落ちぶれて行くのが分かっているのなら、そうなる前に特別な能力で助けてやることは出来んのか?袂を分かったとはいえ、元は一緒に冒険していたメンバーじゃろ」
やれやれと言った表情で語っていた閻魔大王が、急に“満面の笑顔”になった。
なんか怖いんですけど。
「ちなみにな、其奴らがここに戻ってきた時はな『異世界で勘違いしまくったお前は地獄に追放じゃ。ざまぁねえな!いやいやいやいや、土下座で謝ってももう遅い!地獄でスローライフを満喫して来い!』と言うことに決めておる。巨大ブーメランを喰らった顔を見るのは最高に楽しいぞ!ギャッハッハッハッハッハ!」
(閻魔大王よ、お前は地獄に落ちないのか?)
“悪い顔”でひとしきり笑った後、閻魔大王は落ち着いた口調に戻って話を続けた。
「地獄では“死ぬ”ことはない。ただひたすらに拷問を受ける日々が続く。延々と何百年もな。異世界で暴れた奴らが一番悪いのはもちろんじゃが、諸悪の根源はやっぱり【女神】じゃ。死んだ人間を片っぱしから異世界に召喚させまくった罪も見過ごすわけにはいかない。だから女神には地獄で100年間の再研修を命じた」
「えええ!女神さまも、その、他の罪人と同じように痛い思いをしているのですか?」
「いや、どうなっておるのかはワシも知らん。そういうのは向こうに一任しておるからの。他の罪人と同じように肉体的に苦しい思いを味わっておるのか、自分が送り込んだ召喚者を自分の手で痛めつけて精神的に辛い思いを味わっておるのか。肉体的苦痛か精神的苦痛か。どちらにしてもいい薬じゃよ」
(ん?ちょっとだけ悲しい表情?)
「『情けは人のためならず』とは言うけどな、バカに情けをかけても付け上がるだけじゃ。“情け”は巡らずそこで止まって終わる。理性もない、謙虚さもない。感謝の気持ちもない。神から与えられた特別な能力すらも元々自分に備わっていた力だと大いに勘違いをする。そういう残念な人間がたくさんいるという現実を、女神には身をもって理解してもらう必要がある。そのための再研修でもあるのじゃ」
「ああ、それからな。【小説家】も地獄行き確定じゃ。こちらは最大で100年間。一応、本の売り上げに比例して期間を決めることになっておる」
「え!?小説家も……ですか?」
「そうじゃ。書籍化・コミカライズ化で喜んでおる奴らは、文字通り“後で地獄を見る“ことになるのじゃ!」
また、閻魔大王が“悪い顔(満面の笑顔)”になりやがった!
「異世界召喚がさも素晴らしいことであるように“間違った情報”を発信し続けた彼らの罪は決して軽くはない。情報を発信する者として、偏った視点のみの情報を誇張した内容で発信するのは最悪じゃ。“偏向報道”と言っても良いな」
「“偏向報道”ですか?それは、ちょっと極端なのでは?」
「そんなことあるか!それじゃあ、お主に聞くけどな。お主は、召喚者に滅ぼされた魔王や魔族側の視点での情報を見聞きしたことはあるか?国と国との戦争で、召喚者に負けた側の情報を見聞きしたことはあるか?滅された彼らの目には“召喚者”がどのように見えたのか。間違っても“正義の味方”では無かったはずじゃ。今後、お主のような召喚者が降り立つことになる辺境の“ただの村”なんか、“国と国との戦争”や“人間対魔族の戦い”に巻き込まれたら一瞬で滅ぶのだぞ。争いに巻き込まれて滅んだ“名もなき村”のことなんか聞いたことも考えたこともないじゃろ」
「は、はぁ……」
「それに、最近の小説家は異世界の情報すらも正しく発信しておらん。詳しく調べることも無く適当に小説を書いておるから世界観に大きな矛盾が生じておる。その結果、『異世界はご都合主義の世界だ』などと誤った認識が広まってきておる」
「本来、競争社会ではどんな分野でも年々進歩していくはずなのに、小説の世界はなぜか年々退化していっておるの。ほんと、嘆かわしい限りじゃよ。あと、複数の作品を書籍化しておる小説家は、地獄生活の期間も単純に足し算な」
書籍化作家の皆さん、安らかに……。
「あぁ、もちろん、例外はあるぞ。異世界の情報をしっかり調べて丁寧に書き上げた小説家。また、特別な能力を与えられないまま異世界に召喚して、苦労に苦労を重ねて死ぬ思いで這い上がった召喚者。そういう奴らは、おそらく天国行きじゃな。まあ、数は本当に少ないけどの」
(おお!天国行きのチャンスもあるんじゃないか!)
オレはちょっと嬉しくなった。
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【エピローグ】それでもあなたは異世界に行きたいですか?
「ん?お主はまだ異世界に行きたそうな顔をしておるの」
嬉しさがモロに顔に出てしまったようだ。
閻魔大王はオレの想いを瞬時に見抜いた。
「もうちょっと冷静に考えてみろ。そもそも異世界召喚することになんのメリットがあるのじゃ?日本で生まれ変わる方が何十倍も安全じゃぞ。異世界の多くは“剣と魔法の世界”もしくは“魔族やモンスターが蔓延る世界”じゃ。ファンタジーと言えば聞こえはいいかもしれんが、いつ死んでもおかしく無い危険な世界じゃぞ。それに召喚される異世界はお主の暮らしておった世界よりも圧倒的に文明レベルが低い。ネットもスマホも無い。もちろん、お主の好きなアニメや漫画、ラノベも無いぞ。そんな異世界に行って何が楽しいんじゃ?わしには到底理解できんわい」
「まぁ、特別な能力をいただけないのなら、確かに魅力は半減しますね……」
「あぁ、それから一応言っておくが、特別な能力が欲しいなら希望する能力は与えてやるぞ。しかも、好きなだけな」
「え!マジっすか!」
「おう、マジじゃ!ただし、その場合は99%地獄行き確定じゃと思え。それと、地獄行きについて“事前説明”をしておるから、お主の場合は地獄行きが決まったら最低でも1000年間の地獄生活が確定しておるぞ」
「え……、1000年ですか……」
「ああ。最低でも1000年じゃ。今までのヤツらの10倍じゃ。5000年〜6000年も十分にあり得るのぉ。先ほども言ったように、ただひたすらに異世界のために能力を使うのなら天国行きもあり得る。まあ確率は限りなくゼロに等しいじゃろうがな。自分の行いが本当に異世界にとって正しいのかどうかが問われる。ちなみに、人間のためだけの正義は“悪に等しい”と思え」
「え?どういうことですか?」
「魔王や魔族を滅ぼすということは正義でもなんでも無いんじゃ。お主らの世界で例えてやるとだな、『スズメバチは獰猛だから、滅ぼしてしまえ!』という発想と同じじゃ。お主の住んでおった地球に限らず、どこの世界でも“生態系”は存在する。生態系は絶妙なバランスで成り立っておる。食物連鎖と言えば分かりやすいかの?スズメバチを滅ぼす、クマやトラを滅ぼす、蚊を滅ぼす、何をやっても生態系はバランスを大きく崩して世界は大混乱じゃ」
流石に異世界の生態系とかは考えたことも無かった……。
そこまで考えなくちゃならないのか。
「故に、人間の視点のみで善悪の判断をすれば、ほぼ例外なく地獄行きじゃ。私利私欲に溺れる自己中なやつらは論外じゃが、視野を広げて人類のために頑張る行為をしたとしても異世界を混乱させる行為と思え。本当に異世界に住む全ての生き物のために能力を使うことができれば天国行き確定じゃな。全ての生き物には、当然じゃが魔王や魔族も含まれるぞ」
「魔王や魔族と共存しろということですか?」
「そこらへんの判断はお主に任せる。選択肢は一つではないし、答えも一つじゃない。ただ、それを実現するためにはそれ相応の苦労が伴うじゃろう」
(く、苦労はしたく無いなぁ……)
「あと、答えは一つじゃないと言ったが、その中で正解を一つだけ教えてやる。実は『何もしないこと』がベストな選択なんじゃ。人間も魔族も、自然の大きな流れに身を任せるしか無いのじゃよ」
(なんだか、難しい話になってきた気がする……)
「特別な能力を授かったからと言って楽して苦労しない生き方を選んだら、その時点アウトじゃな。別に構わんよ。数十年間、異世界で思う存分いい思いをして、その後に1000年間地獄生活を送る。そういう生き方も悪くはない。“異世界チート生活”なんぞ、普通の人間がどれだけ望んだとしても実現するのは不可能じゃからの。魔族を滅ぼして英雄として持て囃されるのもよし、ハーレム作ってわっしょいするのもよし。好みの女性に囲まれてチヤホヤされる生活は、男なら一度は憧れるものじゃろ?どうしてもお主がそれを望むなら、無理に止めはせんわい」
(なんだ最後の言葉は。悪魔の甘い誘惑じゃねえか!)
「それじゃぁ、そろそろ話をまとめるぞ」
「1つ、今までの【異世界バブル時代】はもう終わり」
「2つ、これからは【異世界氷河期時代】が続く」
「3つ、異世界召喚にこれといったメリットは無い」
「4つ、どうしても異世界に行きたいのなら行かせてやる。望むのならば、特別な能力も好きなだけ与えてやる」
「5つ、異世界で目立った行動をとった場合は、99%地獄行きが確定じゃ。しかも最低1000年間」
ここまで言うと、閻魔大王は一呼吸おいてからこう言った。
「では少年よ、お主の良心に問おう」
「それでもお主は異世界に行きたいのか?」
END