真相へ……
「失礼しまーす」
「あら、いらっしゃっ……い」
異世界転生サークルの部室に入った僕を見て、郡さんは目を丸くした。いや、正確には僕を見て目を丸くしたわけじゃない。僕の後ろの永剛さんを見て、流石に驚きを隠せなかったようだ。
「……どういうこと?」
「こういうことです」
あまりに不親切な説明だとは思う。ただ、永剛さんがいる前で、昨日のことをベラベラ話す気にもならない。どうせ僕が何かしたってことは察してるだろうから、ここでは説明させないでほしい。
「……まぁいいわ。色々と手間が省けたわね」
「だとしたら、僕は褒められるべきじゃないでしょうか?」
「今日の朝の時点で連絡をしていたのなら、素直に褒めたかもしれないわね。さっきまで私たちが作戦を練っていたのが馬鹿みたいじゃない。っていうか、海木くん、あなた同じクラスよね?」
鋭い視線が軽人に向けられる。
「いや……どうせ来るだと思って……すいません」
「……はぁ、こうも問題児が多いと嫌になるわね」
「仕方ないですよ。問題児が集まるようにできてるんですから」
というか、僕も問題児に含まれているのだろうか。一応、休みを返上して永剛さんを学校に来させた立役者なのに、その言われようはあんまりな気がする。
すると、僕の後ろに立っていた永剛さんからちょいちょいと袖を引っ張られた。
「どうしたの?」
「……挨拶するタイミングを失った」
「……そうだね。この部屋に入って、そんなタイミングなかった気がするから気にしなくていいよ」
「……了解した」
また、僕の後ろに引っ込む。僕と郡さん以外は初めて見る顔なわけだし、多少は緊張しているのだろう。僕もインフルエンザで数日ぶりに学校に行った時は、不思議と緊張したものだ。
「麗美、永剛さんが萎縮してるよ。ちゃんと挨拶しないと」
見かねた近野さんが助け舟を出してくれた。
「初めまして。異世界転生サークルの近野理多です。あまり緊張しないでゆっくりしていってね」
「……永剛結衣です」
おお、僕以外の人間と会話が成立した。いや、よく考えたら当たり前のことなんだけど、それだけでも少し嬉しい。
「イレギュラーにイレギュラーが重なってるけど、結果は悪くないからいいわ。初めまして……ではないわね。このサークルの代表をやってる郡麗美よ。聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず置いておくわ。永剛さん、あなたこのサークルに入るつもりがあるの?」
「……そうじゃないと来ない」
「……そうね。質問が悪かったわ」
郡さんはホワイトボードに書かれている永剛結衣という名前に大きく丸をつけた。
「とりあえず、新しいメンバーの加入を喜びましょう。これで一歩、異世界転生へと近づいたわ」
「よかったね、麗美」
近野さんが拍手をして、永剛さんが緊張からかそわそわして、軽人が名乗るタイミングを失っている。僕はなぜ、異世界転生へ近づいたのかを考えていた。しかし、あまり深く追求するのはこの場を白けさせるだけだろう。野暮なことはするべきじゃない。
異世界転生サークルのメンバーは、郡さん、近野さん、軽人、無言の人、そして永剛さん、僕が知っている限りこの五人となった。永剛さんをどうやってサークルに参加させるかを議論するのが、この日のサークルの活動内容だったらしい。永剛さんがサークルに参加した今、その活動に意味は全くない。したがって、サークルに備蓄されていたお菓子を食べるだけの簡単な歓迎会が行われた。
永剛さんは引きこもりではあったが、中学時代はそれなりに社交性もあったようなので、近野さんや軽人と打ち解けるのにそれほど時間はかからなかった。三十分もしたら、緊張せずに話せるようになっていた。
これで僕、黒瀬聡の活動も終了である。いや、頑張った。恥ずかしかったけど、頑張った。このサークルは活動内容こそおかしいけど、悪い人はいない。きっと、永剛さんにとっても楽しめるサークルとなるはずだ。
これ以上、僕がやるべきことはない。よくやったぞ僕。帰りにコーラを買って帰ろう。
「なにやりきった顔してるのよ」
窓際で黄昏ていた僕に郡さんが声をかけてきた。なぜか不服そうな顔をしている。
「実際にやりきったからですかね」
「いつまでも誤魔化せると思わない方がいいわよ」
察しがいい僕は、永剛さんが何を求めているのかすぐにわかった。恥ずかしかったけど、僕は昨日の出来事をありのまま話した。もちろん、僕と郡さん以外は談笑しているので聞こえちゃいない。
「……そんなことだろうと思ったわ。そうじゃないと、あの子が急に学校に来るはずがないもの」
「けど、手間が省けてよかったじゃないですか。僕はむしろ褒められるべきでは?」
「あなたが早急に連絡をしてくれれば、素直に褒めたかもしれないわね」
残念。やはりホウレンソウは大切なんだな。っていうか……
「僕、郡さんの連絡先知らないですよ」
「あら? ……確かにそうかもしれないわね。てっきり教えたものだと思ってたわ」
「連絡する術がなかった僕が、連絡しなかったのはむしろ必然なのでは?」
「そうかもしれないわね。だからって今更褒める気にはならないわ」
どうあがいても無理らしい。そこまで功績を称えてほしいわけではないけれど。
「それで? あなたはこのサークルに入らないの?」
「入りません。僕にはアニメという恋人が……」
「神田先生の話を聞いても、このサークルに価値がないと思う?」
郡さんは窓からグラウンドを見下ろしている。日差しに照らされて、どこか儚げに見える。変人だがこうして見ると美しい。
「いくつか質問をしてもいいですか?」
「質問に質問で返すのはよくないわよ」
「価値があるのか判断するには、情報が不足しています。僕の質問に答えてくれないと、僕も質問に答えられません」
「……わかったわ。先に言っておくと、ここでの話は他言無用よ。特にこのサークルのメンバーにはね」
「わかりました」
郡さんは何を聞かれるのかおおよそ想像できているのだろう。そして、きっとそれは自分と神田先生しか知らないことなのだ。




