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彼女は異世界を目指す  作者: 空河赤
第1部「異世界転生サークル」
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答え合わせ

「まず……郡さんがこのサークルで活動する理由についてです。一番の目的は異世界転生ではない。違いますか?」

「違わないわ。その通りよ」


 あっさりと認める。この時点でサークルの他のメンバーが聞いたら、きっと腰を抜かすことだろう。


「永剛さんを学校に来させたように……異世界転生という名目を使って、死にそうな状況にある人を助けるのが目的。行方不明者を探しているのもそのためです。あなたは生きる希望として、異世界転生をチラつかせているだけ……そうですね?」

「全くもってその通りよ。やっぱりあなたは物分かりのいい人間ね」

「なんでそんなことをするんですか? 何のために……」

「私ね……正義の味方になりたいの」


 郡さんはわざとらしくニッコリと微笑む。さっきまでは美しかったのに、今は贋作を見せられてる気分だ。


「……嘘ですよね?」

「嘘じゃないわ。本当よ。子供の頃に見た正義の味方に私はなりたいの」


 郡さんは姿勢を動かして、窓にもたれかかる。背中ごしにグラウンドの様子を横目で見つめている。そんなに気になるものでもあるのだろうか。


「けど、この世界で正義の味方になるのは難しいわ。そうでしょう? 私には圧倒的な力がない。いや……そもそも圧倒的な力を持った人間なんていないわ。紛争をたった一人で止めることはできないでしょ?」

「そりゃそうですね。逆にそんな人間がいたら、怖くて仕方ないですけどね」

「私もよ。それでも私は誰かを助けられる正義の味方になりたかった」


  その言葉を聞いて、僕はすぐに察した。ああ、この人は誰かを救えなかったのだと。正義の味方という理想は、一人の少女が抱くにはあまりにも大きすぎる。子供の頃の理想を大人になっても持ち続けているわけでもあるまい。

 郡さんにとってトラウマとなるイベントがあって、この考えを構築するに至ったのだろう。


「私の中学校にね、永剛さんと同じような不登校の女の子がいたわ。結論から話すけど、彼女は転校して普通に学校に通えるようになった。今は普通に高校生よ」

「それはよかったですね。学校にもう一度来れるようになるなんて、簡単なことじゃないでしょう」

「そうね。彼女に必要なのは環境の変化だった。けど、私はそれに気づかなかったわ。毎日、家に通い詰めては綺麗事を語ったの。今はつらくてもいつかいいことがある、学校にはあなたのことが好きな人もいる……今思えば虫酸が走る言葉よ。その結果、彼女は私と会うことすら拒絶するようになったわ。当然よね、毎日こんな言葉ばかり投げかけられて問題の本質に向き合ってくれないような人間、必要ないもの」

「けど、結果的に学校に通ってるじゃないですか」

「それは私の力じゃないわ。彼女の親と教師の力よ。それじゃ意味がない。私が助けたことにはならない」


  少しわかった。郡さんは自分が誰かを助けることに固執している。理由はわからないが、郡さんにとって大切なことなのだろう。だから、永剛さんを勝手に助けてしまった僕のことが、内心は気に食わないのかもしれない。


「高専に進学して、神田先生に出会った。そのとき、初めてカウンセラーという仕事を知ったわ、もちろん、名前は聞いたことがあったけど、具体的な仕事内容までは知らなかった」

「興味はあったんですか?」

「多少ね。なんで私の言葉が届かないのか、それが知りたかった。カウンセラーは言葉で相手を助けるプロでしょ?」

「神田先生は……なんて答えたんですか?」


 郡さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。空間を握る手に、力がこもっているのがわかる。


「届かない相手には、絶対に届かないのだそうよ」


 その言葉がどれだけショックだったのか。郡さんの表情とこれまでの経緯を知っていればよくわかる。お前の理想は叶わないと、宣言されたようなものだ。


「当然よね。この世界に引きこもりはごまんといるわ。自殺者も減っていく様子はない。言葉では相手を完全に助けることができない。もう、結果で証明されてる」

「そう……ですね。もしかして、だから異世界転生なんですか?」


「やっぱりあなたは察しがいいわね」そう言って郡さんは、なぜか自分のポニーテールを解いた。凛としていた雰囲気が一変、リラックスした様子になる。


「漠然とした理由で、この世界がクソと決めつけている人間は多いわ。そんな人間にどんな言葉をかけたらいいの? 考えても答えはでなかった。だってその人が求めている言葉がないんだから。だから私は、態度で示すことにしたの。異世界転生っていう誰もが無理と思ってることでも、誰か一人が真剣に努力をしていれば、それに感化される人がいるかもしれない。悩みや不満っていうのはあくまでもこの世界のルールに基づいたものよ。世界そのものが変われば、悩みや不満はなくなるわ」

「けど、冷静に考えたら異世界転生をしてもうまくいく保証なんて……」

「そりゃそうよ。けど考えてみて? 自分が漠然とした苛立ちと不満で、どうにもならないってときに、この世界から脱出できるかもしれないって言われたらどう? それを信じることができる人間が、転生した先の世界なんて考えると思う? そこまでの余裕は絶対にないわ」


 藁にもすがる思い……というやつか。確かに助けを求めている人間にとって、その問題が解決することこそが全てだろう。解決した後の世界なんて考えるはずもない。未来のことを冷静に考えることができるのなら、悩みにぶつかって立ち止まるという選択をしないはずだ。


「もちろん、この方法ですべての人間を救えるなんて思っちゃいないわ。けど、実はもう一つ理由があるの」


「なんですか?」僕がそう聞き返すと、郡さんは優しく答えた。


「目指している過程で本当に異世界転生の道が開けるかもしれないわ。もちろん、方法なんてわからない。それを盲目的に目指すこともできない。けど、万が一の可能性として、何かヒントが見つかるかもしれない。一番の目的は異世界転生じゃないけど、二番目の目的は異世界転生なのよ」


 合理的……なのだろうか。僕は真剣に人を助けようと思ったことがない。永剛さんのときは、むしろ自分本位で行動していた。ああいう言葉をかけたうえで、永剛さんが何も変わらなかったら仕方ない。自分はやれることはやった。頑張った、そう自分を慰めることができる。

 だから、郡さんみたいに無理やり生きる希望を作って、誰かを助けるなんて方法思いつきもしなかった。一つの可能性として頭に浮かんだときは、にわかに信じられなかった。今村さんの話を聞いて、神田先生に答えを確認してようやく納得できた。


 仲間探しに重きを置いていたのは、助けるべき対象を探すため

 『異世界に行く』と『異世界転生』を混同しているのは、それが一番の目的じゃないから

 冷やかしにきた人間を入部させなかったのは、そいつらを助ける必要がないから

 永剛さんに固執していたのは、永剛さんを助けたかったから


 繋がっていく、すべてが。


 そして、郡さんが自分の人生はクソと形容していたのは、本当に自分の人生がクソだと思っているからなのだろう。だからこそ、こんな方法を思いついた。だから異世界転生という叶う可能性が限りなくゼロの理想を、少しでも信じてしまうんだ。


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