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第一話 運命に見放された娘

「すまぬなアリシア、君との婚約を破棄することになってしまって……しかしまあ、仕方ない」


「そうですね、仕方ない……ですわ」


「まさかこんな事態になるとは思ってもみなかったんだよ。お互いにこれが運命だったのだと諦めよう」


「ええ……ブロイドさま。運命なのですもの、諦めるしかないですわね……」


 運命に見放された人間というのはとことん見放され続けるものなのだなと、アリシアは少し投げやりな気持ちでそう答えた。


 一体誰が予想できただろうか? 亡き父が領し、やがて自分が継承するロマーダ伯爵家領内に、世界でも数少ないドラゴンがまさか棲み付いてしまうだなんて。


「そう、運命には逆らえませんもの──」


 そう小さく溜め息をついたアリシアが、運命に見放されたのは今に始まったことではなかった……


 美しかった母は六年前に、悪い流行(はや)り病にかかって亡くなった。当時十歳であったアリシアはあまりの悲しみから、しばらく人と話すことが出来なくなってしまったそうだ。失語というものである。


 それを父であるロマーダ伯爵は酷く心配したようだ。

 一人娘のアリシアのために新しい母と姉弟(きょうだい)がアリシアの慰めになるものと信じて、連れ子のある後妻を家に迎え入れることとした。


 しかしアリシアにとっての継母(ままはは)イザーネは利己的な野心家で、ロマーダ伯爵家の正統継承者であるアリシアを(うと)み、そして妬んだ。

 結果アリシアはイザーネに鬱憤を晴らすかの様にいたぶられる事が多く、慰めになるどころかかえって心が憔悴していくこととなる。


 母が生きていた頃の明るかった少女の面影が消え失せたのは、ちょうどその頃だったろう。


 そして運命はまた容赦がない。


 アリシアにとってはただ一人、自分に優しさを向けてくれた父も、一年前に乗馬中の事故であっけなく他界してしまった。

 

 だけど……


「いままでご親切にして下さって、本当にありがとうございました、ブロイドさま。短い間でしたがブロイドさまの婚約者となれてアリシアは幸せでしたわ」


 そんなアリシアの人生にも少しばかりの慰めはあったのだ。

 ブロウペン侯爵家の三男であるブロイドと、入婿(いりむこ)が条件での婚約はアリシアの心を明るくした。


 ブロイドはお世辞にも賢い人間とは言えない。むしろ愚鈍とも言えるだろう。しかし育ちの良さは彼を気軽に明るくさせ、誰にでも笑顔を振りまけた。

 アリシアにはそれが(まぶ)しくて嬉しかったのだ。

 それにブロイドは王国騎士団の正騎士でもあり、端正な顔と騎士の鎧は十六歳の乙女の心をくすぐるには十分すぎたろう。


 だが、ドラゴンが現れた────



「アリシアが幸せであったのなら僕も嬉しいよ。君はドラゴンの花嫁なんかにするにはもったいない素敵な女性だった。本当に残念でならないな」


 それならどうして剣をとり、騎士としてドラゴンと戦ってはくれませんの?

 そう喉まで出掛かった言葉が、あまりにも非現実的な我が儘(わがまま)である事をアリシアは承知している。


 だからもちろんその言葉は飲み込んだ。飲み込んだけれど……

 喉に詰まったまま流れることなくアリシアを息苦しくさせたのは、あまりにも簡単に婚約破棄を言い出したブロイドの態度が悲しかったからだった。


 (いにしえ)からの慣わしではドラゴンへの対処の仕方は二つだけである。花嫁を捧げて和平を図るか、退治を試みて敵対するか。

 もし和平を選ぶのなら、花嫁は領主の娘から選ぶものと定められている。


 継母のイザーネは当然のように和平の道を選んだ。

『敵対すれば多くの人が死ぬだろうね、アリシアはそれを望むのかい?』

 イザーネがアリシアに投げかけたその問いは、始めから自分には花嫁になるしか道はなかったのだと覚らせる。


 花嫁などと体裁を装ってみたところで、それがドラゴンへの捧げ物である事を知らぬ者はいない。

 つまりアリシアはドラゴンの餌として、その生涯を終える事となるのであった────




「これでこの伯爵家も正真正銘、私たちのものとなりますわね、ブロイド様」


「ふむ、だが分からないことがあるんだ」


「あら、なんですの?」


「イザーネ夫人、本来ドラゴンに捧げる領主の娘は、若い罪人の女を養女にしてから花嫁に仕立てると聞いている。なのに何故(なにゆえ)アリシアを花嫁に?」


 本当にこのブロイドという男は愚鈍なのだなとイザーネは思った。しかしだからこそ扱いやすくていいのだ。


 アリシアをドラゴンの花嫁として差し出す日を明日にと控え、ロマーダ伯爵邸ではイザーネとブロイドが居間で寛ぎながら、えげつない話をしている。


「だって正統継承者のアリシアが生きていたら、私の娘がブロイド様を伯爵家当主としてお迎え出来ないじゃありませんか」


「そうか、まあ僕は当主になれれば妻はどちらでも構わんがね。三男の冷飯食(ひやめしぐ)いで終わるのだけはごめんだよ」


「まあ、つれない言い様ですこと。娘のメリーザを可愛がってはくれませんの?」


「もちろん妻となればメリーザを可愛がるさ。見映えは美しいアリシアには劣るが、僕はあまりそういう事は気にならない」


 イザーネの連れ子であるメリーザはアリシアより二歳年上の姉である。イザーネと同じ三白眼の持ち主で確かに美人とは言い難い。その性格もまたイザーネによく似ていた。

 

 イザーネの本心は十二歳になる息子をロマーダ家の当主にしたかったのだが、年齢的にもまだ無理であったし、早く既成事実を作ってしまいたいという焦りもあった。


 というのも、本来はイザーネとその子供たちにはロマーダ家の継承権がないからだ。血縁者のみにその権利は与えられている。

 つまりイザーネのしようとしている事は、かなり強引な乗っ取り行為なのである。


「よろしいですかブロイド様。この継承の成功は、貴方のご実家のブロウペン侯爵家の政治力が頼りです。それ無しでは成し得ない事をお忘れなき様に」


「ふむ、まあ父も僕がロマーダ伯爵になれば喜ぶだろうし、そこは何とかしてくれるだろうさ」


 イザーネはこの愚鈍な男に心の中で舌打ちをした。この計画の仲間としては扱いやすいが、心許(こころもと)ないのも事実。

 しかしこのドラゴンが棲み付いたという千載一遇のチャンスを逃さないためには、もはや躊躇をしている暇はないのだ。イザーネの野心は強くその背中を押していた。



 翌朝早くにアリシアは沐浴をすませると、純白の花嫁衣裳に身を包みドラゴンの花嫁となる準備を終えた。

 どこから見ても美しい花嫁である。長い金髪と大きなブルーの瞳が純白の中で輝いているようだ。


 その花嫁は己の運命をようやく受け入れたという穏やかな顔をしている。

 そして流れる雲を見上げると、捉え所の無い眼差(まなざ)しでずっと眺めていた。


 やがて朝の澄んだ空気を濁らすかのようにイザーネが現れると、アリシアは少しだけ名残惜しそうにしながら雲から目を離し、イザーネへと言葉を残す。


「ではお継母(かあ)さま、ロマーダ家のことをよろしくお願い致します」


「アリシアが心配することなんて何もありはしないよ。メリーザが婿をとってこの家の女主人になるからね」


「お姉さまが?」


「そうさ、もう婚約も済ませたよ、誰だと思うね?」


 アリシアはそういう政略的な話は苦手で全く予想もつかない。せっかくのお目出度い話なのに、気のきいた返事もできない自分にがっかりした。


「ごめんなさいお継母さま、私にはさっぱり……」


「あんたのよく知っている人さ」


「まあ、誰かしら?」


「ブロイド様だよ、あんたの元婚約者のね!」


 そう言って下品に笑うイザーネの声は、アリシアに届くことはなかったろう。

 ほんの数日前まで自分の婚約者だったブロイドが、いまは姉のメリーザの婚約者だという事実がアリシアを酷く混乱させ、また呆然とさせたからだ。


「ブロイドさまが?……なぜ」


 アリシアの独り言のようなつぶやきに答えたのは、むろんイザーネである。


「ブロイド様はね、別にあんたじゃなくてもいいって事だよ」


 運命はとことん残酷なのね。


 アリシアはせめて知らずに逝きたかったのにと、もう一度だけ流れる雲を見上げるのであった。


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