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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
43/46

サークル

「単刀直入に言うわ。黒瀬くん、このサークルに参加しなさい」

「……理由を聞いてもいいですか?」

「実績があるからよ。私の思惑にどこまで気づいていたかは知らないけど、実際に永剛さんをここに連れてきたのはあなた。間違いなく有能な人間を勧誘しない理由はないわ」

「郡さん自身が問題を解決しないと意味がないんじゃ……」

「もちろん、できるにこしたことはないわ。けど、無理なこともある。あなたがいたらできるかもしれない」


 僕を高く評価してくれるのは素直に嬉しい。しかし、郡さんの抱く理想は高すぎる。僕は正義の味方になりたいわけじゃない。

 困っている人を助けるのは正しいし、素晴らしいことだ。けど、助けることができなかったとき、その責任は自分にも降りかかってしまう。誰かれ構わず手を差し伸べるのは簡単だ。ただ、相手の人生を変化させる覚悟をしなくてはいけない。

 自分の良心が痛まなかったのなら、僕は永剛さんだって助けなかった。ノーリスクで行動なんてできない。できることなら、困っている人を知りたくないのだ。


「……すいません。お断りします」

「理由は?」

「あなたほど、高い志をもってはいないですから。自分のせいで相手の人生がマイナスに転じてしまったら……そっちの不安の方が大きいです。誰かの人生を背負うなんて真似、僕にはできません」

「永剛さんのような人はたくさんいるわ。その人たちが命を落とすことになるかもしれない」

「僕が知らなければ、起こってないのと一緒ですよ」

「……わかったわ」


 吐き捨てられたその言葉は、ひどく冷たかった。その後、郡さんが僕に話しかけてくることはなく、居心地の悪さを感じた僕はこっそりと部室を後にした。



 ◇◇◇


「僕はクズでしょうか?」

「ははは、そう自分を卑下するものではないさ」


 そのままの足で僕は神田先生の元へと向かった。神田先生はまた缶コーヒーを飲んでおり、今度は何も聞かずに僕の元へと差し出してくれた。


「君の感情は正しい。君はAEDを知っているかね?」

「電気ショックで心臓を動かすあれですよね」

「そうだ。この学校にもいくつか設置してあるが、万が一のことが起こったとき、医師ではない私たちがそれを使わなくてはいけない。あるいは、君が使う瞬間が来るかもしれない。そのときに自分が積極的に使いたいと思う人間はどれだけいるだろうか?」


 先生はコーヒーを口に含む。先生につられるように僕も少し甘めのコーヒーを軽く口に入れた。


「いないはずだ。なぜなら、使い方を間違えると人体に影響があるかもしれないと思ってしまうからだ。自分のせいで相手が死ぬかもしれない。誰もがそんな状態回避したいだろう?」

「……僕は絶対にやりたくありません」

「そう考えるやつは多い。むしろ、郡みたいにリスクを理解したうえで、誰かを助けたいと思うやつのほうが希少だ。世の中が郡のような人間ばかりだったら、もっと世界は生きやすいだろうな」


 先生は少し残念そうである。郡のようなやつ……自分は郡のようなやつではない。先生は僕のような人間のせいで、少し寂しそうな目をしているのだ。それは少し申し訳なかった。


「そんな顔をするな。別に責めてるわけじゃない。君は今回、たまたま永剛結衣を助ける選択をした。ただ、それだけだ」


 先生は手元をそわそわさせている。なんとなく気になって目線を向けると「ああ、飴をきらしていてな。なんとなく手持ち無沙汰なんだ」とバツが悪そうに言った。


「ただ、郡の気持ちを理解してやれるやつは少ない。多くを語るつもりはないが、あいつはあいつで悩んでるんだ。それこそ、永剛結衣と同じくらい……いや、それよりもっと悩んでるかもしれないな」

「それはなんとなく……僕も聞いてはいませんけど」


 自分の人生をクソとかオワコンとか、そう表現する人間は多いと思う。他人の人生を知らない僕たちは、自分の人生が他人と比べて遥かに目劣りしているように感じてしまう。

 ただ、ほとんどの人間が本心ではない気がする。ちょっと嫌なことがあれば、自分の人生をクソと言ってしまうし、『死にたい』とか『つらい』とか、簡単に口にする人は多い。

 郡さんはきっと違う。なぜそう思うのかはわからない。大人数の場で自分の人生をクソと形容したからなのか、郡さんの性格によるものなのか。よくわからないけど、ただ自分の卑下しているようには思なかった。

 自分を低く見積もる人間にしては、郡さんは力強い。生き方に信念すら感じる。郡さんをそうさせるだけの出来事があったのだ。


「私はサークルの顧問だが、別に君に入れとは言わない。けど、郡の話し相手くらいにはなってやってほしい。私だけでは、あいつの理想に応えてやれそうにもないんだ」


 先生は遊ばせていた手元をギュッと握りしめた。去年の第三高専を僕は知らないけど、神田先生と郡さんの間には色んなことがあったのだ。先生は郡さんに肩入れしているし、郡さんも先生のことを信頼している感じだった。

 先生の要望はもっともだと思う。けど、郡さんにとって自分が有益な存在になれるとは思えない。

 ただ、自由な時間がなくなるからサークルに入らない方がいい——という浅い考えはすでになかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ここまで来て。始めて、このサークルの目的が判明しましたね。しかし、ここを創設するにあたった郡さんの過去に何があったか? という疑問が再び浮かんで来る所でもありますね。  既に1人の人間の…
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