ようこそ!異世界転生サークルへ
「うぃ〜〜っす。全員揃ってるかぁ〜〜」
チャイムと同時に、男性の細身な先生が教室に入ってきた。
「えーっと、一人いないな…… 永剛か……」
ボソボソと教卓の前で呟きながら出席の確認をしている。一人休みがいたらしい。
「一人休んでるみたいだけど、他にはいないな? 隣のやつがいないって人は手をあげてくれ」
両サイドを確認する。大柄の男と眼鏡をかけたいかにもオタクっぽい男が座っている。
「問題ないな。さて、昨日まではこうやって教室に集まることもなかっただろうから、今日から本格的にクラス単位で活動していくことになる。俺は担任の飯島だ。よろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
返事がうまく揃った。もしかしたらまとまりがいいクラスかもしれない。
「とりあえず、最初に大切なことを説明しておく。この学校は普通の高校とは違う。成績に内申点というものがなく、テストや課題の点のみで成績は決定される。そして俺たち教授は、君たちに授業をするのが仕事だ。勘違いして欲しくないのが、君たちを進級させるのが仕事ではない。普通に授業をして、成績が悪ければ留年する。非常にシンプルだ。救済措置はない。日頃の勉学は怠らないようにしろよ」
高専は大学に近い学校である。テストで点をとり、単位さえ取得できれば進級できる。授業態度とかが成績に反映されることはほぼない。しかし、授業を聞いていないということは、留年に直結するということだ。必然的に授業をサボるという選択はなくなるのである。
「俺は一応、担任という存在だから困ったことがあれば相談してくれて構わない。しかし、相談されても無理なものは無理だ。五十点は六十点にならない。毎年泣きついてくる生徒が一定数いるんだが、無駄だ。俺に媚を売っても何も変わらないし、何も得るものはない。中学とは違うから勘違いしないようにな」
飯島先生は淡々とした口調で話す。しかし、内容は厳しいように思えて至極当然だ。成績が悪ければ進級できない。当たり前のことだ。
「それからホームルームとやらも基本的には行わない。連絡事項があるときは、学校のメールで連絡をするか、掲示板に掲載しておくからよく確認しておくように」
うっ、それは少々困った。メールを確認するのはあまり得意じゃない。しかし、社会人になったときにそれだと困ることもあるだろう。この機会に克服しておくか。
「今日は一コマ目に自己紹介を行なって、二コマ目に各種役員を決める。その後、部活・サークル見学があるんだが、参加するつもりがないやつは帰宅となる。それじゃあ、早速一席から自己紹介を始めていくか」
飯島先生が一席の生徒に向かって手招きをすると、一席の生徒が教卓に上がった。僕も何を言うか考えておかなくては。
「ふぃ〜 知らないやつと話すのは疲れるぜ」
「これから五年間付き合っていく人たちだよ。仲良くしていかないと」
第三高専は学科によってクラスが分かれている。そしてそれぞれ一クラスしか存在しない。つまり、一年の電気電子工学科全員がこのクラスに在籍していることになる。
そのため余程のことがなければ、進級してもクラスが変わることがない。卒業するまでこの面子と過ごすことになるのである。
「それで、お前はこれからどうするよ?」
委員会なども決まり、時刻は十二時である。授業は午前に二コマ、午後に二コマの計四コマとなっている。明日からは本格的に授業が始まるのだが、今日はここから自由である。
「僕は帰宅部だから、その仕事を全うしようと思ってるよ」
「……要するに帰るってことか?」
「そういうこと」
そそくさとカバンに荷物を詰め込み、帰る準備をする。ああ、昼から家に帰れるなんてなんと幸せなことだろうか。見てなかったあのアニメも、あのアニメも見れるぞ。
「なぁ、ちょっと付き合ってくんね?」
僕の充実したアニメライフが壊れかける音がした。
「……いやだ」
「拒否!? さっき仲良くしておかないとって言ってたじゃねぇかよ〜」
「僕と君はすでに深い友情で結ばれてるんだ。これ以上、仲良くする必要なんてないさ」
「綺麗な声で言ったで騙されねぇぞ。お前、家に帰ってアニメ見たいだけだろ!?」
「さすが、心が通じてるね。それじゃあ、また明日」
カバンを肩にかけて、教室を出ようとする。すると、カバンが急に鉛のように重くなった。
「なぁ頼むよ。俺一人じゃ不安なんだよ〜」
今にも泣きそうな男にカバンを掴まれている。
「大丈夫だよ。君ならきっとやっていけるさ(棒)」
「今日初めて話したのに、俺の何をわかってるっていうんだ!」
「友情っていうのは時間じゃないんだよ」
「なぁ〜頼むよ〜 一緒に部活に入れとは言わないからさ〜 見学に付き合ってくれるだけでいいんだよ〜」
流石の僕も少し良心が痛み始めた。ここでこいつを放って家で楽しくアニメを見ることができるだろうか。少しも後ろめたさを感じないだろうか。……少々怪しい気がする。
仕方ない。少しだけ付き合ってやるか。
「わかったよ。それでどこに行くの?」
「お! 話がわかるじゃないか! 実はな……」
といって軽人はカバンの中からパンフレットを取り出した。
「ここなんだよ!」
……このとき僕は思った。この海木軽人という男は、本当に頭がおかしいのかもしれないと。
その団体の部室は、僕たちの教室がある校舎の五階にあった。最上階であり、階段を登るだけでもなかなかの重労働である。
「ここだよな……?」
パンフレットに記載されている教室の場所へ向かうと、その入り口には「関係者以外、立ち入り禁止!!」という張り紙が貼ってあった。
「残念だね、軽人。僕は関係者じゃないから、ここには居られないよ。さぁ、帰ろう」
振り返ろうとすると、ガッと肩を掴まれる。
「これから関係者になるから大丈夫だ」
おかしい、僕には「ここまで来といて俺を置いて帰るな」に聞こえる。
「しっかし、本当に誰かいるのか?」
張り紙が貼ってあるせいで、部屋の様子が全くわからない。軽人はわずかな隙間から部屋の中を覗こうとしている。すると、
ドゴッ!!!!
勢いよく扉が開かれた。鈍い音と共に軽人は情けなくひっくり返る。
「あら、お客さんかしら?」
中から出てきたのは、それはそれは強く印象に残っているポニーテールの女性だった。
「すいません。僕は何の用もないんです。用があるやつは短い人生を全うしたので、もう帰ろうと思います」
「待て……帰るな……」
開かれたドアの後ろから、ゾンビのような軽人が這うようにして現れた。
「あいにくだけど、私のサークルは人間じゃないと参加できないの」
「それは困った。軽人、諦めるしかないよ」
「俺は人間だ……」
軽人は顔を押さえながら、何とか立ち上がろうとする。二足歩行が可能なあたり、人間なのかもしれない。
「まぁ茶番はこれくらいにして、サークル見学者ってことでいいのよね?」
「はい、ですがご迷惑なら帰ります。ご迷惑でなくとも帰ります」
「ぜひ、見学させてください!!」
軽人が僕の発言をかき消すように声を張り上げる。
「まぁ話くらいはしてあげるわ。じゃあ中に入って」
中に入るよう促される。ドアを押さえて中へ誘導する姿は、一流のドアマンのようだ。どこか気品を感じる。
「ようこそ、異世界転生サークルへ」
けど、その気品もきっとハリボテなんだろうなと、僕は思うのだった。




